1 ◇回想◇ 愛なんてないと言ってくれ(前編)
ベイン編、全3話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。
R15(15歳以上推奨)です。
人間の「愛」だとか「恋」だとか、そんなのは全部、所詮は「欲の捌け口」をいいように言ってるだけだと思ってた。
「貴女を生涯かけて愛します」っつって兄貴の母親と結婚して、その口で「真実の愛を見つけた」っつって俺の母親を口説いた親父。
ただの欲に従って俺を作っておいて「俺の子を産んだ?!何てことをした!どうしてくれるんだ!」っつって、俺の母親を責めた親父。
親父に「本当に愛されてるのは正妻じゃなく私の方」っつって熱を入れて、いざ俺を産んで親父にキレられたら「子どもを引き取るか慰謝料を寄越せ。さもなくば正妻を相手に訴える。」っつって俺の存在を脅しに使った俺の母親。
母さんとの係争に負けて親権を押し付けられて、最終的に俺を飼うことを受け入れた親父。
11年も親父相手に揉めた結果「私の20代はアンタのせいで消えた。」っつって、他の男に言い寄られなくなったことを俺のせいにしてきた母さん。
俺の顔を見るたびに「優しいあの人を騙した泥棒女の顔が過る」っつって狂ったように泣いて「私は義理の息子なんて愛せない!」って叫ぶ、親父の正妻……兄貴の母親。
「母様がアイツを愛せないのは当然だよ。だって血の繋がった家族じゃないんだから。」って自分の母親を宥める、俺の兄貴。
…………何の一貫性もないじゃん。どんな理屈だよ。
親父の「生涯の愛」と「真実の愛」はどこいったんだよ。
ただ欲に従って二人の女に手を出しただけじゃん。
血が繋がってたら「愛せる」のかよ。
だったら何で、俺は親父と母さんの両方と血が繋がってんのに、お互いの脅し材料にしか使われてないんだよ。
血が繋がってないから「愛せない」なら、何で親父の「愛」はもう一度自分に向くと思ってんだよ。夫婦は血繋がってねえじゃん。
……優しいあの人って誰だよ。別人だろ。馬鹿じゃねえの。
全部自分の都合のいいように、欲が向いてるときだけ「愛」だの「恋」だの後付けで言っといて、面倒になったら適当な理由つけて「愛せない」って騒いでるだけ。
……だったら最初から全部「欲に従ってます」って言えよ。
親父は「欲に従って女二人とガキ作りました」。
俺の母親は「親父とガキ作ったけど、親父に守ってもらえないって分かったから、俺捨ててもう一度他の男を探したいです」。
兄貴の母親は「他の女が作った俺を縄張りに入れたくありません」。
兄貴は「将来の自分の縄張りに俺を置いておきたくありません」。
…………それで全部納得いくんだけど。
別に全員、動物だと思えば何も不自然じゃねえから。
それでいいじゃん。何なの?
