51:新しい武器!!
三日ぶりの食事は、僕の体の隅々にまで染み渡った。
生き返る、とはこのことだ。
囲炉裏の前で、僕は久しぶりの満腹感に浸っていた。
肩の上のコダマも、僕がシチューを分けてやった(もちろん食べなかったけど)お椀を、不思議そうにつついている。
「さて、小僧」
ダリウスが、壁にかけてあった武具の手入れをしながら、口を開いた。
「身を隠すのは覚えた。だが、斥候はそれだけじゃ務まらん。次の訓練は、実戦だ」
「実戦…」
僕は、ごくりと唾を飲んだ。
キバイノシシとの戦いが、脳裏をよぎる。
「そうだ。だが、その前にだ」
ダリウスは、僕の腰にあるもの…スリングを、顎でしゃくった。
「てめえ、本気でそんなモンで魔獣とやり合うつもりか?」
「え…」
図星だった。
僕は、正直に打ち明けるしかなかった。
「スリングは…森の入り口で、キバイノシシに弾かれました」
「だろうな」
「それに…」
僕は、言葉を選びながら続けた。
「準備の音が、大きすぎるんです。ヒュンヒュンって…」
ダリウスはフンと鼻を鳴らした。
彼は、僕の能力と、僕という人間を、完全に見抜いていたんだと思う。
「てめえの耳と、その非力さ。その上で、斥候の基本である『静音性』と『即応性』を満たす武器は、一つしかねえ」
ダリウスは立ち上がると、小屋の壁に突き立っていた一本のナイフに手を伸ばした。
そして、僕の足元に、ビシュッ、と突き立てた。
いきなりのことに、身体がビクンと震えた。
刃先が、床板に数センチめり込んでいる。
音も、気配も、なかった。
「投げナイフだ」
(これだ…!)
僕がスリングに感じていた弱点…準備音の大きさと、攻撃までの隙。
そのすべてを、この武器は克服している。
「これなら、てめえの『声』を聴く邪魔にもならねえ」
ダリウスは、壁からさらに数本の、バランスが取れた投げナイフを外し、僕に放り投げた。
「まずは、あの木に刺してみろ。明日はその練習だ」
小屋の外にある、太い切り株。それが、明日からの課題になった。
翌日、僕は少しワクワクしながら小屋を出た。
だってかっこいい新しい武器が手に入ったら使ってみたいよね。
(師匠みたいに、かっこよく…!)
力を込めて、腕を振るう。
しかし、ナイフは「カンッ」と乾いた音を立て、回転しながら切り株の幹に柄を打ち付け、地面に落ちた。
「くっ…! 難しい!」
何度やっても、同じだった。
刺さらない。まっすぐ、飛ばないんだ。
「力じゃねえ」
ダリウスが、呆れたように言った。
「手首のスナップと、ナイフがてめえの手を離れる『声』を聞け」
『声』を、聞く?
僕は、もう一度ナイフを構えた。
今度は、力を抜く。
意識を、指先に集中させる。
自分の指先から、ナイフが離れていく、その瞬間の、金属と皮膚が擦れる微かな『声』。
空気を切り裂いて、的に向かっていく軌道の『声』。
それだけに、意識を合わせる。
シュッ。
放たれたナイフは、まだ少し回転していたけれど、今度は切り株の端に、浅く突き刺さった。
(刺さった…!)
「まだだ」
ダリウスの声が飛ぶ。
「今のはまぐれだ。風が止まってたからな」
風?
僕は、ハッとした。
そうだ。僕には、他の人にはない『耳』がある。
僕は、次のナイフを構えた。
意識を、的までの空間に向ける。
そこを通り抜ける全ての風に、耳を澄ます。
特定の『風の声』に耳をあわせるのではなく、『声』を聞こうとするのではなく、風の存在とその動きに意識を向けた。
ダリウスが「肌感覚」で補正するところを、僕は慣れている『風の声』で代替する。新しい技術や感覚への熟練のプロセスをすっ飛ばす。
僕は、耳が教える風の軌道に、ナイフを乗せるイメージで、腕を振った。
スッ…
風切り音一つしない。
放たれたナイフは、吸い込まれるように、切り株の真ん中に突き刺さった。
トスッ、という乾いた音だけが聞こえた。
僕は、自分の手を見つめた。
(すごい…)
『風の声』から風の流れを知る。
どうやってそんなことができるのかわからない。でも僕の耳は元々理不尽なんだ。こういう特技の一つや二つあったっていいだろう。
その後、僕は夢中になってナイフを投げ続けた。
投げナイフの投げ方は少しスリングショットと違っていたが、次第に余計な力が抜けてきて、狙った場所に刺さる確率が上がって来た。
数日後には、下から投げたり、反対側の腰から抜きざまに投げたりもできるようになった。
僕がナイフを回収しに行く時、ダリウスが、僕の背中にぽつりと言った。
「…とんでもねえ化け物を拾っちまったかもしれねえな」




