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駆け落ち聖女の懲役40年  作者: 湯瀬
ベイン編
15/16

2 ◇回想◇ 愛なんてないと言ってくれ(後編)

ベイン編、全3話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。

R15(15歳以上推奨)です。

 だから、その「男女間の友情」が崩壊しそうになったとき──級長が()()しだしたとき、俺は本気で面倒くさくなる予感がした。


 あれは逃避行9ヶ月目のときだった。


 普通にいつも通り逃避行してて、でも別にやることなくて──すっかり冬でもう寒くなってたけど、その日だけは何かめっちゃ晴れてて日差しが暖かかったから、そのまま昼寝したくなって俺が欠伸してたとき。


 隣に座ってた級長が、なんか荷物漁ってたのをやめて、荷物から手を離して俺と同じような姿勢に座り直して……それで、級長が置いた手が俺の指先に重なって、


 級長が、そのまま手をずらさなかったときだった。



 今までだったらうっかり手が当たったときは、後から手を置いた側が謝ってどけたり、無言でサッと引いたりしてた。


 でも、級長がそれをしなかった。


 俺は辛うじて顔は動かさずに、でも思わず横目で級長を見た。

 そのとき級長は、何でもないような顔をして、俺を見ずに前を向いてた。


 ただ、どことなく緊張してそうな、硬い表情はしてた。



 …………あー。級長もやっぱ「女」なんだ。


 ずっと余裕なくて、父親に怯えすぎてうっかりしてただけで。

 普通に、余裕が出てきたら俺のことは「男」だとは思えるってことね。



 俺はまずそう思って、次にこう思った。



 …………級長、()()はやめといた方がいいんじゃね?後で面倒くさくなるから。



 って。


 いや、俺はずっと初日から()()してたけど。

 だから手を出そうと思えばいつでも出せたし、俺からしたら今さらっちゃ今さらだけど。


 でも、何か上手く言えないけど、何か面倒くさくなる予感がした。


 級長が面倒くさい性格をしてたから……じゃなくて、


 俺が今は別に気乗りしない……とかでもなくて、


 ただ何か──……何か、()()()()()()()()()()()予感がした。



 でも俺は手を引くタイミングを逃した。


 ってか、後から手を置いてきたのが級長だったし。

 それで俺の方が手を引いたら、俺が嫌がってるみたいになるし。


 ここで俺が級長の手を払い除けたら、俺が「何してんの?」って目で級長を責めたら……今、一生懸命平気そうな顔をしてる級長を、ひどく傷付ける気がした。


 それで、もう「次」がなくなる気がした。


 級長、性格暗いから。


 級長は「ベインに嫌われた」っつって勝手に悩んで、「あんなことしなきゃよかった」「彼を困らせた」とかぐだぐだどうせ延々と考えて──……そんで、()()()()()()気がした。


