第04話 カイとララサ③
本当に実在したんだわ、という言葉は本人を目の前にしてさすがに失礼な気がして飲み込んだ。最強魔法士カイ。かつて王宮の魔法士団に所属し、王国の守護神としてその名をとどろかせた天才魔法士。しかしある日突然姿を消して、それきり数十年もの間行方不明になっていたはず。当然、私もルイーゼも生まれる前の話で面識すらない。
「でも、ずいぶん若く見えるけれど」
目の前の彼は、どう見ても二十歳そこそこの年齢だ。首をかしげる私に、カイはそっけなく言った。
「アンタ魔法はド素人か? 見た目の年齢なんか魔法でどうにでもなるだろうが」
最強魔法士の称号にまつわることはカイにとってあまり愉快な話題ではないのか、どこかトゲのある言い方だった。そしてカイの言葉を信じるなら、彼はその若々しい見た目よりも実年齢はだいぶ上であるらしい。私は少しひるみながらも、思い切って口を開く。
「カイ。あなたを見込んで頼みがあるの」
「断る」
「まだ何も言ってないわ」
ほとんど食い気味に断られた。私がそう言い出すのを予期していたかのような素早さだった。
「オレに王国の危機を救えとか言うんだろ。断る」
「どうして? 今の国王様はあなたが仕えた先王様の息子なのよ。その国王様も亡くなり、後継者の王女ルイーゼは私の親友なの。最強魔法士のあなたがいればきっと王国を取り戻せるわ。お願い力を貸して!」
途中でさえぎられる前にと一息に言ってしまって、私は肩で息をしながらカイの顔を見た。私の訴えを聞いたカイは、しかし相変わらず眉ひとつ動かさずに短く答える。
「事情は分かる。けど断る」
「どうしてなの」
「理由はある。でもアンタに説明する気はない」
「そんな」
まるで冷たい鉄の壁にこぶしを打ち付けているような虚しい会話だった。唇をかみしめてうつむく私に、カイの声が届く。
「……ひとつだけ。アンタが知りたいことを教えてやる」
「え?」
顔を上げる私に、カイは言った。
「アンタの親友だという王女は、ここではない別の場所にかくまわれている。護衛の男も一緒だ」
「本当!? いったいどこに!? お願いルイーゼに会わせて」
思わず大声を上げて身を乗り出す私に、カイは首を横に振った。
「今はまだ言えない。信じるも信じないもアンタの勝手だが」
「カイ様。言い方キツイですよ」
そばにトレイを持って控えていた執事猫のミィが、すかさずカイをにらんでそう言った。私はあわてて顔の前で手を振る。
「ありがとう。私は大丈夫よ」
言いながら、私は安堵のあまり倒れそうな心持ちだった。私の即席身代わり作戦は失敗に終わったけれど、ひとまずルイーゼと兵団長の身は今は安全なのだ。それを聞けただけで私は胸の重りが羽のように軽くなる思いだった。……カイの言葉を丸ごと信じるならば、だけど。
「それともうひとつ。カラスの使い魔に偵察させているが、侵略軍は王宮を占拠したあと国民に手出しはしていない。むしろ早々に国庫を開放して食糧をふるまうなどして懐柔しようとしている。国民ごと無血で国を乗っ取るつもりなんだろうな」
「……複雑だけれど、国民に被害がないのは不幸中の幸いだわ」
国王陛下がいかに長期的な視野で政治をしていたかをルイーゼを通して知っている私は、素性の知れない侵略軍の短絡的なやり方に怒りを覚えた。でも少なくとも虐殺などが起きていないことは良しとしなければならない。
「あなたの言うこと、信じていいのね?」
私の確認するような問いかけに、カイは肩をすくめた。
「証拠はない。ただ、オレがアンタをだますメリットもない。信じるか信じないかは自分で決めろ」
「カイ様。言い方」
またもやミィに鋭くにらみつけられたカイは、ごまかすようにそっぽを向いて紅茶に口をつけた。カイの方が立場的には上であるはずだが、このミィという執事猫も主人に対して遠慮がない。そしてそれを自然と許しあっている仲のようだ。
どこかルイーゼと私に似ているような気もして、そんなふたりを見ながら私は息をついて口を開く。
「……分かったわ。もう失うものもないことだし、あなたを信じる。とりあえずだけど」
「賢明でなにより」
皮肉めいた言い方に少々鼻白んだけれど、私はせきばらいをして言葉を続ける。
「ではあらためて、私はララサ・ゲインブール。ゲインブール伯爵家の娘。それであなたはどうして私たちを助けてくれたの?」
王国を救う手助けは頑として拒否したカイが、なぜ私とルイーゼのことはわざわざ助けてくれたのか。私の疑問にカイは皮肉っぽく唇を曲げて応えた。
「それを今から説明する。黙って大人しく聞け」
「さあさあバラの紅茶をどうぞ、可憐なレディ。今朝焼いたクッキーもありますよ」
「……ありがとう」
長い足をもてあますように組んで眉間に深いしわを寄せている、最強魔法士の『カイ』。
不機嫌そうな彼とは対照的にことさらに愛想良くトレイを差し出してくる、猫型使い魔の『ミィ』。
ベッドの上で半身を起こした私は、この風変わりな二人組の顔を交互に見ながら、ミィに差し出された紅茶のカップをようやく手に取った。冷えた指先に、温められたカップの熱が思いのほか優しかった。
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