第09話 翡翠のブレスレット
「じゃあ行ってくるわ。カイ」
「では行って参ります。カイ様」
私とミィが私室のデスクに座るカイの背中に声をかけると、カイは振り向かないままひらりと片手を振った。私は蜂蜜色の長い髪を固めに結って帽子で隠し、ミィが大急ぎで私のサイズに仕立て直してくれたカイの古着を身につけている。街へ行くために、どこにでもいる市井の少年をイメージして男装したのだ。そして私の手首には、カイにもらったブレスレット型のアミュレットが光っている。
◆
お茶会のあと、私は厨房でミィの手伝いをしていた。作業台にずらりと並んだ小ビンにミィが木いちごのジャムを大鍋からスプーンで手際よく詰めていき、私がビンのふたを片端からきちんと閉めていく。甘酸っぱい香りに満ちた空間でせっせと作業に勤しんでいたら、珍しく厨房を訪れたカイが入口から声をかけてきた。
「ララサ。これを」
顔を上げた私がエプロンで手を拭いて前に立つと、カイは組紐で編まれたブレスレットを差し出してきた。組み合わせた黄色と白の細い紐に石がひとつ付いたシンプルなデザインだ。
「これは?」
「魔除けのアミュレットだ」
「初めて見たわ。どんな効果があるのかしら」
「持ち主を一度だけ命の危険から守ってくれる。念のために付けておけ」
「あなたの魔力が込められているの?」
「ああ」
カイはうなずくと、長い指で組紐の端についた金具を器用に外した。
「腕を」
言われた通りに左腕を出すと、カイは目を伏せて私の手首にブレスレットを丁寧に巻いてくれた。爪の先で金具をはめると、カチンと硬質な音がする。窓から差し込む陽光を透かしてブレスレットの中心についている翠緑色の石、おそらく翡翠、がきらきらと透きとおるように輝いて私は思わず感嘆の息をついた。
「すごくきれい。もし使ったらこのブレスレットは壊れてしまうの? 壊したくないわ」
「なら命を大事にすることだ」
「ありがとう、そうするわ。それにしても私の手首にぴったり。よくサイズが分かったわね」
「さっき手首を握ったからな」
カイがあっさりそんなことを言ったので、その瞬間にミィが丸い大きな目を見開いて三角耳をピンと立てた気配がした。ミィのいる位置は私にとっては完全に死角なのだけど、そういうのは見ずとも分かるものだ。やぶをつついて蛇を出してしまった心持ちで、私の顔は熱くなり背中に冷や汗が伝った。
「そ、そういえばそうだったわ。そうね。ええ、そうよね……」
「ああ」
うろたえながらおずおずと見たカイの顔には特に動揺の色は見あたらない。自分ばかり照れているみたいで私はなぜだか少しだけ腹立たしくなってしまった。それに。
(あなたが毎日続けている研究は、不老不死に関することなの?)
シチュエーションを思い出したついでに、その疑問も再び私の中で首をもたげてくる。でも今はミィもいるし、木いちごのジャムを早く仕上げなければならないし、今から長話をしている暇はない。自分からせがんで街に連れていってもらう手前、ミィに迷惑をかけたくなかったので私は言葉を飲み込んだ。
そしてそのミィはといえば、厨房の入口で繰り広げられる私たちの会話を固唾を飲んで見守っていたようだった。私が振り向くとあわてたように視線をそらしてビンにジャムを詰め始めて、でもその作業は私がカイに呼ばれた時からひとつも進んでいなかったから。
「と、とにかくありがとう。翡翠はあなたが選んでくれたの? 魔除け的になにか意味があるとか?」
ほとんどごまかすために聞いた私に、カイはまたあっさりと答えた。
「いや。石は魔力の依代にするだけだから実はなんでもいい。だから」
「だから?」
「ララサの瞳の色をイメージした」
「ぶっ」
「ぶっ」
端正な真顔を崩さずに発されたカイの言葉に私と、そして背後のミィがシンクロして吹いた。はしたなくも体をふたつに折って咳き込む私と、反射的にジャムから顔を背けて商品を守った商売人の鑑のようなミィ。
「何をしてるんだおまえたちは」
震源地のくせにあきれたような言葉を吐くカイの声を頭上に聞きながら、それはこっちのセリフだわと私は咳き込みながらミィに必死の目線を送った。あなたのご主人は一体どうなっているの、と目力で訴える私と、ワタクシではどうにもなりません、と口パクで訴え返してくるミィ。とりあえずカイには、自分の美しい外見と不用意に繰り出す天然たらし成分を早急に自覚してもらいたい。でないとこのまま森の人として生きるのが大正解になってしまう。冗談でもさすがに無神経すぎたので、その言葉を口に出さずにおくくらいの良識は私にも備わっていたけれど。
◆
そんな小一時間ほど前の出来事を思い出してはぁとため息をついて、私はミィと連れ立ってカイの部屋を出た。そういえば私は、男性にアクセサリーをもらうのはこれが初めての経験だ。たとえ特別な意味なんかなくても、カイが私を多少なりとも心配して持たせてくれたという事実が素直に嬉しい。
廊下を歩きながら手首に輝くブレスレットをあらためて見る。やっぱりきれいだ。カイの目には私の瞳がこんな風に見えているんだろうか。使う石を選ぶときに私の瞳を思い出したんだろうか。そしてその時の私は、カイの記憶の中でどんな表情をしていたんだろう。
「ご機嫌ですね。ミス・ララサ」
隣を歩くミィが言った。並ぶと私の腰くらいの高さにある、ぴくぴく動く耳を見ながら私は笑って答える。
「そうね。不機嫌じゃないことは確かだわ」
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