 このままだと何かが取り返しがつかなくなる気がしたけど、ここで引いたら何かが終わる。


 俺はどっちにしろ面倒くさくなる予感しかしなかったけど……級長がなんか頑張ってたから、そのまま普通に手をどけないままでいた。



 そうしたら級長が、しばらく無言でいた後に一生懸命なんでもないような顔をして、でもいつもより少し弾んだ声で


「今日は気持ちいいわね。冬のいい匂いがする。」


 っつったから、俺はそれでいいと思うことにした。



◇◇◇◇◇◇



 全部を事細かに覚えてるわけじゃないけど、だいたいの段階がどっちからだったかは覚えてる。


 手を重ねて意識させてきたのは級長から。


 最初にキスをしたのは、俺から。


 宿屋で「ベインも一緒にこっちで寝たら?」っつってきたのは級長で…………あとは、まあ、俺からってことになんのかな。


 一度級長の方も自覚してからは、早かった。

 恋人(まが)いのことをするようになるまで、1ヶ月もなかったんじゃないかと思う。



 ………………。


 級長が誘ってきたから。級長に期待されたから。

 引き時が分かんなかったから。俺が耐えられなくなったから。

 お互いに欲の捌け口としてちょうど良かったから。


 …………どれも全部、しっくりこない。


 でも実際、級長が誘ってきたし、期待には応えた方がいいと思った。

 引いたら何かが終わると思ったし、ぶっちゃけ我慢できなくなった。

 ……結局、欲の捌け口にしたのは事実だった。


 別に人間がそういう生き物だって、最初から分かってたし。もともと穢らわしいとも思ってなかったし。

 だから、自己嫌悪とかもなかった。


 ただ、どうせなら俺も楽しい方がいいと思って、


 そういうときに笑ってる級長は、別人みたいに可愛くなるって知っちゃって、


 だから、級長が──ユキアが喜んでくれることをしたいと思って、そうしたら何か俺も馬鹿みたいに嬉しくなれたから──……


 ……これが多分、一番しっくりくる感覚だった。



 もし、この感覚に「愛」だの「恋」だのを後付けしたら、かなりそれっぽくなってたと思う。


 でも言いたくなかった。

 ()()を後付けした瞬間に、一気にしょうもなくなる気がしたから。

 ……親父みたいに。母さんみたいに。一気につまんない終わりが見え始める気がした。

 級長が照れてんのが、恥ずかしそうにしてんのが、俺を見て嬉しそうに笑ってくれんのが──……全部一気に、くだらない「駆け引き」に成り下がる気がした。


 俺は級長を思っきし欲の捌け口にしてるくせに、


 級長をそんな風に呼んで、悲しませたくなかった。



 どうせもうすぐ、この《駆け落ち》は終わるって分かってたから。


 だからせめて、何か分からないけど……この感覚にまで「つまんない終わり」を付ける必要もないかなって、そんな風に思ってた。


 そうすれば、俺と級長は、親父と母さんみたいな終わりにはならずに済むって。

 もっといい感じに、お互いのことを嫌いにならずに終われるって思った。


 …………それ自体が、思っきし間違いだったけど。



◇◇◇◇◇◇



「……私は嫌!私は嫌なの!!

 私──っ、ベインと30年も会えなくなるなんて、そんなの嫌!……っ、怖い!──やりたくない!!


 私はベインと離れたくないの!!!」



 役場で級長が実家から絶縁されてるって分かった日。

 俺は完全に読み誤ってた。


 俺は当然《駆け落ち》の終わりは想定してて……ただそれまでの間、級長を悲しませたくなくて……ただ、最後はいい感じに終わらせようと思って、級長と()()してきたはずだった。


