6 ◇ 後悔と足掻きの懺悔室
全12話+後談1話執筆済。基本毎日投稿予定です。
〈注意書き〉
過激ではありませんがR15相当の描写があります。暴力的要素等が苦手な方はご注意ください。
就職して1年が経ち、私は今年度も引き続き「聖女ユキア様の監視役」の仕事を任された。
今年度は昨年度とは違う。9ヶ月後にはユキア様がついに出所し、自由になる。
そして特級聖女として、これまで以上に日々その能力を魔法管理官の管理のもとで使用し、王国民たちの命を救っていくことになる。
場合によっては、他の聖女たちとの連携を取りつつ、王国全土の病院をはじめとする各施設に派遣される。私ももちろん、それらに同行していく。
王国唯一の、現役の特級聖女。
世間に存在が知られたときにはすでに逮捕され、懲役10年の刑となってしまっていたユキア様。
そんな彼女が、ようやく、ついに出所する。
王国民たちの前に姿を現すときが来る。
就職2年目から、だんだんと私の退屈過ぎる虚無の仕事内容が変わってきた。
新聞社の記者たちから、定期的に取材が入るようになった。
聖女ユキア様はどういった人物なのか、彼女の能力はどれほどのものなのか──私は特別な許可を得た記者たちのユキア様との面会に立ち会い、規則の範囲内で話せることを記者たちにお話しするようになった。
王立総合病院の専門家たちの来訪も増えた。
聖女の能力を最大限に生かし国民を一人でも多く救うために、ユキア様の出所後の主な勤務地は病院になる。
重傷者が修道院に運ばれた際の、彼女の治癒魔法。特級聖女の腕前がどれほどのものであるかを白衣を着た医者や看護師たちがぞろぞろと見に来るようになった。
それから、王立魔法研究所。
魔法や魔導具の開発の専門家たちが、病院の人たちと同じようにユキア様の治癒魔法を見学に来て、それから私にユキア様の出所後の研究協力依頼を打診しに来た。
……そして、王国魔導騎士団。
魔導騎士団の事務局の人が来て、これまでの負傷団員の治癒に対する感謝とともに「出所後もよろしくお願いします。今後はより双方の連携を強化して云々──」的な挨拶をして、私に名刺を渡してくれた。
「…………名刺だけでも圧巻。カードゲームができちゃいそう。」
私は【特級聖女ユキア様】の名のもとに、錚々たる王立機関の職員たちと、記者たちの名刺を集めた。
これが、今後私が関わっていく人たち。魔法管理官として。
…………やりがい、感じてただろうな。就職が決まったばかりの新人の頃の私ならきっと。
人の生死さえも変えてしまう、特級聖女の治癒魔法。
その再生能力、蘇生能力を独占するために、過去には戦争にまで至った例もある。
国家をも動かすその能力。誰もが解明したがり……そして未だに解明しきれない突然変異の異能。
王国民の救いにも争いの火種にもなる超能力を、私が魔法管理官として、公平公正の精神で正しく扱い管理する。
今みたいに、修道院の中で治癒魔法を眺めるだけじゃない。
私はユキア様の隣で、一緒にこの国のために奔走するんだ。
…………それなのに、張り切れない理由。
それはとっても単純な理由だった。
◇◇◇◇◇◇
仕事も2年目になって、半年が過ぎた。
「ミカさん。最近は仕事の様子はどうだい?
何か変わったことはあるかな。……聖女ユキア様のご様子は。」
就職してから、魔法管理局に定期的に報告をしに行くたびに聞かれる定型文。
私は毎回ずっと「特に問題はありません。ユキア様は変わらずに、模範囚として過ごしておられます。」と報告をしていた。
しかしその報告内容を、変えざるを得なくなってきた。
「『聖女の能力』については、何も問題ありません。
ただ……ここ最近は、ユキア様は気持ちが落ち込まれているご様子で……少し、心配な状況です。」
「そうか。……だろうな。」
朝の8時。
9時に修道院に行く前に、私は魔法管理局に寄って、局長に報告をしていた。
「……修道院という檻の中とは言え、さすがに察せているのだろうな。……この王都の空気感が。」
「そうですね。……先日も、記者の方が取材に来られました。」
局長が机の上に広げて読んでいた新聞記事を見て溜め息をつく。
私もその記事は朝イチで真っ先に読んだ。
…………憶測だらけの記事だった。
〈【特級聖女ユキア】の釈放日まで残り100日──!
