青になった信号
俺は運転しながら、助手席を何度もちらちらと見ていた。
初めて挑戦したナンパは大成功だった。助手席に座る凛とした女性を見ながら、そう思う。
ナンパで車デートってのは…馬鹿げているけどな。
一人心の中で突っ込む。
けれど、成功した。クリスマスには、赤い糸に切り刻まれている俺が。成功したんだ。それならいいんだ。
車は速度を上げていく。
…ただ。一つ不満を挙げるとしたら、この車内の…エアコンの音がうるさいくらいの沈黙だろう。
彼女が言葉を発したのは、俺の「車デートに行かない?」に対する「行く」だけ。
車を走らせてから、何度も話しかけるのに黙っている。
もちろん俺のコミュ力が低いからだろうが…
もう何の話をすればいいのかわからない。俺は音楽を掛けることにした。
適当に邦楽と調べて、再生する。
「この曲、いいね。良くない?」
「…」
彼女はついに顔をそむけた。
なるべく怒りが声に出ないように、口を開く。
「どうした?」
返事はない。信号が赤になる。
もう一度、彼女の方を見る。窓の反射で…彼女の顔が映る。
怒りが吹き飛ぶ。
彼女は…泣いていた。
信号が赤のまま、変わらない。俺はハンドルから片手を離し、ゆっくりと息を吸った。
「泣いてる?」
「…ごめんなさい」
やっと聞けた彼女の二言目は、俺の想像を超えてきた。
「忘れたかったんです。元カレの事」
かすれた声だった。俺の方を見ないまま、彼女は続けた。
「浮気されちゃって。でも、だから…忘れるために…ごめんなさい」
彼女の声は、途中で何度も途切れた。
言葉を選んでいるんじゃなくて、ただ、喉が追いついていないだけのように聞こえた。
エアコンの風が、さっきより冷たく感じる。
「…この曲、何か関係が?」
言った瞬間、彼女の肩が小さく震える。それが答えだった。
「忘れたかったんですけどね」
彼女はシートベルトを外した。
「…ありがとうございました。楽しかったです」
そう言って、微笑んで、ドアを開けた。
「待って!」
その言葉は、出なかった。信号は、青になっていた。
俺は運転しながら、助手席を何度もちらちらと見ていた。
さっきまで居た、彼女の事を思い出しながら。助手席の空白を何度も見ていた。
いつの間にか…俺は彼女に惚れていた。
「…彼女の何に惚れたんだ?」
そう小さくつぶやく。
考えないように集中するも、思考は進んでいく。
俺は、彼女の傷に惚れたんだ。
そう思考が行き着くと、どうしようもない自己嫌悪が渦巻く。
最低だな。俺は。
けれど、そんな気持ちとは裏腹に、プレイリストにはあの曲が保存されていた。