取ってつけたようなそれっぽい理屈を俺に投げつけてくんなよ。
俺が「愛されない」理由とか、わざわざ言わなくていいから。
だから正直、人間の言葉で「好き」だの「愛してる」だのが聞こえてくるたびに、俺はずっと「しょーもな」って思ってた。
…………いや、少し違うか。
俺は人間相手にその言葉を使うのがしょうもないと思ってた。
人間は獣以下だから。
下手に言葉があるせいで、余計に本能にすら従えなくなって勘違いしてすぐに揉める、意味不明な生物だから。
牧場のアイツらの方が、よっぽど素直で分かりやすい。
人間の男女間とは違う。アイツらは雌雄間で愛が恋がどうだと騒がない。ただ本能に従って子どもを作っても、ちゃんと命懸けて責任持って子どもを育てようとする。
アイツらの方がよっぽど子どもを可愛がってる。牧場の中でもちゃんと警戒して子どもを守ってて、人間よりもよっぽど頑張ってて愛おしい。
アイツらはちゃんと俺からの「大好き」を受け取って喜んでくれる。
別に俺からの「愛」と同じ分だけの「愛」を返してほしいなんて頼んでないのに、それでも俺のことを「大好き」でいてくれる。
……アイツらを守るために、結局殺したけど。
何ならあの飛竜の親子だって、俺からしたら分かりやすかった。
子どもが巣立ってからもちゃんと生きていけるように、毎日、狩りをつきっきりで教えようとしていた親の飛竜。
俺に翼を折られて飛べなくなった子ども2匹。
アイツらは俺を敵と見なして、自分たちが死なないために頑張って俺を倒そうとしてきた。
大切な子どもの翼を折られて、子どもが殺されそうになって……親の飛竜は滅茶苦茶怒り狂ってた。
最期、先に子どもたちを俺に殺されて……涙こそ流せていなくても、本当に悲しんで吠えてた。
……まあ、だからと言って俺の友達を殺した飛竜に情けをかけるつもりはなかったけど。
別に今も何とも思ってないし、普通に倒したときは「よかった」で終わったけど。
ただ、人間よりは全然読みやすいし、分かりやすいなってだけ。
俺の恋愛に対する価値観は、家族に対する考えは……まあ、そんな感じだった。
◇◇◇◇◇◇
だからと言って、俺は別に「人間が嫌いだ」とは思わない。
俺も人間だし。
自分が人間なこと自体を悲しむような、そんな捻くれた性格はしてない。
……哲学の授業とか眠気しかなかったし。
俺は普通に自覚してただけ。
自分も所詮、欲の捌け口に対して無駄に理屈を捏ねることができる、獣以下の動物だと思ってただけ。
それに良いも悪いもない。別に悲観もしてなかった。穢らわしいとも思ってなかった。
──だから、級長と《駆け落ち》するって決まって二人でしばらく生活することになったときも、俺は普通に自覚してた。
羊の毛刈りみたいに無心でただいい感じに切ってったら、めっちゃ傑作の「俺好み」な級長が爆誕して我ながら感動したけど……それはただの嗜好の話。
俺と級長を「男と女」で考えるなら、別に髪切る前でも後でも、どっちでもよかった。
級長を「欲の捌け口」だと思ってその気になれば、初日からでも全然いけたと思う。
俺は普通に男だから。
手を出す理由なんて、所詮ただの「欲」でしかない。
でも後からいくらでも適当な言葉付けとけばそれっぽくなるんだろ?親父みたいに。
これが「愛」だっつっとけば。お前に「恋」したっつっとけば。
ただ別に、級長相手にわざわざそんなことする必要もないし。
親父が俺の母親に手を出したときみたいに、耐えられなくなったなら別だけど。
そうでもないのにわざわざ自分からその気になりにいく必要はない。
…………何か知らないけど、級長はしゃいでるし。
父親から逃げられるっつって。ジジイと結婚しなくて済むって。
見たこともないテンションで喜んでるし、頑張って逃げようとしてるし。
分かりやすい。
俺の友達のアイツらみたいに。
ただ父親とジジイから逃げることだけを考えてて、それで精一杯になってて……俺のことは多分、男だと見なしてないんだろうな。
……まあ、動物でも視野が狭くなればあるよな。そういうこと。
逃避行1日目。
俺が級長に「男として」思ってたことは、だいたいそんな感じだった。
あとはまあ、俺も級長も人間だから、それはそれとして「人として」普通に会話してたけど。
……日常会話まで獣以下になる必要はないから。
◇◇◇◇◇◇
それにしても、級長はマジで全然自覚してなかった。
「俺を男として意識してくれないか。」「もしかして、私を女として見てる?」みたいな、親父と母さんが昔やってたらしいキモい「駆け引き」をしたいわけじゃなくて。
でも単純に、俺への警戒心が薄過ぎだろとは思ってた。
逃避行1日目の夜。
俺はちょうど寝かけたところで、級長の声に起こされた。
「ベイン。……そこにいる?」
………………?
