柚に叢雲
おはこんばんにちは。
幽幻 桜です。
今回は以前投稿した作品、『廓の恋』を元にした作品を創りました。
お楽しみ頂けたら幸いです。
好きだった貴方へ
この手紙を読んでいる時、貴方の隣には私がいないことでしょう
私は貴方に、この気持ちを最後まで伝えるつもりはありませんでしたから
この話し方は、最初で最後
私は、貴方に本当の私を知って貰いたかったから
“花魁”じゃない、本当の私を
……お嫁さんを貰ったこと、おめでとう
私は知ってたよ。貴方の気持ちも、全部、全部
それと一緒にね、もう一つ知ってたんだ
私が貴方の隣に――立てないことも
だから、最後。最後にね。本当の気持ち言っちゃおうと思って
本当はね、花魁じゃなくなった時に言おうと思ってたんだ
でも私は、吉原の妓から抜けられないから
抜けられなく、なったから
だから、今ここで言うんだ
私もね
貴方のことが、好きだったんだよ
さようなら
私が唯一人
愛した人
「叢雲花魁、お呼びです」
「あい」
お初にお目にかかりんす。
わっちの名は叢雲。
江戸吉原で花魁を努める……遊女でありんすえ。
花魁となれば、身体を重ねた相手は数知れず。
身体だけでなく、心も通わせて。……わっちには偽りでござんすが、心を通わせ、疑似夫婦になったお客様も大勢。
わっちのことを、ほんに好きと言って下さる方もいんす。
それでも。
わっちのほんのお心は唯一人。
間夫、と呼ばれる本当の恋人はたった一人なのでありんす。
「叢雲! 待ってたよ!」
わっちを今日指名してくれたお客様……主様。
そのお顔を見て、わっちはひどく安心致しんした。
わっちのお客様であり、『恋人』の――柚様。
「柚様……! 嗚呼、わっちもお会いしとう御座いんした……!」
柚様はわっちの顔を見て、端正なお顔に華やかな花を咲かせてくれんした。
わっちもその表情に、つい顔が綻んでしまいんす。
柚様がお顔に咲かせた大輪の花は、わっちの心までも明るくさせてくれるんでありんすね。
「ささ、こっちへおいで。まずは宴席を。一緒に楽しもう」
「あい、是非に」
柚様のお隣に座り、宴席を共に楽しむわっちと柚様。
畳に置いた手を、握って絡ませて。
遊女と客。
わっち達はそんな立場でありながら、誠の恋人関係でありんした。
「叢雲。好きだよ」
したが。
夜が更け、閨に二人きり。
わっちの目を見て、そう囁いてくれる柚様。
わっちはそれに……
「……ありがとう、ございんす」
何も、返すことが出来ぬまま。
わっちは、柚様と誠の恋人関係にあると誓いを立てていんす。
したが、それでも。
わっちは一度たりとて柚様に。
好きと愛してるを言えないままでいんした。
――きっとそれは、頭の何処かで。
『花魁』であることを忘れ切れていないからでありんす。
好き、と言ってしまうのは簡単なこと。
したがそれが柚様に伝わるかどうか。
遊女の世界は嘘と虚構。
わっちの本心さえ嘘だと言われてしまったら、わっちには縋るものがなくなってしまいんす。
だから――この想いは、いつか、きっと。
「見合い……?」
柚様と寒い夜の下、掻巻に包まってお話をしていた時。
柚様の口から、別の女の影が、見えてしまいんした。
「あぁそうなんだよ。
僕には君だけ。その気持ちは変わらない。
でもお家の為にってさ――」
柚様は煙管の煙を吐き、わっちの乱れた髪を撫でながらそう語りかけてきんす。
柚様は心底嫌そうに、だけどわっちを見るその眼は温かく。
わっちはそれでも、この時になっても。
「わっちの前では、柚様の総てを見せておくんなんし」
好きだと、言えんせんでありんした――。
柚様の生活の変化があり。
わっちの元へ来てくれる回数は減ってしまって。
……したがわっちは吉原の遊女。
だから来る日も来る日も。毎日毎日。
お客様を取り続けんした。
(この生活も、もう少しで終わりんす)
吉原の遊女には年季があり。
その年季が明ければ、自由になれる。
わっちの年季はあと少し。
(年季が明けたら、絶対に――)
柚様に、好きだと言う――
「叢雲」
「あい……?」
……わっちの決意を、遮る声がありんした。
見世の経営者である、楼主さんでいんした。
「どうなさりんした……?」
「話がある」
わっちは楼主さんからのお話があった後、部屋で泣き崩れていんした。
話の内容は。
わっちが見世に抱えた借金。
それは年季が明けても返し切れない額だということでありんした。
わっちは吉原に、残らなければならない、と。
遊女勤めは年季で終わり。
したが、番頭新造や遣手として、吉原に残ることを意味していんした。
(わっちは、吉原の妓じゃなくなったら、柚様に好きだと……!)
