出現
まずは表題作について書く前に、
我が家で起き続ける怪異について説明しておいたほうがいいかもしれない。
一応まとめて書いたものとして
「お蔵出し怪異譚」https://ncode.syosetu.com/n3695ce/ を本音では読んでいただきたいのだけど
長すぎるので、一話二話なりと目を通していただけるとありがたい。
もちろんそんな前知識なしでもこの話は独立してお楽しみいただけるつくりにしたつもりである。
でも、今となっては、あれにピリオドを打ったのは間違いだったかもしれないと思っている。
なぜなら、家じゅうで響く怪音は一応4年ほど前におさまったけれど
それ以外の、いわゆるポルダーガイスト的な現象や
家にないはずのものが突然現れ、(天井から降ってきたり地中から出てきたり)
あったはずのものが消えてしまう、といった困った現象は続いているからだ。
いきなり消えたものの中には、買ったばかりのコートや高い鞄、大事な薬、スリッパ等々、どうでもいいものからどうでもよくないものまでさまざま含まれている。
そして「ないはずのものが突然現れた」例としては
30年前に亡くなった母が大事にしていたレースの日傘(長年行方不明だった)がある日突然新品の洗濯機からぼろぼろになって出てきたり
寝室の天井から、私たち夫婦の二つのシングルベッドの間の隙間に(結構間開けてます)「真っ黒な麒麟の置物」がどーんと落ちてきたり
玄関先にダチョウの羽が落ちていたり(それも二回)
娘のマンションの洗面所にあったはずの化粧ポーチがうちの洗面所の物入れから出てきたり
(これについては、久しぶりにうちを訪ねてきた娘が、手を洗うために洗面所に入ったとき、今朝うちの棚にあった私のポーチが今なぜここにあるの?と叫んだことで見つけた)
ユニクロのXXLサイズの黒いセーターが洗濯機から出てきたり、(もちろん買った覚えがない)書いてみるときりがない。
とある友人に言わせると、うちはこの世と並行して存在しているアナザーワールドと空間が一部重なっている(あるいは、穴が開いている)のだろう、という。
で今回は、一番最近あった現象で、変すぎていい加減腹に据えかねてる(表現おかしいですよね)「出現」について書こうと思う。
ちなみに、ないはずのものが出てくる現象については、うちでは一律「出現」と呼んでいる。
その日、私は庭の隅に新しい花でも植えようかと、雑草を抜き、スコップで地面をかなり深く掘り返して、肥料を入れようとしていた。
すると、スコップの先が何かこつんと固いものにあたった。
最初は石だろうと思った。ところがよく見ると、それはどうやら透明のガラスだ。しかも、スコップで周りを掘っていくと、そう小さいものでもない。器か、コップのようだ。
本体を傷つけないように丁寧に掘っていくと、やがて、透明なコップが現れた。
水道できれいに洗ってみると、まるで新品のようにピカピカになった。
よく見ると、コップの柄は、クマのプーさんだ。
ディスニ―ランドのお土産コーナーに並んでいそうな代物。
だがしかし、うちはディズニーランドは家族全員が嫌いだし、上の子が4歳ぐらいの時に行ったきりだ。以来30年は行っていない。もちろん土産など一切買っていない。
だがひっくり返して底を見ると、これがディズニー土産でないことがはっきりした。そこにはこう文字が彫られていたのだ。
Bank of Tokyo-Mitsubishi
そしてその下には、© Disney の文字。
私はコップを手に考え込んだ。
買ったものじゃなく、現三菱UFJ銀行が東京三菱銀行だった時に、お得意様に配った記念品か何かだろう。
では、銀行名の変遷をたどれば、これが配られていた時期がわかるはずだ。
パソコンで調べたところ、「東京三菱銀行」という名前だったのは、1996年から2006年までの間だということが分かった。(この銀行名前変えすぎ)
確かに、お付き合いのある銀行ではある。
だが私の記憶をどう探っても、こんなコップをそのころもらった覚えはない。
帰宅した夫に事の次第を話した。
夫は「また例のあれか」という表情を見せながら、「ちょっと見せて」とコップを手に取った。
「なんか新品みたいにきれいじゃない」
「洗ったからね。それにしても、銀行からそんなものもらったことあったっけ?」
「ないね。安っぽいラップとかアルミホイルとかはあるけど」
「だよね。それにしても、なんで地面の、それも結構深くから出てきたんだと思う? 誰がこんなの埋める?」
「誰がって、もらってもいないもの埋めるのは不可能だよ」
「じゃあ何で地面から出てくるのよ。ここ、父が64年前に借地権買った土地なのよ。その間他人が住んでたことはないし、このコップが配られていたのは」
「1996年から2006年でしょ。つまり、ありえない。誰も埋めるわけもない」
「でも、出てきたんだけど!」
「今に始まったことじゃなし、それが我が家なんだよ」
夫はもうすっかり異変に慣れっこになってしまってこういう現象に対しては反応が薄い。