罪深き駆け落ち聖女の素顔に迫る!〉
一面を飾る必要がある緊急性の高い大きな事件も起きていない、平和な今週の王国。
平和なせいで一面に躍り出てしまった、ユキア様の特集記事。
人々は、有名人の感動秘話が大好きだ。
有名人の醜聞が大好きだ。
懲役10年の特級聖女ユキア様。皆、まだ見ぬ聖女様の姿を見るのが、今から楽しみで仕方ないようだった。
まだ服役中だからユキア様の写真は非公開。だからその記事には、代わりにユキア様が収容されている修道院の外観がドンと大きく載っていた。
そしてその修道院の写真を囲むように、細かい文字でユキア様のことがあれやこれやと書かれていた。
……ちゃんと調べているようで、調べていないことを。
有ること無いこと……ではない。ギリギリ有ることだけを書いてある。でも、それと同じくらい、無いことの憶測がたくさん書かれていた。
とにかく印象的に。とにかく感情的に。とにかく国民の注意を引くように。
嘘は書いていない。けど、それはほぼ嘘のようなもの。……国民を煽って売り上げを伸ばすだけの文章力。嫌な記者の腕の見せ所だった。
〈──取材中、『彼』の名が出た途端、聖女ユキアはその瞳を潤ませた。
一体その涙は何を意味するのだろうか。
決死の駆け落ちの果てに二人を引き裂いた懲役10年。長い月日は、彼らの愛を育んだのか、それとも憎しみを募らせたのか。
聖女ユキアは、最後まで我々に語ることはなかった。〉
「……『名が出た途端』だなんて、よく言うよ。
散々私が止めても、ユキア様が泣くまで質問責めにしたくせに。」
私は思わず局長の机上の新聞を見て、そう吐き捨ててしまった。
良心的な記者の方もいるけど、つい先日来た記者は、本当に失礼な人だった。
ずけずけと「【ベイン】様のことはどう思われますか?」「彼との馴れ初めは?」「彼が国民人気を獲得していることについて、何かコメントは?」みたいなことを、ユキア様にぶつけまくってきた。
挙げ句の果てには「彼は女性人気も高いようですが……いかがですか?」「彼は団長であるラルダ第一王女の非公表の配偶者だ──という噂も一部では上がっていますが……いかがですか?」だなんて言ってきた。
……「いかがですか?」って、何よ。
何を引き出したいかは分かっている。
彼が絶対に書きたいのは、ユキア様とベイン様の愛憎劇だ。書けば国民にウケるから。
ユキア様が10年経ってもまだ彼を想って健気に泣いていたら、素直に感動的で美味しい。
一人で人生を謳歌している彼を恨んで怒り狂っていたら、それはそれで面白い。
でも一番は、彼のファンの女性たちに……もっと欲張るならラルダ様に、ユキア様が嫉妬していたら最高だ。
──「駆け落ち」をして罪まで犯した【特級聖女】が、【魔導騎士団の部隊長】を巡って「王国の象徴」と呼ばれ愛されている【第一王女様】を憎悪する。
こんな華々しい登場人物のドロドロな三角関係は他にないだろう。
これが本命であって欲しい。
そんな記者の思惑が読み取れた。
魔導騎士団の第1部隊長ベイン様と、団長のラルダ第一王女様。二人の名前も惜しむことなく出しまくって、記事の最後に
〈──という噂もあるが、果たして……?〉
なんて書いて、取ってつけたように「事実とは言っていませんよ。だから嘘ではありません。」という言い訳を添えていた。
でもその「噂」はまるで「真実」かのように堂々と書かれていて、注意深く読まないとうっかり「そうなんだ!」と信じてしまいそうになる仕上がりになっていた。
「あの……犯罪者である聖女ユキア様を国民に受け入れてもらうには、記者の方々の取材と新聞記事の影響力が必要なのは分かります。
ですが、こんな記事が出てしまうようでは、逆効果ではないでしょうか。
ユキア様の社会復帰の妨げになっていますし……何より、精神的に追い詰められてしまいます。」
私は思わず苦言を呈してしまった。
局長は私の言葉を聞いて
「うむ。……だが、報道機関を我々王立機関が抑圧し、統制する訳にはいかない。
彼らは彼らで、立派な『王国の監視役』なんだ。
彼らは特別面会の許可を得て、修道院の定める制限時間と規則を守り取材をしている。……そして悔しいが、嘘はついていないからな。我々が取り締まることはできない。」
と言って、苦々しそうな顔をした。
「この記事は我々のせいではない。完全に管轄外だ。
とは言え、こうしてラルダ第一王女様まで巻き込んだ記事を書かれてしまうと……私としても、堪えるな。」
王立魔法管理局の最高責任者である局長。
私たち王立機関の上にいるのは、王国で王家だ。
私はユキア様のことがとにかく心配だったけど、局長は局長で、いろいろと立場的に胃が痛いようだった。
ユキア様はこういった記事は一切読んでいない。
でも、取材が来れば、名刺を持った人たちが挨拶に来れば分かる。
自分の釈放日がもうすぐなんだって。
自分とベイン様が、王国民に注目されているって。
……王国民が期待しているような展開じゃない、バッドエンドが待ち構えているんだって。
その失礼な記者が来たときもそうだった。日に日にユキア様はどんどん辛そうになっていった。