言うつもり、だったのに。
――したが現実は非情で、泣いても泣いても、変わらない。
吉原に残るのはこの際構わない。
したが、遊女勤めが終わったらせめて。
「柚様に、好きと言わせて……!」
「叢雲は本当に僕が好きなの?」
とある日の逢瀬の帰り際。
――柚様は何処か、冷たい声でわっちのそう言いなんした。
「え……?」
あまりにも不機嫌そうなその声音に、わっちは驚きと、肝が冷えた心地。
嫌な予感が、しんした。
「僕は君が好きだ。それは嘘偽りない本心。
でも君は! 僕と逢っても一度たりとて僕に好きだと言ってくれない!
僕の心に、応えてくれないじゃないか……っ!」
羽織を着せようとしたわっちから逃げるように、柚様はわっちから離れんした。
「そ、それは……」
わっちは、絶対に吉原の妓である間は、柚様に好きと言わない。
そう決めていんした。
したが、柚様のとても、とても悲しそうなお顔を見てしまったら、その決心が揺らいでしまって。
――もう、言ってしまおうか。
だって、わっちは吉原から出られないことは決まってしまっていて。
あと一年くらいしたら、わっちは『遊女』ではなくなる。
だから、わっちは――!
「もういいよ」
「……え」
好きだと。
言おうとしたその時。
……柚様は、心底残念そうにして、わっちから羽織を奪い取りんした。
「……ずっと君のことが好きだった。
でも君は違った。
……叢雲は、僕のことはただの客だったんだね」
柚様は、最後にわっちの顔を見て、座敷から出て行ってしまいんした。
――残されたわっちは何も出来ず。
その場に、崩れ落ちて。
「うっ……ふ、う……!」
ただ雫がはらはらと、眼から伝い落ちていくのを知るばかりでありんした。
それから幾何かの月日が流れて。
柚様は見世に、とんと来てくれなくなりんした。
あの言葉を最後に――柚様は吉原に来られなくなりんした。
見世の者たちも、わっちと柚様が恋人関係にあったのを知っておざんす故、残念だね、と声を掛けてはくれんす。
わっちの元には、もう会えないであろう柚様からの手紙だけが残りんした。
最後に柚様から宛てられた手紙には、嫁を娶ったと、一言だけ。
それを最後に便りさえ、なくなりんした。
――その言葉を見てしまったら、もうわっちの元に来れないことなんて重々伝わってくるわけで。
見世の者からは、病で亡くなるのではないか。お金が尽きたのであろうと慰められんした。
事実を知っているのはわっちだけ。
ならば。
わっちはきっと心の何処かで、怖かったのでありんす。
本当の気持ちを言って。
心の底から好きだと伝えて。
……拒絶される、ことが。
花魁であることを忘れ切れてないなんてただの言い訳。
好いた人に拒まれることが、怖かった。
柚様が私を好きだと言ってくれる度に、柚様はきっと私からの好きを待っていた。
だけど私は応えられなかった。
だから、お家の為とはいえ、お嫁さんを――。
「……っ!」
……でもいつかね、こうなることは分かっていたのかも。
私と柚様は、遊女と客。
叶うはずのなかった恋だということも。
でもやっぱり……好きな人がいなくなるこの事実は、変えられない。変わらない。
どんなに泣こうが喚こうが、もう私の元に柚様は戻ってこない。
だから、『わっち』は――。
わっちは河岸見世がある通りの端、誰も来ない場所に独りでいんした。
目の前に煌々と広がるのは、小さな炎。
……わっちは、遊女。
一人の男に現を抜かして、この世界をやっていけないことくらい知っていんす。
だから。
わっちは、柚様を忘れんす。
柚様から贈られた、手紙、簪、贈り物……全てを、目の前に広がる炎にかけんした。
わっちに、心から愛した人がいたことを、失くす為に。最初から、無かったことに、する為に。
燃え上がる炎。
その中には、柚様との思い出。
嗚呼……!
好きだった柚様へ
この手紙を読んでいる時、貴方の隣には私がいないことでしょう
私は貴方に、この気持ちを最後まで伝えるつもりはありませんでしたから
この話し方は、最初で最後
私は、貴方に本当の私を知って貰いたかったから
“花魁”じゃない、本当の私を
……お嫁さんを貰ったこと、おめでとう
私は知ってたよ。貴方の気持ちも、全部、全部
それと一緒にね、もう一つ知ってたんだ
私が貴方の隣に――立てないことも
だから、最後。最後にね。本当の気持ち言っちゃおうと思って
本当はね、花魁じゃなくなった時に言おうと思ってたんだ
でも私は、吉原の妓から抜けられないから
抜けられなく、なったから
だから、今ここで言うんだ
私もね
貴方のことが、好きだったんだよ
さようなら
私が唯一人
愛した人
お読み下さりありがとうございました……!
また是非よろしくお願い致します。




