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4 ◇ 再婚親子の決死の脱出

全12話+後談1話執筆済。基本毎日投稿予定です。


〈注意書き〉

過激ではありませんがR15相当の描写があります。暴力的要素等が苦手な方はご注意ください。

 隊列が通った大通りからもう一本隣の通りに出て、そこから少し路地裏に入ったところにある、看板の分かりにくいカフェ。

 私とリサ様はそこでお茶を頼んで、奥まったところにあるテーブルに座った。


 自分から規律違反になる発言をするつもりはない。

 けど、ユキア様への手紙の内容。そしてユキア様が話してくれた、懺悔室でのリサ様のエピソード。……それらから察するに、リサ様は感情的になっていろいろと口にしてしまう可能性がある。

 そう思って、私は一応、軽く自分たちのテーブルの周りに防音魔法を掛けた。


 リサ様は私が魔法を掛けたのを見て「ありがとうございます。」とだけお礼を言って、早速話に入っていった。


「変に社交辞令を言い合っていてもお時間をとってしまうだけだと思うので、不躾ですがいきなり本題に入らせていただきます。


 私が先ほどベイン様に聞いていただこうとしていた話ですが──


 ──……ミカ様は『聖女ユキアの解放運動』をご存知ですか?


 それに、ベイン様にも協力してほしいんです。彼の影響力を私たちに貸してほしいんです。


 あの御方は、絶対に知っているはずだから。……ユキアが10年も罪を償わなければいけない道理なんてないってことを。

 間違っているのは、この国の法律の方。

 ユキアは1年でも……1日でも早く、解放されて自由になるべきなんです。」



◇◇◇◇◇◇



「少し長くなってしまいますが、聞いてくださいますか?

 ユキアが、どういう子なのかを。義姉の私が見てきた、あの子の置かれていた環境を。」



 リサ様は一口しか減っていない紅茶をじっと見つめていた。

 私はただ黙って、リサ様の長い……ただの思い出話とは言い難い、辛い後悔の話を聞くことになった。



「ご存知かと思いますが、私はユキアと血の繋がりはありません。

 ユキアはエンシーラ子爵の前妻の娘。

 私と兄は、子爵の後妻となった母が、亡き実父との間に設けた子です。


 15年ほど前でしょうか。私の母は父を事故で亡くして以来、絶望の淵にいました。私と兄が見張っていないと、命を落としてしまうのではないかと思うほどに。……それほどに、やつれてしまっていたんです。

 ですがそんなときに、絶望の淵にいた母と知り合い、母に寄り添い優しくしてくれたのが、エンシーラ子爵でした。」


「母は一気に恋に落ちました。

 ……弱っていたところにつけ込まれた、と言った方が正しいですね。

 母は、父を失った悲しみから立ち上がり、新たな人生を送ることを決意しました。

 エンシーラ子爵との再婚を決意したんです。


 私と兄も、そんな母の決断を後押ししました。

 何度か会った子爵は温厚そうで、私たち子どもにも優しかったから。……何より、彼と出会ってから、母が目に見えて明るく、元気になっていっていたから。」


「ユキアと私たちが初めて会ったのは、結婚前の顔合わせのときでした。

 母は再婚する意志をすでに固めていて、子爵も穏やかな笑顔で喜んでいました。

 ……でも、その場でユキアだけが、反対してきたんです。母と兄と私に、こう言ってきたんです。


『私はこの結婚に反対です。私は新しい家族を受け入れられない。』って。」


「ユキアは、今はどうなっているのか分かりませんが……当時、初対面のときには、とても真面目そうな印象を受けました。

 ちょうど貴女のような。黒縁の眼鏡に、きっちりとした三つ編み。


 見た目の印象で決めつけてはいけないと今なら分かるけれど……当時の私たち家族は、失礼ながら……彼女を見てこう思ってしまったんです。


『ああ、彼女は真面目で、頭が固い子なんだ。

 再婚というイレギュラーが受け入れられない、気持ちの整理がついていない状態なんだ。それをそのまま口にしてしまうくらい、空気も読めない子なんだ。』


 …………って。


 ユキアは最後まで反対し続けていましたが、最後に子爵がユキアを置いて私たちを正門に見送りについてきてくれたとき、こっそりとこう言ってきたんです。


『あの子は、突然のことで戸惑っているんだ。すまなかった。……でも、あの子も君たち家族のことをきっとすぐ好きになってくれるはずだ。……君たちは、本当に素晴らしい親子だから。』