そしてとうとう、ユキア様の涙腺を崩壊させる「最後の訪問」が来てしまった。
◇◇◇◇◇◇
「級長。来たよ。」
ユキア様の釈放日が1ヶ月後に迫ったある日。
16時過ぎの懺悔室で、私ミカにとっては5度目の声がした。
…………ベイン様だ。
私は無言のまま身構えた。
ここ最近のユキア様は、もう本当に思い詰めていたから。
私と雑談を弾ませることなんてなかった。ずっと暗い顔をして過ごしていたから。
私は、ユキア様にとってベイン様との会話がどれだけ辛いかを想像して……今から泣きたくなっていた。
「級長、元気?……あんま元気じゃないんじゃない?」
ベイン様が珍しく気遣うようにユキア様に声を掛けた。
彼の声を聞いて、ユキア様はすぐに普段の気高い猫のような妖艶な顔を崩して、あどけない少女の顔になって涙をはらはらと落とした。
それからユキア様は、彼女にしては珍しく幼い口調で「……うん。」と言った。
ベイン様はその返事に苦笑した。
「級長はさすがに取材された後にどんな記事書かれてるか知らないと思うけどさ。
アレだよ。『駆け落ちします。探さないでください。』っていう書き置きの手紙以上に恥ずいよ。級長、出所したら覚悟しといた方がいいよ。」
ベイン様の冗談にユキア様は笑うことなく、代わりに「グスッ」と子どもみたいに鼻を啜った。
「この前なんかさ。魔導騎士団の討伐遠征に行こうとしたら、隊列に向かって沿道からいきなり記者っぽい人に『ユキア様に一言!!!』って馬鹿でかくて異様に甲高い声で言われて。
そんで俺が思わず苦笑いしちゃったら、それも記事に書かれてた。
〈──不意打ちの彼女の名に反応を示した彼。彼は一体、その名に何を思うのか。我々は、彼の一瞬の憂いの表情をたしかに捉えた。〉っつって。
自分で言ってて恥ずくなってきたわ。そんな感じだよ。」
それにも反応を示さず、無言で泣いているユキア様。
ベイン様はユキア様のグスグス泣く音を聞き取って、いつもとは違ってユキア様の返事を待たずに一人で話を続けた。
「あと1ヶ月っしょ?
俺が懺悔室に来んのも最後だろうね。
……級長、よく頑張ったね。あともう少しだね。」
「………………。」
「ってか、泣く必要ないって。級長はもうすぐ自由になれるんだからさ。
今のうちに前向きにやりたいこととか考えとけば?」
「………………。」
「級長は王都に住むことになるんだろうけど。けっこういいところだよ。治安も良いし。フラフラ散策するだけでも楽しいんじゃね?数年は暇しないよ。
……っつっても、聖女様は一人で出歩いていいんかな?護衛とかついたりすんのかもね。」
「………………嫌。私、怖い。
一人で王都に残されたら、私……生きていけない。」
ユキア様は泣きながら懸命に口を開いてそう言った。
……ユキア様の最後の説得。最後の懇願だった。
──……一人は嫌だ。ベイン様がいない王都には居たくない。
ベイン様に「お願いだから自首しないで。私が出所したら一緒にいて。」って伝えたいんだろう。
私はユキア様の隣で黙って、虚しい推理の答え合わせをしていた。
でもベイン様は聞き入れなかった。
ユキア様の懇願を非情にも叩き落とした。
「級長、本当怖がりだよね。
大丈夫だって。一人じゃないじゃん。級長には王都にあの家族もいるじゃん。
級長の義姉様みたいな人、俺よく見かけるよ。……無視しちゃってるけど。級長の言ってた通り優しい人だね、あの人。10年もずっと級長のこと心配してて。
普通にその義姉様あたり頼れば?」
ベイン様が鈍感なだけなのかもしれない。
私にはベイン様の人となりは分からない。懺悔室の格子越しでしか話を聞いたことがないから。
……でも、直感的に、私は違うと思った。
ベイン様は鈍感なんじゃない。ユキア様の願いを分かっていて無視しようとしている。
……多分……絶対、こっちだと思う。
「……っ、何でそういうこと言うの?」
ユキア様が身体を震わせながらベイン様を責める。
ベイン様はユキア様の言葉を聞いて、格子越しにも分かるくらいの大きな溜め息をついた。
「級長はさ、欲張り過ぎなんだって。
初心に戻りなよ。全部『計画通り』行ってんじゃん。
これは級長と俺の望み通りの展開なわけ。いい加減、ごちゃごちゃ考えんのやめなって。悪い癖出てるよ。」
もうユキア様の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
──何とかして彼の気を変えたい。何とかして引き止めたい。
どうしようもない状況で足掻いているのが、痛いほど伝わってきた。
「──……ねえ。ベインは、……っ、私のこと……『不幸』にしたいの?」
ユキア様の振り絞るような必死の抵抗を察知したベイン様は、数秒の沈黙の後、こう返してきた。
「…………級長。俺、今日はさすがに喧嘩する気ないんだけど。
言い掛かりつけてくんの、やめてくんないかな。」
ユキア様が涙を流しながら、膝上に置いた両手で自分の服の裾をギュッと握る。
そんなユキア様の姿を見れないベイン様は、ユキア様の望みをこれでもかというくらいに打ち砕いてきた。
「あのさ。そこに魔法管理官の人もいんでしょ?
