プロローグ
この小説は『耳を合わせて』というタイトルで書いていた小説を、主人公の設定を変えてリライトしたものです。
「『耳を合わせて』と主人公の名前も同じだし、ストーリーも似ているぞ」と思われるかもしれませんが、そういうことです。
こちらの方が読みやすくなっていると思います。
楽しんでください。
実は僕には前世の記憶がある。しかもかなりはっきりと。はっきりし過ぎてて、こっちの人生がフィクションなんじゃないかって思うくらい。だけど、前世の記憶を思い出す前までは普通の子供だった。はず。……だと思う。
最初から親はおらず、物心ついた時には村の長老の家で育てられてたから、もしかしたら何か普通じゃない生い立ちだったのかもしれない。今から思うと、だけど。
親はいなかったけど、特に辛い目にあうこともなく育ててもらった。普通に村に溶け込んでいたんじゃないかと……いや、少し浮いていたのかもしれない。特別に親しい人とかもいなかったし。
でもまあ、自分では特に違和感無く、村で暮らしてた訳だ。
でもある時、一人で川沿いを歩いていた時に、足を滑らせて転んだんだ。そのまま気絶してしまったらしく気づいた時には、もう夜だった。
でもそんなことよりも、僕は自分が誰で何処にいるのかわからなかった。
そしてまず思い出したのが、前世の記憶だった。
前世で、街灯に照らされたアスファルトの道を一人歩いていた記憶。
そこから先に何があったのかは全く思い出せないが、その前の行動、その前日の行動、何よりこことは全く別の世界で、全く別の自分として生きていた記憶を思い出した。
その記憶を信じるなら、僕は異世界転移したらしい。
アスファルトの道を歩いていたら、いきなり川辺にいるんだから。
そう考えた瞬間、この世界の記憶が蘇ってきた。この世界の小さな村で暮らしてきた記憶。そして川沿いで足を滑らせた記憶も。疑いようのない確かさで。
その日は、とりあえず村に帰って、心配していた長老には、転んで気を失っていたことだけ伝えて寝床についた。
眠っている間に、整理されたのか、翌日には混乱は無くなっていた。簡単な事だ。僕は転んだ拍子に前世のことを思い出しただけ。問題無し。
そのまま村での仕事をこなすために畑に出て行った。
それから数日、僕は畑仕事や薪割りをやりながら、前世のことを思い出して楽しんでいた。辛い記憶とかもあったけど、全然違う世界の事を思い出すのは楽しかった。思えば、僕はそうやって2つの人格を統合していたんだろう。最初のうちは、今が、どちらの自分か、わからなくなる事があったが、やがて2つが合わさった自分になっていった。そう、この僕だ。
問題は、別のところからやってきた。
最初に気づいたのは、少し遠出の狩に一人で出かけた時の事だ。
僕がウサギを狩るために草むらで息をひそめてた時、『声』がした。
《……ピョンピョン跳ねる……長い耳が……》
一瞬、誰か人がいるのかと思った。でも、すぐに人の声じゃなかった事に気づいた。
(オバケの声か!)