「……いるけど。何?級長。」
「月が雲で隠れて、何も見えなくなっちゃって。……ベインがどこか行っちゃっても、これだと分からないと思って。」
「……音聞けば動いてないの分かるっしょ。」
何の話?寝たいんだけど。
「ベインは大丈夫なの?こんなに真っ暗で。」
「…………?」
「眠れなくない?……私、上手く眠れないの。」
「………………?
へえ。級長、寝るとき明かり付けとく派なんだね。」
俺が適当にそう返したら、しばらく黙ってから級長が
「ねえ。……暗くて怖いの。何も見えないから。
…………ベインがよければだけど、ベインの服、少しだけ持って寝てもいい?」
っつってきた。
「いいよ。」
俺はそれだけ言って寝た。
何か遠慮がちに背中の辺りを摘まれた気がしたけど、別に寝る上では問題なかったから普通に寝た。
…………ただ、「警戒心ねえな〜」とは思った。
服を摘まれてもそうでなくても、誤差だから何も言わなかったけど。
◇◇◇◇◇◇
「ねえ、ベイン。
この装備服、良さそうじゃない?氷鳴熊の皮を使っていて、防寒に優れてるんだって。氷属性と火属性の攻撃にも耐性があるみたい。」
逃避行を始めて1ヶ月くらい経って、何となく勝手を掴み始めた頃。
ギルドの武器装備屋で、級長はよく俺の武器や装備服を探してた。
「は?……高。いらなくね?こんなん。
っつか、そもそも装備服じゃなくていいし。普通の服でいいっしょ。」
俺がそう答えると、級長は言い返してきた。
「いるわよ。だってこの前ベイン、魔物の攻撃で火傷しちゃってたじゃない。もうあんなことがないように、いい装備に買い替えた方がいいんじゃない?」
「普通に回復魔法で治ったじゃん。あの程度の火傷、気にしなくていいって。金が勿体無い。」
俺の返しを聞いた級長は、何故か粘ってきた。
「気にしなくていいって……良くないわよ。
だってベイン、怪我したら痛いじゃない。」
「まあね。でもすぐ治せるからいいって。」
「私は『そもそもベインが痛い思いをしない方がいい』って言ってるの!」
「そんだけのために、こんな金かける必要ある?」
「あるわよ!……ねえ、どうして?何でそこでお金を払うのを渋るの?」
……腕失くしたときより全然痛くないから俺は別にいいんだけど。何で怪我しない級長の方がキレてんの?
級長の聖女の能力のことは口に出せないから、俺は一瞬返しに詰まった。
そうしたら級長はその隙に勝手に「これ、彼用にください。」って言って装備服を購入した。
「兄ちゃん、愛されてんな!彼女に感謝してありがたく着ろよ!」
無駄にバカ高い装備服が売れて満足してるらしい武器装備屋のオッサンに、いらないおまけの言葉を付けられた。
…………「愛されてる」って何。
金を浪費すんのにも「愛」って後付けできんだ。もはや何でもアリじゃん。
俺は無駄に出費したからまた魔物を狩って稼がないといけなくなって本末転倒だと思ったし、級長はオッサンの後付けの言葉になんか一人で驚いてた。
◇◇◇◇◇◇
級長が「ベインが稼いでくれる分お金の管理は私がやる」っつったから財布は級長に任せてたけど、級長の金の使い方はイマイチよく分からなかった。
俺の武器や装備は、使ってる張本人の俺が「いらない」っつってんのにガンガン買おうとするくせに、街に出たときの宿屋代は無駄にケチった。
「なんか今日は空いてんだって。ようやく2部屋とれんね。」
逃避行を始めて2ヶ月近くが経って、金に余裕ができ始めた頃。
それなりにでかい街の宿屋で、部屋を借りるときに俺がそう言ったら、級長は
「何で?1部屋で充分でしょ?どうしていきなり2部屋にするの?」
って返してきた。
「…………あのさぁ。
今までは金も無かったし、部屋が足りてなかったからね。できんなら別々に泊まった方がいいっしょ。」
俺がそう言うと、級長は「今までも1部屋だったんだから、それでいいじゃない。お金が勿体無いわよ。」って筋違いなことを言ってきた。
「……級長。俺もたまにはベッド使いたいんだけど。床やソファーで寝るんじゃなくって。」
俺の一番の文句を聞いた級長は一瞬目を泳がせて、それから俯いて小声になって別の理由も挙げてきた。
「──っ、それは、申し訳ないと思ってるけど……。
でも、もしベインと部屋を別々にして……私の1人部屋に誰か入ってきたら……私、怖いもの。
この辺りは治安があまり良くないって、さっき食堂の人が言ってたでしょ?もしかしたら、お金を取られたり……襲われたりするかもしれないじゃない。
だから、今日は私がソファーで寝るから。……それでいいんじゃない?」
…………俺も別に級長と仲良くない男なんだけど。襲われたらどうすんの?