 でも多分()()せいで、級長は今までとは比べ物にならないくらい混乱しながら泣きだした。



 級長に「離れたくない」って言われて、俺はよく分からなくなった。


 今の今まで、「仕方ない」って割り切れてたはずだった。


 けど、級長がそう言ってきて……悲しいってよりは、ほんの一瞬だけ、嬉しかった。意味が分からなかった。


 でも嬉しいっつって笑えるようなもんでもなくて……何か()()()()()()()()()()()を、俺が級長にした気がした。


 級長はよく泣くから、普段は別にそこまで焦らない。そのうちどうせ泣き止むから。なんなら泣いてんの見るとムカつくまであった。

 でも、今は何故か、すぐに泣き止ませなきゃいけない気がした。

 ……級長が泣いてんのが、いつまで続くか分かんない気がしたから。

 このままずっと、終わりがないくらい永遠に泣き続けるような気がしたから。


 級長がこのまま泣き止まない気がして、俺が取り返しつかないことをした気がして──……



 …………俺は、さっきまで「仕方ない」って思ってたはずなのに、



「俺も離れたくない」って、一瞬、級長に引き摺られて訳分かんないことを思った。



 けど、違う。俺は級長と離れたくないんじゃない。最初から分かってたから。俺は納得できてるから。

 だから俺はそんなことを級長に言いたいんじゃないって、すぐに思った。


 それで、代わりに……「何か」を思った。「何か」を級長に言ってやりたかった。



「泣く必要ない」って。

「級長が間違ってる」って。

「ズレてんのは級長だ」って。


「だから、さっさと落ち着きなよ」って。



 ──「俺と離れたって、級長は大丈夫だ」って。



 今は級長にムカついてんじゃなくて、級長を責めたいんじゃなくて……


 ただ、級長が「俺と離れたくない」って言ってんのが、取り返しのつかないことのように思えた。


 だから級長にも早く間違いに気付いて欲しかった。俺みたいに。最初から分かってたことじゃんって、早く冷静になって欲しかった。

 それで級長が間違いに気付いて泣き止んだら、俺が安心できると思った。



 ……それでも結局、俺はあのとき、級長を泣き止ませるのに失敗しただけで終わった。




 それから何ヶ月も、級長は泣き止まなくて、俺は泣き止ませるのに失敗して──



 ──……それで最終的に、級長は勝手に一人で自首をした。



◇◇◇◇◇◇



 朝ってか、ほぼ昼だったけど。

 朝起きて級長がいなくなってて、机の上に腹立つ書き置きがあったあの日。


 起きて一瞬焦ったし滅茶苦茶腹は立ったけど……でも、一瞬しか焦んなかった。


 分かってたとまでは言わない。そこまで級長のこと分かってたわけじゃないから。

 けど、そういうこと考えそうな性格だとは思ってたし、やりそうだなとも思ってた。そもそも俺たちが《駆け落ち》したのも、級長が実家から逃げたからだし。


 でも……かと言って、じゃあ級長が一人でどっか消えないように寝てる間も一応警戒しとく──とまでは考えなかった。



 なんか……そうなる可能性は考えてても、マジで実際そうなるとは、あんま思ってなかった。


 ………………違うな。


 どうせこの逃避行はもうすぐに終わるから、今どんだけ級長が泣いてたとしても……わざわざ「変な終わり」にすることまでは、さすがにないって思ってた。


 遅かれ早かれ、自首するだけ。

 やることはもう決まってるから。


 だから級長が無駄に何か思い詰めてたとして──……それでも、終わることに変わりはないと思ってた。

 ……さすがに級長も、それは分かってると思ってた。



 だから「驚いた」とか「ショックだった」っていうより、どっちかっていうと「マジで逃げたのかよふざけんなよ」っていう感じだった。

 金を全部持ってったのは、俺の足止めのつもりだったんだろうけど。「せめて一食分くらいは金置いてけよ」って思って、そんで腹が立って腹減ったのが、とにかく一番腹立った。



 慌てて宿屋を飛び出して、手当たり次第周りに聞きまくって駆け回って級長を探す──とかは、全然しなかった。


 ()()なってる時点で、どうせ追っかけても無駄だろうし。

 ……級長、無駄にごちゃごちゃ考えてから動くから。

 多分もう、追いつけないとこまで馬車使って移動してんだろうなって思ったし。


 だからあのとき、俺は普通に宿屋の主人に「一緒に泊まってたやつに金全部持ち逃げされたから、昼飯だけでいいから食わせてほしい。」って頼んで、それから


「おいおい!お前、昼まで気付かねえで呑気に寝てたのかよ!ダッセェなあ!そんなんだから捨てられんだよ!」


 って煽られ続けながら無駄にのんびり昼飯を食って、宿屋の腹立つソイツが「お前が間抜けで哀れすぎて笑えたから、もう何泊か泊めてやるよ。」って言ってきたから、腹立ったけどありがたくそのまま無料(タダ)で3泊くらいした。