 私たちはその言葉にすっかり安心して、母は再婚しました。

 ユキアとは時間をかけて打ち解けていけばいい。……そう思って、彼女の意思を後回しにしました。」


 そこまで言って、リサ様は一息ついた。

 ……安堵ではなく、緊張と怯えを何とか逃そうとするように。胸から上だけで、浅く鼻から息を吐いた。


「……間違っていたのは、愚かなのは私たちの方でした。

 彼女の言葉の意味を、もっと深く探るべきだった。


 いえ、深く探るまでもなかった。

 すぐに考えれば分かったことなのに。


 彼女の母親──子爵の前妻は、娘であるユキアを置いて出て行った。


 そのことが、何を意味するのか。


 要するに、その子爵家は『実の娘を見捨ててでも逃げ出したくなるような場所』だった。


 ──そういうことだったんです。」



◇◇◇◇◇◇



「ユキアは、私たちに必死に警鐘を鳴らしてくれていたんです。

『逃げて!気付いて!ここは危険なの!この家は駄目!』って。


 私たちがその事実に気付いたのは、母が再婚してすぐだった。


 子爵は……()()()は、『(しつけ)』と言って、私たちの目の前で──……ユキアをいきなり思いっきり殴り倒したの。


 ……『母を見る目が不満そうで気に食わなかった』っていう、訳のわからない理由で。」


 そこまで言って、リサ様は目から涙を零した。


「私たちが驚いて絶句している間に、子爵は苛つきながら自室に入って行った。

 ……それで、私たちが遅れてユキアのもとに駆け寄ろうとしたら、ユキアは子爵に聞かれないように声を顰めながら、こう言ってきたの。


『──来ないでください。私に関わろうとすると、あなたたちまで()()なってしまうかもしれない。

 私が捌け口になっている間に、あなたたちは上手く逃げる手立てを考えるなり、何か対策するなりしてください。どうか、慎重に立ち回ってください。

 私なら大丈夫です。怪我はすぐに回復魔法で治せますから。』


 ……それから、こうも言ってきたわ。


『……ごめんなさい。本当のことを、顔合わせの場で言えばよかった。

 私が弱かったんです。あの場でもし本当のことを言ったら……お父様に、後でどんなことをされるか……それを想像したら怖くって、言えませんでした。あれが、精一杯でした。

 あなたたちではなく、自分の身を優先してしまいました。……本当にごめんなさい。』って。


 …………あの子、そう言ったのよ。忘れられないわ。あの日のことは。」


 ………………。


「母も、兄も私も、みんな遅れて目が覚めた。

 どうにかして逃げ出そうといろいろ考えたわ。……でも、考えたけど……再婚してしまった後だったし、私たちには後ろ盾も、逃げる先もなかったから──……いいえ。こんなのただの言い訳です。


 ……まだ情も湧いていない、血の繋がっていないユキアが犠牲になっていただけだったから。

 ()()()は、私たち家族()()優しかったから……だから、私たちは問題を先延ばしにしたの。


 ユキア本人が受け入れてくれているのをいいことに、ユキアが殴られているのを見て見ぬフリして、あの男の顔色を窺いながら慎重に過ごして──……裏で母と兄と私で、お互いに励まし合っていたの。


『お兄様が学校を卒業して、成人貴族になって人脈を築くまでの辛抱だ。私が他家に嫁ぐまでの辛抱だ。そうなったら、三人で協力してあの男を追い出して、ユキアも救ってあげよう。』って。