俺が呆れながら俯く級長の項をぼーっと眺めてたら、宿屋のオッサンに「何だよ。見かけによらず紳士なんだな、アンタ。……でも良かったな。1部屋でいいってよ!……今までよく耐えたな!やったな!」っつって囁かれてキモいウィンクをされた。
「……儲けてえなら2部屋を勧めろよ。キモいんだけど。」
俺がオッサンにも文句を言うと、級長は俺の声に反応して顔を上げて「『キモい』って何が?」って訝しんできた。
……でも結局、級長とオッサンの2対1で俺は負けて、そこでも1部屋だけ借りることになった。
それからはどんだけ空いてる宿屋でも「金が勿体無い」「治安と父親の追手が不安」っつー理由で、2部屋借りる選択肢は無くなった。
虫は怖い。ウサギも怖い。
でも、あの飛竜の親子を倒すのにはついてきた。
暗闇が怖い。町に出んのが怖い。役場が怖い。
でも、何の役にも立たない俺の服の裾を掴ませれば、何故かとりあえず黙って納得する。
俺の切り傷に慌てる。火傷に焦る。バカみたいに俺の装備に金を使う。
……いざとなれば級長は俺の手足を生やせんのに。
試したことないけど、多分俺が一度死んでも、生き返らせることできんのに。
父親は怖い。資産家ジジイも怖い。
何ヶ月経っても「追われてるかも」っつって怯えてる。
──……でも、俺のことは微塵も怖くない。
…………それでも別に、勘違いとかはしなかった。
級長は最初っからずっとそうだったから。
ひたすら父親たちに怯え過ぎてて感覚が狂ってるだけなんだろうと思ってた。
◇◇◇◇◇◇
俺からすれば「男女間の友情」っつーのも、ただの後付けの言葉でしかない。
そんなのは別に「現段階で手を出す気がない相手」ってやつの言い換えでしかない。
そういう意味では、俺と級長は「男女間の友情」がしばらくは成立してたんだと思う。
級長は最初っから全然俺のこと気にしてなかったし、俺もあえて級長に手を出す気はなかったし。
後々面倒くさくなるのが目に見えてたから。
……ってか、級長、マジで面倒くさい性格してたから。
腕を喰われて死にそうになってたのを助けてもらったし、飛竜の親子を倒すのも手伝ってもらったし、普通に今の見た目は俺好みの美人だし。「嫌いになる」とかは全然なかった。
ただ、度々「面倒くせーな」とは思ってた。
級長から前向きな言葉を聞いた記憶がほぼ無い。
何回かはあったかもしんないけど……思い出そうとしても、今すぐには思いつかない。
いつもひたすら「怖い」「不安だ」「心配だ」「どうしよう」「大丈夫かな」を延々と繰り返す。俺が何言っても「でも……」っつって否定して、また繰り返しに戻ってく。
それだけじゃない。級長が明るい話題を振ってきたこともあんま無い。
ただの雑談でも、何かいちいちチョイスが暗い。
「さっきね?『この辺りは治安が悪い』って聞いたの。……だから、一人で買い物に出掛けたりしないようにしましょう。武器を盗まれたりしないように、ベインも気を付けてね。」
とか。ちなみに治安良いって聞いても級長は「──って聞いたけど……本当かしら?油断しない方がいいわよね。」って言ってくる。
「今日は雨なのね。次の街に移動するのは難しそう。……何か今のうちにここでしておけることはないかしら?……ないわよね。何だか、不安になっちゃう。」