 …………級長と泊まってた部屋をそのまま使って。


 そのことも妙に腹が立った。



◇◇◇◇◇◇



 俺は近くのギルドで普通に金をまた稼ぎ直して、それから王都に直行しようと思ってた。

 割と王都まで、近かったし。多分【特級聖女様】なら、自首したら王都まで連れてかれて保護されるだろうし。


 そう思ってギルドでダラダラしてたら──



 ──「200年振りに出た『特級聖女』が逮捕された!」って、新聞持った奴が騒ぎながらギルドに入ってきた。



 何とも思わなかった。



 ……いや。何とも思わなかったってよりは、なんかもう、腹立つを通り越して級長に振り回されんのが面倒くさくなってた。


「死者蘇生」だの「聖女隠蔽罪」だの何だのでうるさく騒いでる奴らを遠目で眺めて、座ってたテーブルに突っ伏してそのまま昼寝した。



 その間、耳に入ってきた話は、全部別人の話に聞こえた。



 …………誰も級長(ユキア)の話はしてなかった。



 俺が知ってる級長は……実際はなんか、ソイツらが言ってるような「聖女」でも「悪女」でもなかったから。


 級長は、いちいち面倒くさい暗い性格の女子だった。

 怖がりなくせに俺にはすぐに喧嘩売ってきて、それでいてすぐに泣き出す、まじで面倒くさい女子だった。

 ……美人だったけど。…………笑えば可愛かったけど。


 全然「聖なる」感じとかなかった。「慈愛に満ちてる」とかもなかった。

 普通に店や宿屋の悪口を陰でぶつぶつ言ってたし、自分の父親と資産家ジジイに対しては本気で「地獄に堕ちるべきだわ」って言ってた。


「魔力が特別」なんてこともない。治癒魔法と回復魔法以外はマジで全然使えてなかった。

 逃避行し始めの頃、「待ってベイン!私そんなに早く走れない!」っつって身体強化魔法かけて俺を追いかけようとして、派手に顔面から転んで、痛かったのか恥ずかしかったのか分かんないけど泣いてた。

「ベインは何でそんなにいろいろな魔法が使えるの?……そんなに『簡単にすぐにできる』って言うなら、私もやってみようかしら。」っつって試しに火属性の攻撃魔法を飛ばそうとしてたけど、マッチ程度の火を1m先の地面に叩きつけるだけで終わってた。


 ……かと言って、「悪女」でもなかった。

 級長は何でもいろいろ考えようとするけど、別に計算高くはないと思う。俺より全然、頭はいいけど……多分、俺よりも何倍も不器用だった。

 級長は別に悪意があって聖女保護法違反をしたわけでもないし、聖女の能力を悪用したがってたわけでもない。

 ただ級長は、自分もヤバい状況のくせに背伸びして自分以外の人間まで助けようとして、全部をいい感じにしようとして──それで必死にごちゃごちゃ考えて、最終的に()()なっただけだから。