 ……馬鹿みたいよね。何年先の話になるのかしら。

 ユキアはずっと、殴られ続けているのに。一刻も早く対処しないと、ただ酷くなっていくだけなのに。


 でも、私たちはそれで何とかなると思っていたの。……何とかできると思っていたの。」



 リサ様は一息ついて涙をハンカチで拭いて、紅茶を一口飲んだ。

 自分の気持ちを懸命に落ち着かせようとして。



◇◇◇◇◇◇



 私は自分の目の前に置かれた紅茶を飲むタイミングが分からなくて、ただ膝に両手を置いて黙って聞き続けていた。

 そんな私に気が付いたのか、リサ様は「……申し訳ありません。どうぞお気遣いなく。お飲みになってください。」と、私にそっと促してくださった。


 私は「ありがとうございます。」と小声で言って、勧められるがままに紅茶を飲んで、またカップを置いて同じ姿勢に戻った。

 そしてそれを見たリサ様は、また、後悔の話の続きを語りだした。


「あの子がした《駆け落ち》。

 普通だったら、皆こう考えるでしょう。


 ──ああ。その【ユキア】って子は、化け物みたいな父親から逃げるために《駆け落ち》なんて手段を取ったのね。可哀想に。大変だったわね。


 ……貴女も、そう思ったかもしれません。


 でも、違うんです。

 あの子は、そんな子じゃなかった。


 まだ思い入れも少ないからって、ユキアを見て見ぬフリしてしまっていた私たち三人と違って、ユキアは最初から私たちを必死に守ってくれていたの。

 ……私たちを見捨てて一人で先に逃げようだなんて、する子じゃなかったんです。」


「最初の1年は誤魔化せた。……でもあの男は、1年もしたらすっかり新しい家族にも慣れてしまって……私たちにも本性を現してきたの。


 ()()、殴られはしなかった。

 ……でも、特に女性の母と私には、頻繁に『お前も殴られたいのか』『ユキアのようにされたいのか』って、脅しをかけるようになってきた。

 兄には『馬鹿な女には引っかかるな。ガキにまで苦労させられることになるぞ。』って、意味不明なことを言い聞かせていたんです。……多分、ユキアの母親のことを指していたんだと思います。

 そんな理屈、理解する気にもなれないけれど。」



 それからリサ様は、微かに指先を震わせて……そして覚悟を決めるようにして、当時に起きた出来事を話した。



「私は、()()()()あの男に暴力を振るわれました。


 あの日……ユキアがいつも以上に酷く殴られているのを、たまたま通りがかった廊下で見てしまったの。


 それで、あのときはユキアが本当に死んでしまうのではないかと思うくらいに酷かったから、私、思わず駆け寄って『もうそれ以上は──!』って、口を出そうとしてしまったの。



 ──そうしたら、()()()()()()()んです。あの男に。


 それで、私は階段から落ちて頭を打って、気絶してしまったんです。



 次に目が覚めたのは、階段下から少し離れた長椅子の上だった。

 私が目を覚ましたら、ユキアが『よかった……!お義姉(ねえ)様……!』って言いながら泣いて縋ってきたの。


 それが、最初で最後。

 ユキアに『もうあんなことは絶対にしないでください!』って泣きながら訴えられて……私も、本当に怖くて怖くて、仕方がなかったから……だから、もうあれ以来、表立ってユキアを庇うことができなくなってしまった。


 ……私はユキアと違って、弱かったんです。」


 