とか。ただの天気の話からどうして「何だか不安」に着地すんだよって逆に感動する。
ちなみに晴れてるときは「今日は晴れてるわね。」で終わる。雨で不安になんなら「晴れてて嬉しい!」も言えよ。何でそこは普通なんだよ。
「私ずっと、自分の顔があんまり好きじゃなかったの。……特にこの目元が。
だから今、鏡を見てちょっと思ったの。眼鏡を掛けていないと、目元がやっぱり目立つかなって。
眼鏡、掛けた方がいいかな。……でも、掛けたらまた実家にいた頃みたいになっちゃうから……ベインはどう思う?」
とか。初日に髪切って眼鏡外したときは満更でもなさそうに喜んでたのに、何で急にまた悩み出すんだよって、俺は素で驚いた。
俺が「そういうこと、あんま言わない方がいいよ。嫌味だと思われるよ。級長、普通に美人だから。」っつったら、級長は何か言いたげに複雑そうな顔をして考え込んでた。
……別に喜べとは言わないけど。褒め言葉すらもそのまま受け取らないのかよって思った。
「──見て!ベイン。
……この果物、傷んでる。ひどいわ。パッと見で分からないようにしてあった。うっかりこういうものを買わないように、ちゃんと裏側も確認しないといけないわね。
こっちの方がまだ綺麗かも。……でも、中の方は腐っていないかしら。大丈夫かしら。……ベインは見分ける方法、知らない?」
知らね〜〜〜。
結局、級長が迷って買ったやつは中が腐ってたらしくて、俺に謝ってきた。「捨てたけど、勿体無いことしちゃったわ。」っつって。「嫌な予感はしてたのに。買わなきゃ良かった。」って。
……そこ、そんなに反省して落ち込む必要なくね?級長、懲役刑からの出所後の夢は八百屋の目利きになることなん?
それが級長なりの「話題提供」だったと気付いたのは、何かの喧嘩のときに級長が
「っ、私だって、ベインといろいろな話をしようと思って、頑張って話しかけてるのに!
何よ!『テンション下がるから級長の話はもう聞きたくない』って……!っ……ひどい!!」
っつって泣きだしたときだった。
俺はそれまで割とマジで腹が立ってたはずなんだけど、その級長の言葉に拍子抜けして、一気に怒る気が失せたのを覚えてる。
「は?……級長、今までのあれ……
全部、『俺との楽しい雑談の話題提供』のつもりだったわけ?」
俺がそう言ったら、級長が泣きながら「……何よ。何が言いたいのよ。」って一生懸命文句言ってきたから、俺はそこで爆笑して終わった。
級長は笑われたのがショックだったらしくて「ベインには人の心がない!」って喚いてきたから、俺は「ごめんって級長。今のは俺が悪かったって。」って謝った。
級長が「適当に言ってる!」ってケチつけてきてマジで面倒くさかったけど、正直あのときは面倒くさい級長も込みで面白かったから「はいはい。ごめんね級長。」って繰り返しといた。
◇◇◇◇◇◇
級長は食事一つとっても、慣れてきたら面倒くさくなった。
最初は金も無かったし級長は常に人目に怯えてたから、静かに安いものをさっさと食べてた。
でもだんだん食堂や酒場に行き慣れて、級長に余裕が出てきてから……級長はのんびり注文に迷い出すようになった。
「──ねえ。ベインはもうどれ頼むか決めた?