僕は、慌てて立ち上がって周りを見渡した。
それに驚いてウサギが逃げて行った。
《……ピョンピョン……速い、速い……》
また『声』が聞こえて、僕は怖くなって村に向かって走り出した。
本当にオバケの声だと思ったんだよ。耳のすぐそばで囁いているような感じ。それも両耳。
まあ、それが風の『声』だって事は、その日のうちにわかったけどね。村に帰るまでに10回は脅かされたから。
そしてそれは耳の傍でささやいているんじゃなくて、直接頭に聞こえてきていたことに気づいた。
音として聴こえるのは人の声じゃなく、風の音なんだけど、その意味が理解できてしまうんだ。
そのうち、風の『声』だけじゃなくて、道の『声』も聞こえる事に気づいた。『道の声』は、人や動物が地面を踏みしめるような音だったり、石が転がる音だったりする。これも僕の頭の中で人間の言葉に翻訳された意味が直接伝わってくるんだ。
どちらも慣れてしまえばなんて事はない。他の人には聴こえない『声』が聴こえて、僕だけわかる情報があるって事。とっても便利。問題無し。
こうして数えてみるとずいぶん普通じゃないけど、それでも僕は普通の村人としての人生を送っているつもりだった。
僕の人生が変わってしまったのは、乾いた天候と、僕にだけ聴こえる『声』と、村の役に立ちたい気持ちと、そして村中のみんなから託された希望が原因だった。
その夏、雨は一滴も降らなかった。畑はひび割れ、井戸は枯れ、人々は日に日に痩せ細っていく。誰もが、空を睨みつけていた。吹き流しの長い旗が虚しくはためいていた。
干ばつが深刻になるにつれて、ある『声』が同じ事を何度も僕に語りかけてくるようになった。それは、村の裏手にある山の、古い道が発する声だった。
《……水。岩盤の下……激しい流れ……止められて……苦しい》
それは、明らかに何処に水源があるかを伝えるものだった。それは僕にしか聴こえない。僕が何とかするしかない。僕は怖かった。でも、それ以上に、苦しむ村人たちの前で知らないふりをするのも辛かった。
ある日、村の広場に集められた僕たちの前で、長老が苦渋の表情で告げた。
「このままでは、皆が干からびてしまう。……苦しい決断じゃが、この村を、捨てるしかない」
広場は静まり返り、すすり泣きが聞こえる。その絶望的な沈黙を破ったのは、僕だった。
「待ってください!」
僕は意を決して、長老の前に進み出た。自分の能力のことは言えない。でも、あの『声』が嘘をついているとは思えなかった。
「僕が、水を見つけます。この山のどこかに、まだ水はあるはずです。僕に任せてください」
突然の宣言に、村人たちは驚き、そして……藁にもすがる思いで、僕の言葉に賭けた。僕は、村の救世主として、みんなの希望を一身に背負い、たった一人で山へ向かった。
僕は道の『声』に耳をあわせた。
《……下……暴れる水……》
僕は言われた通り、崖の中腹にある巨大な岩に手を触れた。その瞬間、凄まじい量の情報が、濁流のように僕の魂になだれ込んできた。それは水が流れる道の『声』だったのだろうか。
(すごい……本当に、あるんだ!)
僕は歓喜に打ち震えながら、その流れが最も地表に近い、岩盤の脆い一点を探し出した。そして、村から持ってきたつるはしを、そこに力任せに振り下ろした。
甲高い音が響き、つるはしの柄を通じて、岩の叫びと、その奥で解放を待ちわびていた水脈の歓喜の咆哮が、直接僕の魂に叩きつけられた。
水は、僕が想像したような、優しい湧き水ではなかった。
轟音と共に、崖が崩れた。僕がこじ開けたのは、ただの穴ではなかった。抑えきれないほどの水圧に耐えていた、巨大なダムの栓だったのだ。
濁流が、僕の足元を洗い、谷間の村へと牙を剥いた。
僕にできたのは、流れに飲み込まれない場所に避難することだけだった。木々がなぎ倒され、家々が紙屑のように流されていく。昨日まで僕に希望の眼差しを向けてくれた人々の、絶叫が聞こえる。
僕が聞いた山の声は、嘘ではなかった。でも、僕はその声の大きさを、その力の本当の意味を、何も分かっていなかった。
やがて、水が引いた。
僕の目の前に広がっていたのは、故郷の変わり果てた姿だった。そして、泥だらけで立ち尽くす生存者たちの、憎悪に満ちた瞳。
言葉よりも先に、彼らの心が僕になだれ込んできた。
裏切られたという憎しみが、熱い鉄のように僕の胸を焼いた。希望が絶望に変わった恐怖が、氷の針となって突き刺さる。
誰かが呟くのが聞こえた。
「……化け物」
その言葉が引き金だった。昨日まで僕に笑いかけてくれた小さな男の子が、震える手で拾い上げた石を、僕に向かって投げつけた。石は僕の額にかすり、熱い痛みが走る。だが、本当の痛みは、そこから始まった。
《……あいつのせいだ……》
《……お母さん……お母さん……》
《……村を、返せ……》
彼らが口にしなかった全ての感情が、失われた家族への嘆き、未来への不安、そして僕への殺意にも似た憎悪が、声なき『声』となって頭の中で暴れた。僕は耳を塞いだが、無駄だった。『声』は、頭の中に直接響いてくる。
僕は、ただ、逃げ出した。
村人たちからじゃない。僕の中に流れ込み、僕を内側から破壊しようとする、彼らの感情の奔流から。
それが、僕の旅の始まりだった。
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