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お義姉様の魔力タンク扱いなんて、もううんざりよ

 田舎の男爵家に生まれ、公爵家に養女として引き取られた私は、人から見れば幸運なんだろう。


 だけど実際の生活は……。


「ユリシア! またお前は外になど出て! お前は家の中から出てはいけないと何度も言っているでしょう」


 ヒステリックな女の声が、窓をビリビリと揺らす。


 庭に出ていた私は、無理やり家の中へと引きずり戻された。


 私のこの屋敷での役割は、魔力タンク。


 魔力不足で病弱なお義姉様のために、魔力を注ぐ役割を課せられているのがこの私だった。


 魔力が適合する確率は五千人に一人と言われている。公爵家のご令嬢であるクラリスと適合する魔力をたまたま持って生まれた私は、この家に養女として引き取られ、義姉に魔力を注ぐ役割を課された。

 そして、万が一にも誘拐などされてクラリスお義姉様の魔力が不足する事態に陥ることが無いよう、家から出ることさえ禁止されている。


 私は、公爵夫妻が金に物を言わせて探し回り、買い上げた貴重な魔力タンクなのだから。


 実の両親には売り飛ばされ、公爵家では人間ではなく魔力タンクとして見做され、自由のない日々。


 そんな私に転機が訪れたのは、クラリスお義姉様が学園で魔力不足に陥り、倒れたことがきっかけだった。


「ユリシア、今日からお前も王立魔法学園に通いなさい。そしてユリシアが魔力不足に陥ることが無いよう、絶えず魔力を提供し続けるのです」


 クラリスお義姉様の外での活動時間が伸びるにつれて、家の中で魔力を提供するだけでは追いつかなくなってきていた。その結果として、私も束の間の自由を得られるなら、万々歳だ、と思っていたのだけれど。


「さすがクラリス様。ルモワール公爵家のお嬢様だけあって、素晴らしい魔法ですわ」

「それに比べてユリシア様は魔法がお得意ではないのね。まあ、男爵家出身の養女じゃあ仕方ないか」


 くすくす、くすくすと笑い声が学園の中でさざなみのように広がる。


 私は魔法が苦手なんじゃない。クラリスお義姉様に魔力を注ぎ切ってしまったせいで、魔力不足に陥っているだけだ。クラリスお義姉様は、私の注いだ魔力を湯水のように使って、魔法実技の授業でそれはそれは自慢げにしていた。本来は生まれつき魔力を生成する力が弱く、人から魔力を注がれなければ十歳までも生きられないと言われていたにも関わらず。


 学園での私の状況はどんどんと悪くなっていった。


 少しでも他の人と仲良くなろうとすれば、お義母様の手先が私の自由を奪うべく、悪い噂を流して追い払ってしまう。悪い噂に惑わされないような公平な人には、嫌がらせをして私に近づかせないようにしていた。


 その上、魔法実技でまともに魔法を放てないのに落第にならない私は、不正をやっている学生として白い目で見られるようになっていた。

 実際、お義母様が手を回して、私が落第になってクラリスお義姉様のそばを離れることにならないようにしているのはわかっていた。


 ——でも、魔法が放てないのはお義姉様に魔力を譲渡しているせいなのに……。


 私は学園の中で孤立し、そして、クラリスお義姉様の魔力タンクとして使われるだけの毎日を過ごしていた。


「お義姉様、もう無理です。もうこれ以上は出せません!」

「何を言うの、ユリシア。もっと魔力を絞り出しなさい。明日は上級魔法の実技試験があるのよ」


 体内の魔力が命に関わるレベルで不足し始めているせいで、背筋に悪寒が走り、歯がガチガチとなった。手足は冷たく冷え切り、目の前の視界は歪み始めている。


「お義姉様、許してください、お義姉様」

「いいから魔力を出しなさい!」

 

 叩かれる。


 鞭で、背中を容赦なく打たれた。


 必死で魔力を搾り出す。すると、今度は魔力不足に悲鳴をあげた体が嘔気を催してくる。


 魔力の流出を止める。


 鞭で叩かれる。


 その繰り返し。


 いつの間にか私は、気を失っていた。


 目を覚ますと、私は寮の自室の床に転がされていた。お義姉様の従僕が運んだのだろう。ドレスの胸元ははだけていて、下着は剥がされていた。気絶しているのをいいことに、ついでとばかりに触っていかれたのだろう。


 ——もう嫌だ。


 こんな生活は、もううんざりだ。


 私は、自分がどうなってもいいから、お義姉様の魔力タンクを続けることをやめたかった。

 そのためだったら、なんだってする。


 そう決意した私は、ある計画を胸に秘めて行動することにした。


 王立学園では、外部演習で学園の裏の山を登ることになっていた。


 山登りをして、獣や魔獣を狩り、その成果を競うのだ。そんな中でも、孤立している私とグループを組んでくれる人はいなかった。


 お義姉様も、空っぽになるまで魔力を私から吸い上げたら、私のことは放置してお友達と共に演習に行ってしまう。そうして私は、魔力を放てない状態で、ひとりぼっちで山の中に取り残されることになった。


