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柚に叢雲

作者: 幽幻 桜
掲載日:2026/01/28

おはこんばんにちは。

幽幻 桜です。


今回は以前投稿した作品、『廓の恋』を元にした作品を創りました。

お楽しみ頂けたら幸いです。

好きだった貴方へ

この手紙を読んでいる時、貴方の隣には私がいないことでしょう

私は貴方に、この気持ちを最後まで伝えるつもりはありませんでしたから


この話し方は、最初で最後

私は、貴方に本当の私を知って貰いたかったから

“花魁”じゃない、本当の私を


……お嫁さんを貰ったこと、おめでとう

私は知ってたよ。貴方の気持ちも、全部、全部

それと一緒にね、もう一つ知ってたんだ

私が貴方の隣に――立てないことも

だから、最後。最後にね。本当の気持ち言っちゃおうと思って


本当はね、花魁じゃなくなった時に言おうと思ってたんだ

でも私は、吉原の(おんな)から抜けられないから

抜けられなく、なったから

だから、今ここで言うんだ


私もね

貴方のことが、好きだったんだよ


さようなら

私が唯一人

愛した人











「叢雲花魁、お呼びです」

「あい」

お初にお目にかかりんす。

わっちの名は叢雲。

江戸吉原で花魁を努める……遊女でありんすえ。

花魁となれば、身体を重ねた相手は数知れず。

身体だけでなく、心も通わせて。……わっちには偽りでござんすが、心を通わせ、疑似夫婦になったお客様も大勢。

わっちのことを、ほんに好きと言って下さる方もいんす。

それでも。

わっちのほんのお心は唯一人。

間夫、と呼ばれる本当の恋人はたった一人なのでありんす。




「叢雲! 待ってたよ!」

わっちを今日指名してくれたお客様……主様。

そのお顔を見て、わっちはひどく安心致しんした。

わっちのお客様であり、『恋人』の――柚様。

「柚様……! 嗚呼、わっちもお会いしとう御座いんした……!」

柚様はわっちの顔を見て、端正なお顔に華やかな花を咲かせてくれんした。

わっちもその表情に、つい顔が綻んでしまいんす。

柚様がお顔に咲かせた大輪の花は、わっちの心までも明るくさせてくれるんでありんすね。

「ささ、こっちへおいで。まずは宴席を。一緒に楽しもう」

「あい、是非に」

柚様のお隣に座り、宴席を共に楽しむわっちと柚様。

畳に置いた手を、握って絡ませて。


遊女と客。

わっち達はそんな立場でありながら、誠の恋人関係でありんした。




「叢雲。好きだよ」

したが。

夜が更け、閨に二人きり。

わっちの目を見て、そう囁いてくれる柚様。

わっちはそれに……

「……ありがとう、ございんす」

何も、返すことが出来ぬまま。


わっちは、柚様と誠の恋人関係にあると誓いを立てていんす。

したが、それでも。

わっちは一度たりとて柚様に。

好きと愛してるを言えないままでいんした。


――きっとそれは、頭の何処かで。

『花魁』であることを忘れ切れていないからでありんす。

好き、と言ってしまうのは簡単なこと。

したがそれが柚様に伝わるかどうか。

遊女の世界は嘘と虚構。

わっちの本心さえ嘘だと言われてしまったら、わっちには縋るものがなくなってしまいんす。

だから――この想いは、いつか、きっと。




「見合い……?」

柚様と寒い夜の下、掻巻に包まってお話をしていた時。

柚様の口から、別の女の影が、見えてしまいんした。

「あぁそうなんだよ。

僕には君だけ。その気持ちは変わらない。

でもお家の為にってさ――」

柚様は煙管の煙を吐き、わっちの乱れた髪を撫でながらそう語りかけてきんす。

柚様は心底嫌そうに、だけどわっちを見るその眼は温かく。

わっちはそれでも、この時になっても。

「わっちの前では、柚様の総てを見せておくんなんし」

好きだと、言えんせんでありんした――。




柚様の生活の変化があり。

わっちの元へ来てくれる回数は減ってしまって。

……したがわっちは吉原の遊女。

だから来る日も来る日も。毎日毎日。

お客様を取り続けんした。

(この生活も、もう少しで終わりんす)

吉原の遊女には年季があり。

その年季が明ければ、自由になれる。

わっちの年季はあと少し。

(年季が明けたら、絶対に――)


柚様に、好きだと言う――


「叢雲」

「あい……?」

……わっちの決意を、遮る声がありんした。

見世の経営者である、楼主さんでいんした。

「どうなさりんした……?」

「話がある」




わっちは楼主さんからのお話があった後、部屋で泣き崩れていんした。

話の内容は。

わっちが見世に抱えた借金。

それは年季が明けても返し切れない額だということでありんした。


わっちは吉原に、残らなければならない、と。


遊女勤めは年季で終わり。

したが、番頭新造や遣手として、吉原に残ることを意味していんした。

(わっちは、吉原の(おんな)じゃなくなったら、柚様に好きだと……!)

