後談 ◇ 副団長ドルグス・モンドの受難
王国が抱える、もう一つの社会問題。
──第3部隊長が振り翳す、深刻な一票の格差問題。
関連作品や前日譚につきましては、後書きをお読みください。
「──ということで、本日、ベインは《聖女隠避罪》により逮捕された。
緊急事態だ。即刻、臨時体制を整える必要がある。」
「「「「「…………………………。」」」」」
聖女ユキアの釈放日。
特級聖女警備の名目で魔導騎士団の午後の訓練をベインと二人で抜けていったラルダは、夕方、一人で戻ってきた。
そして午後の訓練終了の1時間前。
ラルダは戻ってきて早々に魔導騎士団幹部陣による緊急会議を開いた。
「この緊急会議で今後の方針を速やかに決定し、1時間後の全体集合時に団員らに周知する。
…………それで良いだろうか。」
「「「「「…………………………。」」」」」
真剣な顔で副団長の俺と4人の部隊長たちを見渡すラルダ。
内容が内容なだけに黙り込む皆の重々しい空気を最初に溶かしたのは、第2部隊長の【セゴット】先輩だった。
「どんだけ華々しい引退劇かましてんだよ。
っつか、馬鹿だろアイツ。せめて俺らに周知してから引退しろよ。」
そしてそれから、セゴット先輩は真顔のまま分かり辛い冗談を言った。
「その『《聖女隠避罪》の懲役30年』っつーやつ。
駆け落ち相手が聖女だっつーのを隠してたせいで捕まったんだろ?
その程度で30年とか、アイツまじで運悪いな。
どう考えても俺の方がやべえことしてきてんだろ。俺が代わりに刑務所に入ってやれねえのが残念で仕方ねえよ。不条理な世界だ。」
「……………………不謹慎ですよ。」
セゴット先輩の発言を、俺は一応、咎めることにした。
沈黙を打ち破り、空気を軽くしてくれたことはありがたい。
しかし状況が状況なだけに、茶化すには些か早過ぎるような気がするが……どうなのだろうか。
するとセゴット先輩は俺の方を見て
「は?姫さんは速攻で今俺らに話し合えっつったんだろ?
今のうちに速攻で馬鹿にしとけよ。お前らも。
どうせならアイツ逮捕の号外記事を額縁に入れて会議室に飾っとこうぜ。」
と返してきた。
冗談を重ねて、さらに空気を軽くしてくれることはありがたい。
しかし状況が状況なだけに、茶化すにはまだ若干早過ぎるような気がするが……まあ、いいか。
俺はセゴット先輩を御することを諦めることにした。
「にしても、アイツには『恩赦』とかねえの?」
セゴット先輩が一応、冗談の温度調整に入る。先ほどより真面目になり、ラルダに向かって質問をした。
セゴット先輩は王国最大級の凶悪な暗殺組織に育てられていた過去を持つ。
そこでは人殺しこそせずに踏み止まれていたものの、法に触れることは多々強要されていたらしい。
しかし彼はあるときその暗殺組織の摘発に協力し、組織壊滅による王国の治安改善と検閲法改正などの発展に寄与。恩赦を賜り実刑を免れたため、前科を持っていないのだ。
ベインにもそういった実刑を受けずに済む方法があるのかと聞きたいのだろう。
セゴット先輩の質問を受け、ラルダは残念そうに首を振った。
「セゴットの例とは違い、今回の件は大きな国益もなく、直接国家に貢献があったわけでもない。
私情を挟まずに事実のみを見れば『ただ一人の女性が刑期を満了し出所し、同日にただ一人の男性が自首し逮捕された』だけだからな。ベインの刑を軽くするのは『ただ一人の男性の罪が軽くなる』こと以外、何も影響をもたらさない。……王国としてはな。
情状酌量の余地はあるだろうが、現行の法ではベインの犯した罪は最低懲役30年だ。それ自体を覆すのは難しい。
我々魔導騎士団としては戦力喪失の痛手はあるが……それを理由に恩赦まで与えられることはないだろう。私もそこまでは要求できない。私情による権利の濫用の範囲になってしまうからな。公平性を欠いてしまう。」
「時間ねえならお堅い言い回ししてんじゃねえよ姫さん。