 ——都合がいいわ。


 事前に地図で調べていたスポットまで、ひたすら登っていく。山の大きな道から外れ、ごく僅かに人の手が入っている獣道を、魔力不足にふらつく体で登っていった。


 そうしてたどり着いたのは、高い崖の上。


 私は今日、ここから身を投げる。


 それでいいのだ。


 たとえ自分が死ぬことになったとしても、これ以上お義姉様の魔力タンクとして暮らすなんてうんざり。私が死ねば、お義姉様も死ぬことになる。


 それでいい。そうすれば、公爵夫妻も嘆き悲しむことになるだろう。


 それが私の、復讐だ。


「それじゃあ、さよなら——」


 そうして、私が宙に身を踊らせた瞬間。


「待て!」


 誰かの声がして、強い風が吹いた気がした。


 けれど、魔力不足で限界を迎えていた体は意識を保てない。


 ——失敗、しませんように。


 そう願いながら、私は意識を失った。




 ゆっくりと、体の感覚が戻ってくる。重たい瞼を上げると、見覚えのない天井が目に入った。


「生き残っちゃった。……誰よ、邪魔したの」


 あの時、私を助けようとした誰か。おそらく風魔法で身を投げた私を受け止めたのだろう。上級の風魔法を使える相手だなんて、お義母様の手先の中にはいたかしら。


 おそらく、私を妨害したのは公爵家の手のものに違いない。これは手痛い折檻が待っているぞ、と絶望したその時、部屋に入ってきたのは、私でも知っている、この国の第二王子だった。


「だ、ダニエル殿下?」


 咄嗟にベッドから飛び起きて平伏すると、殿下は私に身を起こしてベッドに腰掛けるよう指示した。


 殿下の前でベッドに腰掛けるだなんて、あまりに恐れ多いけれど、指示を無視するわけにもいかないし、と、恐る恐るちょこんと座る。


「君は学園の外部演習で身投げをしようとしていたね。それに、君の周囲には色々ときな臭い噂が多い。病み上がりのところ申し訳ないけれど、ちょっと事情を聞かせてくれるかな」


 その瞳は、思いやりに満ちていた。


 私は、気がついたら嗚咽を漏らしていた。


 人に心配されたことなどなかった。どれだけ魔力不足で体調が悪くても、ひたすら打たれるだけだった。だから、人から心配されるというのが、これほど身に染みることだとは、今この瞬間まで、私は知らなかったのだ。


「実は……」


 私はこれまでのことを話しだす。


 クラリスお義姉様が魔力の生成に生まれつき問題のある病気だということ。その治療法として、魔力が適合する人間が魔力を提供する方法があること。そして、命を長らえる以上に、魔法実技の演習などでお義姉様がいい格好をするために限界まで魔力を搾り取られて、もう限界だったこと。