 自身のトラウマを話してくださったリサ様。

 私は何か言ってリサ様を一旦休ませなきゃいけないような気がしたけど、リサ様は自分を奮い立たせるようにしてそのまま続けた。



「そんな優しいあの子が……最終的に耐えられなくなって《駆け落ち》をしてしまった理由、私には思い当たることがあるんです。

 ……いえ。これが理由だとしか思えないものがあるんです。」


「…………それは、何ですか?」


 私はリサ様を休ませようとして開いた口で、何故か続きを促す言葉を掛けてしまっていた。


 するとリサ様は、少し顔を上げて私と目を合わせてから、顔を歪めて本当に苦しそうな顔をした。


 ……まるで懺悔室の格子の向こうの聖女様に見つめられた罪人かのように。


 そして、何の犯罪にもならない、ただの自分の後悔を自白した。


「私には当時、ずっと両思いだった幼馴染の人がいたんです。母が再婚する前から。

 ……私は、その彼と『学校を卒業したら結婚しよう』と()()()をしていたんです。


 でも、ある日、()()()が突然話を持ち掛けてきたんです。

 嫌な笑顔で『ちょうどいい縁談がある』って。


 ──……地元の有名な資産家の……悪い噂しかない老人との縁談を。


 私は……っ、それをユキアに、肩代わりさせてしまったんです。」



◇◇◇◇◇◇



「え…………、」


 私の頭は一瞬理解が追いつかなかった。

 どう言う意味なのか、分からなかったから。一瞬、誰と誰の縁談なのかが、パッと頭に入ってこなかった。


 でも、数秒リサ様の言葉を咀嚼して……そして、ようやく理解できた。


 ──実の娘に暴力を振るうような人間が、まだ学生である義理の娘に「悪評がある資産家の老人」との縁談をわざわざ持ってきた。


 ということが。



 それが何を意味するのか。……私は理解できなかった。


 …………理解したくなかった、と言った方が正しいのかもしれない。

 でも、多分、どちらにしろ理解できていないと思う。


 何故なら、私の今までの人生で見てきた世界だけでは──私が勉強して頭に入れてきた知識だけでは──きっと、想像しきれていないから。



 リサ様は女性としての怯えと屈辱からか、テーブルの上で組んでいる両手をわなわなとさせながら続けた。



「…………怖かった。何を言われたか理解できなかった。

 だって、私は幼馴染の彼と結婚するって、その将来を疑ったことなんてなかったから。

 ……だから、意味が分からなかったんです。


 あれは、いつもの葬式のような空気の晩餐の場での出来事でした。


 あの男が気持ち悪い笑顔でそう言ったとき、私も、母も兄も、咄嗟には理解できずに固まってしまった。


 でも、あの男とずっと過ごしてきたユキアは、頭の回転が速かった。()()()()()()()が早過ぎたんです。


 そしてあの子は、私たちが理解するよりも先に、こう言ったの。普段の晩餐の場では一言も喋らないのに。

 ユキアはあの日、食い入るようにしてこう言ったんです。


『お義姉様ではなく、私が行きます。

 お義姉様にはすでに恋仲の方がいらっしゃるそうですから、私の方が良いのではないでしょうか。』


 ……って。そう言ったの。」



「私たちはユキアの言葉でハッとした。そこでようやく理解したんです。

 あの男が言ってきたことを。私がユキアに庇われたことを。


 …………ミカさん。そうしたらあの男、一体何て言ったと思います?


 っ、……ユキアの顔と全身をじっとりと審査するように見て、っ……こう言ったのよ!?


 ──『この売女(ばいた)が』……って!!


 ……っ『売女』って何よ!!()()()としてきたのはあの男なのよ!!?

 何でそんなことを娘に向かって言えるのよ!!!」




 ──防音魔法を掛けておいて良かった。



 私の頭は、そんな変な感想を抱いた。


 ……それくらい、リサ様の話の内容を私の頭が拒絶している証拠だった。



 王都の路地裏の穴場カフェ。

 紅茶とコーヒーの香りが心地よく店内に広がっていて、隠れ家を開拓できる一段階上の洒落たセンスの人たちが、休日の午後のひとときを穏やかに過ごしている。


 そんな中で聞いていいような話ではなかった。



「それで結局、その資産家老人との縁談はユキアが相手になるということで決まったの。

 1年半後、ユキアが学校を卒業すると同時に『結婚』するって。……そう書かれた契約書とともに、婚約も翌日には成立してしまったの。


 私は地獄を免れた。でも、そこでようやく、私たちは本気で焦ったんです。現実を見たんです。


『お兄様が人脈を築くまで』だなんて悠長なことを言っている場合じゃない。『私が彼のもとに嫁ぐ』なんて、そんなの無事にできるか分からない。

『すべてが整ったらユキアも救ってあげよう』──だなんて、そんなの、もうすでに手遅れになり始めている──って!


 だから私たち三人は焦って手を打とうとしました。


 兄は子爵家を継ぐのを放棄して、母を連れて家を出て生計を立てる手立てを考え始めた。

 私は恋人の幼馴染の彼に『私と学生のうちに結婚してくれないか。義妹のユキアのことも、何とか保護してくれないか。』って、そう相談したんです。」


「…………滅茶苦茶でしょう?

 当然、そんなすぐに何とかなんてなりませんでした。


 あの男は、人間の皮を被った化け物とはいえ()()なんです。何の後ろ盾もない私たち三人がユキアを連れてちょっと逃げたくらいでは、すぐに足がついて連れ戻されてしまう。

 そして……ユキアの婚約相手の資産家老人は、当時、その地域で一番の金持ちでした。……パルクローム領の領主よりもです。

 私の幼馴染の彼は男爵家の次男でした。当然彼は私の話に心を痛めて、私たちを助けようと一緒になって考えてくれていましたが……彼と彼の実家だけでは、私たちを匿いきることなんてできません。それどころか、彼の実家までもが魔の手にかかってしまう。