……これ、量多いのかしら。食べきれなかったらどうしよう。」
食いきれなかったら残せよ。
「私、これが気になるんだけど……辛いのは苦手なの。少しだけ辛いって書いてあるけど、大丈夫かな?」
知らねえし。店員に聞けば。
「『大人なら大丈夫だと思うけど、人によるかもしれない』って。」
だろうね。店員からしたらそう言うしかないからね。
「どうしよう。違うのにした方がいいかな。……ねえ、ベイン。もし一口食べて駄目だったら、交換してくれる?」
級長が初めて「いざとなったら交換してくれ」って提案を申し訳なさそうにしてきたのは、意外と時間が経ってからで……逃避行開始からだいたい半年くらい経った頃だった。
正直、普通に「嫌だ」って言おうと思ってたけど、何故か俺は「いいよ」って頷いてた。
それまでは料理の注文だけで毎回マジで時間掛かってたから、交換できるってなって早く級長が決められんならそっちの方がいいと思ったからだった……と思う。
そのお陰で、俺は自分の食いたいもんを交換に差し出す羽目になった。
級長に「ごめんね。ありがとう。」って言われながら、級長が注文したやつを食べた。
「──は?
級長、これ食えなかったん?全然辛くないじゃん。」
「……でも、別のところはけっこう辛かったのよ。こっちの方。」
「…………ここも辛くないけど。」
「そう?じゃあ、私がちょうど香辛料が固まってるところを食べちゃったのかしら。」
「何でそこ粘んの。俺に『辛い』って認めさせるまで引かない気?」
最初のうちは呆れてた。でも何回かやるうちに、だんだん交換に慣れてきた。俺が何故か級長の味覚の基準を無駄に理解し始めた。
「──あ〜……はい。これ、級長は駄目だろうね。」
「でしょ?辛かったの。何も書いてなかったから、大丈夫だと思ってたのに。」
「別に辛くはないけどね。」
そうしたら何故か今度は、級長は味を占めてわざわざ俺と注文が被らないように気を配りだしてきた。
「ベインもそれを頼むの?……じゃあ、私はやっぱり別のものにしようかしら。どうしよう……どれがいいかな。」
「は?同じのがいいなら同じの頼めば。」
「……だって。そうしたらベインと交換できなくなるでしょ?」
「もう交換すんの前提なん?ちゃんと自分で注文したやつ食ってよ。俺、これ食いたいんだけど。」
俺がそう言ったら級長は
「私、実家ではずっと全部我慢して食べていたの。……『味が苦手』なんて、口が裂けても言えなかった。
でも、ベインになら言えるから。だから、いざというときに交換できるようにしておきたいの。
せっかくの食事なんだもの。我慢しないで美味しく食べたいじゃない。」
っつって、嬉しそうに目を細めて笑ってた。
「ベインに好き嫌いがなくてよかった。」っつって、勝手に交換を正当化して喜んでた。
……いや。俺も我慢しないで自分の選んだもん食いたいんだけど。嫌いはないけど好きはあるから。
俺は納得いかなかったけど、級長が自分本位で笑ってたから、もう面倒くさかったし「勝手にすれば」って思った。
それでそのうち、何故か級長は駄目じゃないやつまで交換しだすようになってきた。
「ねえ、これ思ったよりも美味しいの!ベインも一口食べてみて?」
「ベイン。それ、美味しそうね。……美味しい?私も一口食べてみていい?」
「ちょっと待って、私まだ決めてないの。……迷うわ……決められない。
そうだわ!ねえベイン。私とこれ、半分こしない?そうすれば私もベインも両方を食べられるから。」
今思えば、だんだん級長はそうやって、明るい話題──じゃないけど、厚かましい交換の仕方を覚えていってた。
級長は話暗いし、面倒くさいし、ぐだぐだいつも何か言ってたけど……最初の頃よりは些細なことでよく笑うようになってた。
ぐだぐだ言われるよりマシだから。
まあ、どうせなら楽しい方がいいから。
普通に、級長は性格暗くても顔美人だし……笑うと割と可愛くなるとは思うから。
だから、俺は特にこだわりがないときは、級長が笑いそうな方に合わせるようになってった。