「そうか。辛かっただろう、ユリシア嬢。公爵家のことは、私がなんとかしよう」


 ダニエル殿下は私の話を最後まで聞くと、深い怒りを瞳に宿していた。


「許せないね。これは人身売買に等しい行為だ。すぐに調査団を派遣し、ルモワール公爵家の実態を暴いて見せるよ」


 殿下の言葉通り、王室直属の調査団が公爵家に乗り込んだのは、私が王宮で保護されてから三日後のことだった。


 ◆◆◆


 その頃、公爵家では大混乱が起きていた。


「ユリシアはどこに行ったの! 早く連れ戻しなさい!」


 クラリスが金切り声を上げていた。ユリシアからの魔力供給が途絶えてから、彼女の体調は急激に悪化していたのだ。


「お嬢様、捜索隊を出しましたが、まだ見つかりません……」

「そんな! 私の魔力が足りないのよ! 早く、早く見つけて!」


 クラリスは床に倒れ込み、息も絶え絶えの状態になっていた。生来の魔力生成能力の低さが露呈し、ユリシアなしでは立つことすらできない状態だった。


「あの子がいないと、クラリスが……」


 公爵夫人も青ざめている。


 そこへ、王室直属の調査団んが踏み込んできた。


「ルモワール公爵、王室の名において貴殿を取り調べる。大人しく従え」

「なんの件で……?」

「ユリシア・ルモワール嬢への虐待及び人身売買の容疑だ」


 公爵夫人の顔が真っ青になる。


「そ、そんな! 人身売買だなんて! 養女として正式に迎え入れただけです!」

「正式に? ではなぜ彼女を監禁し、魔力を強制的に搾取していたのか説明してもらおう」


 調査団は容赦なく屋敷を捜索し、ユリシアが監禁されていた狭い部屋、魔力を搾取するための道具、そして、ユリシアを鞭打つために使われた道具まで発見した。


「ひ、ひどい……これは拷問器具じゃないか」

「クラリス嬢の医療記録も調べたが、確かに魔力生成障害はある。しかし、治療に必要な魔力量を遥かに超えた搾取が行われていた形跡がある」


 ◆◆◆


 一週間後、王宮の大広間で公開裁判が開かれた。多くの貴族や学園関係者が見守る中、ルモワール公爵家の罪状が読み上げられた。


「被告ルモワール公爵は、ユリシア・ルモワール嬢を金銭で購入し、実の娘クラリスの魔力タンクとして監禁・虐待した。この行為は人身売買罪及び監禁罪に該当する」


 ダニエル殿下が証言台に立った。


「ユリシア嬢は命に関わるレベルまで魔力を搾取され、死を選ぶしかないところまで追い詰められていた。これは明らかな虐待である」


 私も証言台にたち、これまでの体験を証言した。

 魔力を搾取される痛み、鞭で打たれたこと、気絶すれば従僕に体を触られること……全てを話した。


 法廷にいた人々からは、怒りのざわめきが起こった。


「ひどい……あまりのも、これは惨いとしか言いようがない」

「これが公爵家のすることか?」


 クラリスは椅子にぐったりとした様子で座り、青ざめた顔で俯いていた。魔力不足で立つこともできない惨めな姿だった。


 判決は厳しいものだった。


「ルモワール公爵家に以下の刑を言い渡す。爵位剥奪、全財産没収、そして国外永久追放。クラリス・ルモワールについては、不正な手段で得た学園の成績を全て無効とし、退学処分とする」


 公爵夫妻は絶望の表情で崩れ落ちた。


「そんな……私たちはただ、娘のために……」

「娘のためなら、他人を犠牲にしてもいいと申すか?」


 国王の冷たい声が法廷に響く。


 クラリスは椅子から転げ落ち、床で震えていた。


「ユリシア、ごめんなさい。許して。お願い。あなたの魔力がないと私は生きていけないの……」

「この後に及んで、まだ私から魔力を搾取するつもりですか、お義姉様。いえ、クラリス。私たちはもう赤の他人です。……さようなら」


 生きるために必要な魔力だけを求められるのであれば、私だって協力していた。無理に監禁などせず、過剰に魔力を搾取などせず、姉妹として仲良く暮らす未来もあったはずだ。

 しかし、その未来を潰したのは、他ならぬ公爵家の面々なのである。




 ルモワール公爵家の公開裁判を終えた私は、新たな生活を始めるべく、準備をしていた。


「もし君が戻りたければ、生家に帰すこともできるが」

「いいえ、私を売った人たちです。貧乏男爵家だから公爵家に逆らえなかったことは同情するけれど、もう二度と関わりたくありません」


 そうして私は、ダニエル殿下の庇護のもと、王宮で新しい生活を始めることになった。


「君の本来の魔力量は相当なものだ。適切な指導を受ければ、宮廷魔導師にもなれるだろう」


 ダニエル殿下の言葉通り、私の魔法の才はなかなかのものらしかった。これまで搾取されていたせいで発揮できなかっただけなのだ。


 学園に復帰した私を、生徒たちは暖かく迎えてくれた。


「ユリシア様、お帰りなさい」

「ユリシア様、不正だなんて言ってごめんなさい! 私、ずっとユリシア様のことを誤解していました」

「ユリシア様、申し訳ございません!」


 真実を知った彼らは、心から謝罪し、私を受け入れてくれた。




 それから一年後、私は宮廷魔導師見習いとして、働いていた。


 王宮での生活は、これまでの地獄のような日々とは正反対の、まるで夢のような毎日だった。


「ユリシア、今日の魔法実技はどうだった?」


 夕方、執務を終えたダニエル殿下が私の元を訪れてくれる。殿下は忙しい公務の合間を縫って、必ず私の様子を見にきてくれるのだ。


「はい。風魔法の上級技術を習得できました。先生にも褒めていただけて」

「それは素晴らしい。君の成長ぶりには目を見張るものがあるね」


 殿下の優しい笑顔に、ドキッとする。この一年で、私は見違えるほど変わった。

 適切な食事と休息、そして何より魔力を搾取されることのない生活により、本来の力を取り戻していた。


「ユリシア、少し庭を歩かないか?」


 殿下に誘われ、王宮の庭園を歩く。夕陽に照らされた薔薇の花々が美しく咲き誇っている。


「この一年、君といると心が安らぐ。君の笑顔を見ていると、僕も幸せな気持ちになれるんだ」


 殿下の突然の告白に、私の心臓が激しく鳴り始めた。


「殿下……」

「ユリシア、僕と一緒にいてくれるか? 君を僕の妃として迎えたい」


 殿下は私の手を取り、優しく見つめてくれる。その瞳には、深い愛情が宿っていた。


「わ、私は、田舎の男爵家の出身で……殿下と釣り合うような身分では」

「身分なんてどうでもいい。それに、その魔力量の多さならば誰も文句は言わないよ。だから応えてくれないか、ユリシア」


 殿下の真剣な眼差しに、私はそっと、殿下の差し出した手に自らの右手を重ねた。


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