 私たちは必死に考えて──そして、何とか実現可能な道を一つ、見つけました。


 ──『王都に逃げよう』と。」



◇◇◇◇◇◇



「幼馴染の私の彼は、もともと夢を持っていたんです。

『いつか地元を出て、王都で仕事がしたい。』って。王宮のお膝元で、王国のすべてが集う華々しい都で、実家の男爵家の力を頼らずに、自分で一花咲かせたいって。

 私はそんな夢を追う彼の力強い姿が好きでした。


 ……そして、その発想に一筋の光を見出したんです。


 ──私の兄も、母を連れて王都まで行けば子爵家から逃れられると、そう思いました。


 パルクローム領の役場では、手続きを終える前に地元貴族のあの男がすぐに来てしまう。地元の施設では頼りない。役に立たない。……でも、王都まで行けば。そこで然るべき機関に掛け合えば、母も離縁の手続きができて、兄も子爵家を継ぐ権利を放棄する手続きができるはず。

 何より、王都で生計を立ててしまえば、地方の子爵はそう易々とは連れ戻しに来れなくなるでしょう。

 兄は早速、子爵にバレないよう隠れて、今ある人脈を頼って王都に仕事がないか探したり、次年度の就職試験に向けた勉強を始めました。


 そして私も、幼馴染の彼との結婚と同時にすぐに王都に来てしまえばいい。そう思って、彼に夢の実現の前倒しを決意してもらいました。


 …………それが、兄が20歳のとき。

 そして……私が高等部最終学年の、18歳のときでした。」



 興奮の波をだんだんと落ち着かせながら、懺悔を語るリサ様。

 リサ様は自分たちを責めるように肩を落として、俯いた。



「…………ここまで聞いて、貴女は思ったでしょう?


 ──『()()()()どう救うの?』って。


 ユキアは私の一つ下。……当時、高等部2学年でした。


 私たちの計画は『兄が母とユキアの二人を連れて王都に出る』でした。

 私は夜更けに隙を見計らって、自分たちの計画をユキアに話しました。


〈──あと半年。来年度まで耐えてほしい。

 半年後に兄が王都に就職活動をしに行くときに、母と貴女も一緒に逃げましょう。

 そうすれば貴女は、学校を中退することにはなってしまうけど、資産家老人との結婚は避けられる。〉


 ユキアは静かに私たちの計画を聞いて、それからしばらく考えて……私たちに()()()を提示してきました。


『……その案は危険です。

 私のことは、この家に残しておいた方がいいと思います。

 まずは半年後、お義兄(にい)様はお義母(かあ)様だけを連れて家を出てください。

 そしてお義姉(ねえ)様は、なるべく早く──できれば在学中に結婚して戸籍を新たに作ってください。それから夫婦で王都に行くのが良いと思います。

 私はその1年後に家を出ます。そのときに王都で私を保護してください。

 その方が確実です。』


 って。

 私が『何故なの?貴女も来た方がいい。絶対に私たちと一緒に逃げるべきよ!』って言ったら、ユキアはこう言ってきました。


『もしいきなり四人で消えたら、当然父は怒り狂うでしょう。

 そうしたら、父ならばきっとなりふり構わずに私たちを連れ戻そうとします。

 お義兄様やお義姉様の彼氏様の就職先を調べて連絡をして、内定を取り消そうとするかもしれない。彼氏様のご実家を相手に金を取ろうと、理由をつけて訴えてくるかもしれません。

 ……そのくらいのことは平気でします。()()()()()()()()何でもやります。


 だからこそ〈怒りの捌け口〉と〈確実に金になる存在〉は残っていた方がいいんです。

 私さえ残っていれば、父はこう考えるはずです。


 ──お義母様たちは逃がしてしまった。腹立たしい。……だが、まあいいだろう。ユキアが1年後に資産家老人のもとに嫁げば、金がたんまり手に入るのだから。


 ──まだユキアが手元にいるから、何とでもなる。


 実際、私の母は私を残したことで逃げ切れました。前例もあるんです。絶対に、その方が確実にお義姉様たち三人が逃げ切れます。』」


 リサ様はそこまで言って、少し口を噤んで……再び話を続けた。


「『大丈夫です。私が追加で1年耐えればいいだけの話ですから。そんなに悪い話ではないんです。


 ──お義兄様が王都で1年間働いて周囲から信頼を得ることができていれば、もし父がお義兄様の職場に何か言ってきても、職場の皆様が守ってくれるはずです。


 1年使って王都での生計をしっかりと立ててください。同僚や上司の方を味方につけてください。

 王都での地盤を固めてから、父とは戦うべきです。』


 ユキアはそう言ってきた。

 私はユキアを連れていける()()()を必死に考えようとしました。


『でも、それは危ないわ!