普通にもう全部知られてんじゃないの?級長が何を話してて何を話してないのかは知らないけどさ。今までは見逃してもらってただけっしょ?
……だからこれ以上、俺に変なこと言わない方がいいよ。
それで俺が級長の望み通りにしたら、級長《教唆犯》になって刑期延びるよ。」
「ベイン……っ!」
「何?それとも級長、もう一回繰り返したいわけ?
もう一度《駆け落ち》でもする気?
……さすがに無理っしょ。今はもうただのクラスメイト同士じゃないからね。級長は聖女様になっちゃってるから、いなくなったら王国中で捜索されるだろうし。今やったら速攻で捕まりそうな気がするよね。
あ、これ冗談ね。……って言っとけばギリ許される?」
「──ベイン!っ、何でそういうこと言うの!?もうやめてよ!!」
ユキア様が泣きながら声を荒げる。
一応、私は監視役。だから、服役中の聖女ユキア様がもし不適切なことを言った場合は、その内容を修道院と魔法管理局に報告する義務がある。
守秘義務があるから、私は懺悔室での会話は絶対に外に漏らさない──……とは言え、さすがに本物の犯罪についてユキア様とベイン様が話し始めたら……見逃すことはできない。
……というか、もう本当はこれも見逃すべきじゃないのかもしれないけど。
私の中にある不揃いな未完成のパズルのピース。でもほとんど、ベイン様とユキア様の言っている内容は分かる。
私は「決定的な証拠がない」のをいいことに、実質見逃しているようなものだった。
格子の向こうの《聖女隠避罪》を隠している犯罪者と、それを継続するよう教唆している聖女本人のことを。
私は別に警察じゃない。捜査官じゃない。
だから、積極的に罪を暴く必要はない。……でも、明らかな法律違反を見逃すことはさすがにできない。
今、自分が目の前の会話だけを公平公正に聞いて判断できているのか、私には自信が無かった。
ユキア様の声が響いて、懺悔室は沈黙に包まれた。
それからしばらくして、また格子の向こうでベイン様が溜め息をついた。
今度は怒りでも苛つきでもなく……優しく。
まるで、彼女の支離滅裂な要求に呆れる彼氏のように。
「今日は喧嘩する気ないからもう止めとくけど。
…………級長。今のこの状況もさ、割と平和だと思わね?
全然『不幸』じゃないって。俺ら、けっこう贅沢な悩み持てるようになったよね。」
「………………。」
「俺さ、最近よく思い出してんだよね。あの日のこと。
……俺らが旧校舎で偶然会った日のこと。
あんとき学校に級長が残ってなかったら、俺、普通に死んでただろうし。級長も相当やばかったんじゃね?
そう考えると俺ら今、だいぶ贅沢な人生送ってるっしょ。
これからもそうだって。あの頃に比べたら、充分『幸せ』だって。
──あのときの俺らの判断は、絶対に間違ってなかった。
俺は後悔してないし、級長も後悔してないっしょ?