寝室の天井から黒い鉄製の麒麟が落ちてきたときは、玄関の守り神になってもらおうとか言って、私がコレクションしている天使像たちの真ん前に置いた。水と油のようにその光景は不自然に見えた。さぞかし天使はおかんむりだろう。
「何こいつ」
「竜じゃないの」
「違うわよ、麒麟とか奥さんが言ってたわよ」
「東洋のバケモノと私たちを同じ場所に送ってどういうことよ。こちとら天使なのに」
「どうせ作りもん同士だしな。お嬢さんたち、仲良くしようぜ」
「あんたどっから来たのよ。わたしなんか、地中海の海底から漁師が引き上げた由緒正しい天使像ですからね」
「俺様はだな、キリンビールが昔顧客へのプレゼントとして作った由緒正しい栓抜きだぜ」(本当の話です。形状から調べてみてわかりました。メルカリで売られていました)
「栓抜きごときと並べられてるわけえ。おーやだ」
「栓も抜けないお前らに言われたくないね」
さて話を元に戻そう。
で、このコップが今どう扱われているかというと。
なんと、恐れを知らぬ夫が、「朝白湯を飲むための俺様コップ」として大切に使っているのである。
気が知れない。気持ち悪くはないのか。
と聞いてはみたのだけど、
十分使えるしサイズ感もいい。
とかいって、前日に沸かしたお湯を白湯として朝飲む習慣のある夫は、冷めた白湯を深夜プーさんコップに注ぐと、大事そうにラップをかけて、翌朝起き抜けにこれで白湯を飲んでいる。
それまでお気に入りにしていた琉球ガラスのコップの代わりに、この謎コップがいつも台所のテーブルに鎮座ましましているのだ。
何でそこまで執着するのかいまいち理解不能なのだが、案の定、問題が起きてきた。その「問題」も、当人は認めようとしない。ここが困りものだ。
夫は毎年人間ドックを律義に受けているのだが、5年前このコップが地中から出てきて、いきなりお気に入りになり白湯をこれで飲むようになってから、
静かに、確実に、瘦せているのである。
5年連続、1年で1キロ減。
それまでは痩せているなりに体重は変わらず保っていたのに。
1年で1キロ減なんてどうってことないと思われるかもしれないが、ひたすら持続するとなると話は別だ。もともと痩せ気味の夫は、5年前は身長166センチ、体重54キロだった。
それが順当に毎年痩せ続けて、今では体重48キロ、体脂肪は下がり続けて15%→8%にまでなってしまった。
さすがに去年の秋、人間ドックでこの数字を目にしたお医者は夫に言ったという。
「私が何を言いたいか、わかりますね」
「はい……」
「検査結果の数値に異常はないのに、痩せ方が普通ではないです。思い当たることはないですか。朝食は何を食べていますか」
(夕食は私が一汁四菜ぐらい作っていて、夫はうまいうまいといつも完食する。だが私はすくすくと太り、夫はとにかく痩せる一方なのだ)
「朝食はですねえ…… トーストと、コーヒーと、ブルーチーズと、自家製ヨーグルトです」
「ではそこに何か足す工夫をしてください。カロリー低すぎです」
「はあ……」
という会話を夫から聞いて、朝は特に自分で決めたものしか口にしない夫を説得し、バナナと半熟ゆで卵を足すようにした。
すると体重減少は止まり、半年で1キロ増えた。
だがまだまだ、痩せすぎなことに変わりはない。
「朝はきちんと食べてるし、会社のお昼は決まったベーカリーのサンドイッチと総菜パンで、(とにかくパン好きなのでおにぎりや和食は昼間は決して食べません)夜は一汁四菜でしょ。それでその体脂肪って、やっぱり痩せすぎよ。私だって朝は無糖ヨーグルトとバナナと青汁とトマトジュースで昼は昨日の残り程度なのに、なんで体脂肪が30%なのよ」
「知らないよ。おばさんってそういうものじゃないの」
「あのコップが嫌なのよ。もともとのコップに戻す気はないの」
「体重とはなんの関係もないって。神経質だなあ。とにかく使いやすいの」
こおおの馬鹿垂れが。
「そういえばさ」き奴が急に冷静な疑問を呈してきた。
「地面に埋まってた時最初に底が見えたって言ってたよね?」
「うん、なんかよくわからない文字が刻印してある底が」
「仮に人が埋めたとしたなら、さかさに埋めたらそこには空洞ができない?ガラスのコップの深さ分の」
「まあ、そういえば……」
でも、内部は土でみっちりだった。だから傷つけず掘り起こすのに苦労したのだ。それすら、最近の出来事のはずだ。
「物理的におかしいよね、中は空洞なのが当たり前だ」
左脳君にはかなわない。でも私は見て、知ったことしか語れない。
「でもさかさで、内部は土で埋まってた」
この、地面から出てきた謎のプーさんコップに白湯を入れて飲む。他のコップは拒否というこだわり。
これがすべての元凶に思えてしまう私は、おかしいのだろうか。
そういえば、私たち夫婦のベッドの間に麒麟がドスンと落ちてきたとき、NHK大河では「麒麟が来た!」をやっていた。
そしてその麒麟がそれからどうなったかというと、
今も玄関にいます。
えー、つげ義春先生ファンの方々、お気づきとは思いますが、どうもすいません。