 だから、そんな「魔性の女」とかじゃ、全然なかった。


 ……たしかに、俺好みの美人だったけど。…………笑えば、本当に可愛かったけど。


 でも、容姿(それ)で他人を誘惑して手玉に取れるような……見た目を武器にして世渡りできるようなイイ性格はしてなかった。

 実際、毎日一緒にいた俺だって9ヶ月も手を出さずに「男女間の友情」を続けられてたくらいだし。なんかそのくらい、中身は大したことなかった。


 ただの、普通の女子だった。


 全然、級長(ユキア)は「特別」なんかじゃなかった。




 ただの普通の女子と《駆け落ち》して。大好きなアイツらのことも置いてきて。



 …………こんなとこまで来て、何やってんだろう、俺。




 級長と一緒にいた間は何故か考えなかったことを今さら思って、俺は虚無な気分で本格的に意識を手放して昼寝した。



◇◇◇◇◇◇



 そのまま俺もさっさと適当にそこら辺で自首して、とっとと懲役刑を喰らいに行ってもよかった。

 級長の置き手紙の指示を無視して。ってか、あんなんやるわけねえし。


 それをしなかった理由は、最後にもう一度、級長に文句を言っておきたかったから。

 ただ、この逃避行の……俺と級長の「終わり方」に、納得がいかなかったからだった。


 金を稼ぎ直して王都に行って、そんで酒場で少し人に聞いたり新聞見たりして調べたら、すぐに分かった。級長が王都の王立修道院に収容されたってことが。

 だから修道院に行って面会ができるか訊いたら、「【特級聖女様】は平日の夕方に懺悔室にいる」っつって教えてもらったから、とりあえず言われた通りに行ってみた。



 懺悔室に行ったら、当たり前だけど「懺悔室」だから、格子があって級長の顔は全然見えなかった。


 勝手に逃げた相手がすぐそこにいんのに、顔見て文句言うことすらできないってことを実感して、そのことにまた本気で腹が立った。


「級長。…………()()、何。どういうつもり?」


 腹立てたまま俺が質問すると、格子越しに級長の声が返ってきた。



「ごめんなさい。やっぱり私、耐えられる気がしなかったの。1()0()()()一人でいられる気がしないの。

 ……だから、こうやってまた話に来て。10年間、声だけでいいから……声を聴かせてほしい。」



 マジで腹が立った。

 今までで一番腹が立った。


 何に腹立ってんのか分かんないくらいにムカついたけど、顔が見えない相手にどうキレていいのかも分かんなかった。


 ここでブチギレてそのまま自分も自首してやろうかと思ったけど、何とかギリギリ思いとどまった。



「………………分かった。そういうことね。


 じゃあいいよ。()()1()0()()、最後まで付き合うよ。」



 腹いせに近かった。

 ……いや、腹いせなのかも分かんなかったけど。

 何かもうこっちからしたら、懲役刑受ける前に1日増えようが2日増えようが、10年増えようが関係なかった。


 ──それで級長が満足すんだったらやってやるよ。それで俺と級長の「終わり」が、今よりもマシになるっつーなら。


 そう思った。



 級長がすぐそこにいんのに、もう顔も見えなくて、話も全然通じなくて──……



 …………俺の隣から勝手にいなくなっといて、そのくせに格子越しにまだ泣いてたのが、こっちも泣きたいくらいとにかくムカついて仕方なかった。



◇◇◇◇◇◇



 ムカつきすぎて腹立て過ぎて腹が減ったから、俺は初めて懺悔室に行った日、早めに晩飯に行った。

 修道院のすぐ近くの店に入んのも嫌だったから、適当にガンガン進んで適当に賑やかな大通りのうちの一つに出て、適当に目についた店に入った。


 王都にある割に、なんかちょっと田舎感がある料理屋。

 地方民が落ち着きそうな……なんか、王国西部っぽい雰囲気の店だった。

 っつか、店主が普通に西部地方の出身らしかった。メニューが全部、西部地方感丸出しだったから。



 メニューを見て割と即決で注文した。

 10分程度待ってたら久々に地元っぽい美味そうな料理が目の前に来て、少しだけ機嫌が戻ってきて──……マジで腹が減ってたから、俺はさっそく一口食べた。



 それで、食べた瞬間に思った。



 ──これ、俺っつーより、級長が好きそうな味じゃん。



 って。


 俺はそこで気が付いた。



 ──間違えた。俺いま、級長と交換する前提で選んでた。

 間違えて、()()()好きそうなやつを選んでた。



 って。






 ………………は?