だから級長は泣くのやめなよ。」
◇◇◇◇◇◇
格子越しで、顔は見えない。もちろん手も触れられない。
でも、他人の私でも分かるくらい、格子の向こう側からユキア様を温かく見守る気配がした。
ユキア様が無言でボタボタと涙を溢している間、私はリサ様の話を思い出していた。
──「だいぶ贅沢な人生送ってる」「あの頃に比べたら、充分『幸せ』」。
実の父親に暴力を振るわれて、挙げ句の果てに資産家の老人のもとに売られそうになっていたユキア様。
ベイン様はそのときのことを言っているんだろう。
……まだパズルのピースは揃っていないから推理は中途半端だけど。
ベイン様は当然ユキア様の置かれていた状況を知っていて、そこから逃げ出すために《駆け落ち》をした。
そのときに《聖女保護法》を二人で犯さなければならなかった理由が……何か、きっとあったんだ。
それで、ベイン様はユキア様にこう説得している。
〈あの頃の『不幸』に比べたら、自分たちが一緒にいられないことは些事でしかない。悲観することじゃない。だからいい加減、自分のことは諦めてくれ。〉
……って。
………………。
変なことを思ってしまっている自覚はある。
でも、ユキア様には申し訳ないけど、ベイン様の考えは「傍観者」の私にとってはありがたかった。
これでもし、ベイン様がユキア様の望む通りに自分の罪を隠し続けて、出所したユキア様と一緒に堂々と王都で笑って暮らしていたら。
私はそれをどんな気持ちで見ればいいんだろう。
二人とも決定的なことは言っていない。でも私は確信を持ってしまっている。
「ベイン様は《聖女保護法》違反を隠している犯罪者です!」って、いつでも事実を指摘できる。
それをせずに一生ベイン様の罪を見て見ぬ振りしながら過ごさなきゃいけないとなったら……きっと、私は私で、罪の意識に苛まれてしまうだろう。まるで自分まで共犯者になったような気持ちになってしまうはず。
今こうして私が「見て見ぬ振り」をできているのは、ベイン様にちゃんと自首する意思があるって分かっているから。
だからユキア様のためにも、私は自分の「良心」に従って騒がず静かにしているだけ。
ギリギリ「規律」を守って、二人を見ているだけだから。
……でもさすがに、それを一生続けることはできない。
そうなったら、私の中で「良心」と「罪悪感」が逆転してしまう。
私の手元には、ベイン様側の情報は何もない。リサ様もベイン様のことは何も分からないって言っていたから。
だから、私がベイン様のことを理解できているとは思わないけど──
──……でも、ベイン様もきっと私側なんだろうな。
私がそう思ったところで、ユキア様が泣きながらベイン様に震える声で問い掛けた。
「…………ねえ。
私、ベインに会える?それまで待っててくれる?
……一度でもいいから。私、ベインに会って話したい。」
まだ何とか説得をしたいのか。……それとも、これからの30年の別れの挨拶をしたいのか。
……それとも、……もう、……ただとにかく、一日でも、一秒でも……一瞬でもいいから、バッドエンドまでの時間を引き伸ばしたいのか。
ユキア様の問いに、ベイン様は苦笑しながらこう答えた。
「んー……俺としては、あんまり会って話したくはないんだけど。
余計に名残惜しくなったら、しんどくなるだけだからね。
……考えとくよ。」
私が初めて立ち会った、二人の懺悔室での会話。
あのときベイン様は、魔導騎士団の仲間を「惜しくはないな」と言い切っていた。
──……ユキア様のことは、名残惜しい。
その違いに気付いてしまった私は、もう充分……しんどすぎた。
ユキア様にも届いたと思う。……その、想いの違いが。
ユキア様はついに嗚咽を漏らした。
ちょうどそこで、私の腕時計が10分の制限時間が来てしまったことを知らせてくれた。私が声を掛けたくなくて口を開くのを躊躇っていたとき、
「……ああ。時間になっちゃったね。
最後に何て言っとけばいいか、考えてきたはずだったんだけどな。
……ごめん、級長。話してるうちに忘れちゃった。」
という声とともに、格子の向こうのベイン様が立ち上がる気配がした。
ユキア様がほとんど息のような掠れ声で「……待って、」と言った気がした。
「…………やっぱ思い出せないや。
じゃあね、級長。……本当にありがとね。あのとき級長がいて良かった。」
何かが違う。けど、それしか見当たらない。
そんな言葉を最後に掛けて、ベイン様は向こう側の扉を開けて、また閉めて去っていった。
「──……っ、級長じゃない……、級長じゃない……っ、……『級長』じゃない……っ!!」
ユキア様はとうとう椅子に座ったまま蹲るようにして顔を隠して──……何度も何度も、そう繰り返して泣き崩れた。
──翌日。
ずっと模範囚だったユキア様は、私が担当者になって初めて、体調不良を理由に定められた日課を放棄した。