言うつもり、だったのに。


――したが現実は非情で、泣いても泣いても、変わらない。

吉原に残るのはこの際構わない。

したが、遊女勤めが終わったらせめて。

「柚様に、好きと言わせて……!」




「叢雲は本当に僕が好きなの?」

とある日の逢瀬の帰り際。

――柚様は何処か、冷たい声でわっちのそう言いなんした。

「え……?」

あまりにも不機嫌そうなその声音に、わっちは驚きと、肝が冷えた心地。

嫌な予感が、しんした。

「僕は君が好きだ。それは嘘偽りない本心。

でも君は! 僕と逢っても一度たりとて僕に好きだと言ってくれない!

僕の心に、応えてくれないじゃないか……っ!」

羽織を着せようとしたわっちから逃げるように、柚様はわっちから離れんした。

「そ、それは……」

わっちは、絶対に吉原の妓である間は、柚様に好きと言わない。

そう決めていんした。

したが、柚様のとても、とても悲しそうなお顔を見てしまったら、その決心が揺らいでしまって。

――もう、言ってしまおうか。

だって、わっちは吉原から出られないことは決まってしまっていて。

あと一年くらいしたら、わっちは『遊女』ではなくなる。

だから、わっちは――!

「もういいよ」

「……え」

好きだと。

言おうとしたその時。

……柚様は、心底残念そうにして、わっちから羽織を奪い取りんした。

「……ずっと君のことが好きだった。

でも君は違った。

……叢雲は、僕のことはただの客だったんだね」

柚様は、最後にわっちの顔を見て、座敷から出て行ってしまいんした。

――残されたわっちは何も出来ず。

その場に、崩れ落ちて。

「うっ……ふ、う……!」

ただ雫がはらはらと、眼から伝い落ちていくのを知るばかりでありんした。




それから幾何かの月日が流れて。

柚様は見世に、とんと来てくれなくなりんした。

あの言葉を最後に――柚様は吉原に来られなくなりんした。

見世の者たちも、わっちと柚様が恋人関係にあったのを知っておざんす故、残念だね、と声を掛けてはくれんす。

わっちの元には、もう会えないであろう柚様からの手紙だけが残りんした。


最後に柚様から宛てられた手紙には、嫁を娶ったと、一言だけ。

それを最後に便りさえ、なくなりんした。

――その言葉を見てしまったら、もうわっちの元に来れないことなんて重々伝わってくるわけで。


見世の者からは、病で亡くなるのではないか。お金が尽きたのであろうと慰められんした。

事実を知っているのはわっちだけ。


ならば。




わっちはきっと心の何処かで、怖かったのでありんす。

本当の気持ちを言って。

心の底から好きだと伝えて。

……拒絶される、ことが。

花魁であることを忘れ切れてないなんてただの言い訳。

好いた人に拒まれることが、怖かった。


柚様が私を好きだと言ってくれる度に、柚様はきっと私からの好きを待っていた。

だけど私は応えられなかった。

だから、お家の為とはいえ、お嫁さんを――。

「……っ!」

……でもいつかね、こうなることは分かっていたのかも。

私と柚様は、遊女と客。

叶うはずのなかった恋だということも。

でもやっぱり……好きな人がいなくなるこの事実は、変えられない。変わらない。

どんなに泣こうが喚こうが、もう私の元に柚様は戻ってこない。


だから、『わっち』は――。




わっちは河岸見世がある通りの端、誰も来ない場所に独りでいんした。

目の前に煌々と広がるのは、小さな炎。

……わっちは、遊女。

一人の男に現を抜かして、この世界をやっていけないことくらい知っていんす。

だから。


わっちは、柚様を忘れんす。

柚様から贈られた、手紙、簪、贈り物……全てを、目の前に広がる炎にかけんした。

わっちに、心から愛した人がいたことを、失くす為に。最初から、無かったことに、する為に。


燃え上がる炎。

その中には、柚様との思い出。

嗚呼……!




好きだった柚様へ

この手紙を読んでいる時、貴方の隣には私がいないことでしょう

私は貴方に、この気持ちを最後まで伝えるつもりはありませんでしたから


この話し方は、最初で最後

私は、貴方に本当の私を知って貰いたかったから

“花魁”じゃない、本当の私を


……お嫁さんを貰ったこと、おめでとう

私は知ってたよ。貴方の気持ちも、全部、全部

それと一緒にね、もう一つ知ってたんだ

私が貴方の隣に――立てないことも

だから、最後。最後にね。本当の気持ち言っちゃおうと思って


本当はね、花魁じゃなくなった時に言おうと思ってたんだ

でも私は、吉原の(おんな)から抜けられないから

抜けられなく、なったから

だから、今ここで言うんだ


私もね

貴方のことが、好きだったんだよ


さようなら

私が唯一人

愛した人

お読み下さりありがとうございました……!

また是非よろしくお願い致します。

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