 …………何やってんの?俺。



 級長はもう、懲役10年になってんのに。

 さっき懺悔室にいて……もう、あと10年は修道院にぶち込まれたままになんのに。


 級長が出てきたら、今度は俺が最低懲役30年。

 だから、俺と級長はこれから先、最低でも40年は会えない。


 40年経ったら、60歳。

 まあ、死んではいないかもしんないけど……多分、さすがにもう、俺と級長が一緒に飯食う機会なんて一生ない。


 だから、級長が好きそうな味とか、もう何の意味もない。

 級長に飯を奪われることもない。



 ……「『欲の捌け口』だった級長がいなくなって物足りない」とかなら分かる。俺は普通に(オス)だから。



 …………でも、だったら何で、欲も何も関係ないとこで、まだ級長が喜びそうなこと考えてんの。俺。



 何の意味もないのに。考えたって何もないのに。

 もう級長は目の前にいないのに。


 ──……俺はもう、ユキアの隣にはいられないのに。



 そう思った瞬間に、俺はある可能性に気が付いた。





 もしかしたら、「飯」の方が後付けなのかもしんない──って。





 そのとき、級長と俺がした、取り返しがつかない「何か」。


 級長が今もまだずっと泣き続けてる、本当の「理由」。


 それが、やっと分かった気がした。




 ………………もし、



 もし、世の中には後付けじゃない「愛」もあるとしたら。


 欲の捌け口じゃないまともな「恋」も本当に存在するんだとしたら。


 …………もし俺に、親父や母さんには無かった「才能」があったとしたら。



 俺は、ユキアは……俺たちは、もしかしたら──……





 ………………それ以上はもう考えたくなかった。




 ただの気の迷いだから。……親父と母さんの間に産まれて、俺にそんな才能があるわけがない。

 級長にもそんな才能あるわけがない。今からでも級長に忘れてほしい。気の迷いであってほしい。


 そうじゃないと、俺はいいけど──級長が取り返しがつかない。

 せめて、俺以外じゃなきゃいけない。相手が俺じゃいけない。


 俺にはもう、級長の隣にいる資格がないから。



 …………でも、級長が()()を望み続けたら?



 俺が、級長を「不幸」にしたことになる。



 俺のせいで、級長(ユキア)が一生泣き止まなかったら──……




 でも、それから振り返っても、何が悪かったか分かんなかった。

 何度振り返っても、俺も級長も、あの旧校舎で《聖女保護法》を破るって決めなければ──《駆け落ち》するって決めなければ、死んでた気しかしなかった。


 間違ってない。俺たちは何も間違えてなかった。


 …………級長があのとき手を動かさなかったのも、俺が手を引かなかったのも、間違ってるとは思わなかった。


 多分、どうせ、あの一回がなくっても……遅かれ早かれ、どうせ俺たちは恋人(まが)いのことをしてたとしか思えなかった。

 俺と級長しかいなかったから。……俺らが、男と女だったから。

 むしろ9ヶ月も「男女間の友情」でよくもった方だと思う。


 だから、仕方なかった。多分、そういうことだった。



 今はただ、情が湧いてるだけだから。ただ熱が残ってるだけ。それがたまたま今、出てきてただけ。

 ただの連想で、飯で級長を思い出しただけ。さっき声聞いて話したばっかだから。


 あと1年か2年くらい経てば、そういうことはなくなる。級長の好きな味とか、俺はどうせすぐに忘れる。


 今残ってる熱も冷めて、懲役刑になるまでの間の「暇潰し」に、俺はまた適当に「欲の捌け口」を別に探したくなるはず。

 何もおかしいことはないし、何も悪いとは思わない。俺ら、別に付き合ってなかったし。裏切りでも何でもないし。

 3年くらい経てば、今何となくある級長に対する罪悪感も義理すらも、全然感じなくなる。


 そんで5年くらい経てば、俺は級長の顔を完全に思い出せなくなる。

 7年も経てば、俺が面倒くさくなって級長の懺悔室(とこ)に顔出さなくなるか、それか級長がもう面倒くさがって「来なくていい」って言い出して……


 それで、10年後には、級長の顔も声も忘れて、ただ懲役30年を受けに行けばいい。

 その頃には俺も級長も、お互いのことなんて思い出す気にもならなくなる。


 ……そうなればいい。

 さすがに10年後には、級長だって絶対に泣き止んでる。


 そうすれば──さすがに10年後には級長は、俺のいないところで「幸せ」になれるはず。



 ──俺らの「終わり」は、それでいい。



 ずっとそう思おうとしてたけど…………俺は結局、思いっきし全部を読み誤った。



 ぶっちゃけ8年目くらいから諦めてたけど。


 やっぱり級長は、10年経って出所したあの日も、俺の顔を見て泣いていた。


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