 私たち三人が逃げたと分かって激昂した()()()に、残ったユキアが何をされるか──っ、殺されてしまうかもしれない!

 だから、やっぱり皆で逃げましょう!その方がいいわ!』


 私はそう説得しようとしました。

 でも、ユキアは私を完全に()()してきたんです。


『私まで逃げたら、先ほど言ったように彼氏様の男爵家にまで迷惑がかかります。

 未来の金になる私は残っていた方がいいんです。


 ……安心してください。

 私は殺されません。それに、()()にもされないはずです。

 そうなってしまったら、私はあの資産家のもとに売れなくなってしまうから。』」



 ()()にならない──って……「貞操は失わずに済む」……ってこと、ですよね。



 私は口には出せずに、気持ち悪い確認をした。



「『だから、恐らくただ少しいつもよりも多く痛めつけられるだけで済むはずです。

 安心してください。私、派手に殴られているフリをするの、得意なんです。殴られながらこっそり回復魔法を掛けることもできます。


 ……それに、もし万が一耐えられなくなってきたら、家に帰らなければいいんです。


 私は殺されない。それは確実なので。

 ちょっと家に帰らない日を作って、学校を卒業するまでの1年間、父の怒りを流しきればいい。


 そうしたら1年後、皆で父と戦いましょう。

 私だって、老人と結婚する気なんてありません。絶対に婚約を破棄してみせます。いざとなったら必ず逃げます。大丈夫です、お義姉様。』


 ユキアはそう言った。


 ……悔しかったけど、説得力があった。

 それが一番実現可能な、現実的な案に思えてしまったんです。

 けれど、私はやっぱり心配だったから、こう粘りました。


『でもユキア……貴女は家に帰らなければいいなんて言っているけど、そんなこと可能なの?貴女には頼れる人が誰かいるの?』って。


 そうしたらユキアは即答しました。


『います。私も自分の恋人のもとに行くので大丈夫です。』……って。」



「『恋人』……。」


 私は思わず呟いてしまった。

 呟きながら、ついさっき目にしたベイン様の姿を思い出した。


 リサ様はほんの少しだけ、頷くような素振りをした。



「……あの子に恋仲だった相手がいたなんて、聞いたことがありませんでした。私たちはろくに会話もできていなかったから。

 私が戸惑いながら『それは本当なの?』と聞いたら、ユキアは少し笑って言っていました。


『お義姉様。お義姉様にも素敵な彼氏様がいらっしゃるでしょう?

 私だって同じです。私も、そういう年頃ですから。』


 …………正直、私は嘘だと思いました。

 家にいるときのひたすら真面目だったあの子には、そんな浮いた話があるように見えなかった。

 何より、あんなにも家で殴られて傷付いていて……恋なんてしている心の余裕があったようにはとても思えなかった。


 けれど同時に、こうも思ってしまったんです。


 ──健全な恋じゃないかもしれない。ただの依存先かもしれない。……でも、そんなユキアを支えてくれている、理解のある恋人が本当にいるのかもしれない。ユキアには逃げる先があるのかもしれない。


 ──その彼がいるから、この子はこんなにも強くいられるのかもしれない。


 ──……それならば、この案でも行けるだろう。あと1年は、ユキアのことはその恋人に任せよう。


 私はそんな風に都合のいい、酷い解釈をしました。


 そして私たち三人はユキアの案に納得して、ユキアの言う通りに半年後、計画を実行しました。

 当然ユキア宛の手紙なんてあの男がいる子爵家には送れなかったから、ただユキアの無事を祈りながらそれから1年間は王都で過ごしました。

 そうしていざ1年後に、ようやくユキアを助け出せると思ったら……


 …………私の彼の実家の男爵家経由で、ユキアからの手紙が届いたんです。


〈恋人の彼と《駆け落ち》します。探さないでください。

 私は大丈夫です。彼と幸せになります。安心してください。〉


 という内容のものが。」


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