『無理です』の4文字で伝わるっつの。」
セゴット先輩の言葉を無視して、ラルダは続けた。
「現時点でできる情状酌量の反映のさせ方としては、制限付きでの魔導騎士団復帰だろうな。
ユキア様が服役中に聖女として能力を国民のために使用していたのと同様の措置だ。
──ベインの魔法戦闘の能力を王国指定の範囲で利用する。魔法管理官による監視付きでな。
……変則的ではあるが、このような魔法管理特別措置の適用はできるかもしれない。全団員が合意した暁には、私が団長として要請する。」
「要するに『服役中の囚人を王立機関の魔導騎士団でこき使いたいです』っつーことだな。いいんじゃねえの。」
セゴット先輩が要約をしつつ賛同する。
ラルダはセゴット先輩の言葉を受けて、実現できそうな具体案を挙げた。
「完全に通常通りとはいかないだろうが、『戦闘力維持のための半日4時間分の訓練参加』『遠征討伐時の出動』の交渉は可能だと踏んでいる。
もちろん、出動時に魔導騎士団の隊列に入り衆目を集めることは許されない。先行隊にして、一般市民の目に触れることなく移動することにはなるだろうが。」
ラルダはそこまで言って一度口を閉じ、しばらく間を置いてから躊躇うようにして「だが……」と口籠った。
だが……ユキア様をはじめとする王国民と対面することは、変わらず一切許されない。
…………そう続けたいんだろうな。ラルダは。
その続きを汲み取ってラルダを安心させるように笑ったのは、団内一の若手幹部──ラルダと同期の第3部隊長【クラウス】だった。
「……そっか。
まあ、魔導騎士団としてはその要求が通れば上々。十分じゃない?ベイン隊長っていう戦力が完全に失われるわけじゃないなら安心だな。
僕たちはベイン隊長の関係者側だからさ、大っぴらに声を上げることはできないけど。
あとはラルダの言う通り、国民の声と王宮側の動きに期待しようよ。きっといい方向に向かってくれると思う。」
「……そうだな。俺も同意だ。」
俺はクラウスに便乗して意思表明をした。
ラルダも前向きな性格のクラウスに励まされるようにして、少しだけ笑って頷いた。
そんなラルダに向かって、クラウスは笑顔のまま爽やかにこう付け足した。
「……まあ、何も言えない僕らに許されることがあるとすれば、出動時の隊列で、ベイン隊長のいない先頭を見てちょっと寂しげな顔をすることくらいじゃない?
ラルダや僕たちの表情を見て何を感じるのかは、沿道に来てくれてる国民たちの自由だけど。」
「「「「「……………………。」」」」」
………………お前。それは最大級の国民煽動じゃないか。
法に触れてはいけないため何も言えなかったが、俺たちの感想は全員一致していた。
王国で爆発的人気を誇る魔導騎士団。
中でも第一王女ラルダと、この王国きっての美形花形剣士クラウスの人気は異常だ。
そんな二人をはじめとした我々幹部陣や団員たちが悲しそうにしていたら──……熱烈なファンである国民たちが一体何を汲み取ってくれるのか。想像に難くないな。
ラルダとクラウスがちょっと寂しげな顔をした1時間後には、王都の「部隊長ベインの解放運動」団体の構成員数が異常に跳ね上がることだろう。
「仕方ねえよな。俺らは『ベインと聖女様の恋路を応援する団』じゃねえからな。」
「言い方。」
ギリギリ許された角度からのセゴット先輩の茶々に俺がツッコんでいると、それまで黙って聞いていた重鎮の【ゲンジ】第4部隊長が静かに口を開いた。
「……若き日々は尊く代え難いもの。しかし、急くことはない。人生は長い。
ベインの魔導騎士団での月日が、国民の目にどのように映っていたか次第だ。そしてベインの生き様が、周囲の人間にどう影響を与えていたか次第だ。
ベインが真に必要とされているならば、再びベインを望む声はいつまでも尽きぬだろう。
幾年掛ろうとも。10年、20年、……たとえ30年掛ろうともじゃ。」
「一度引退したくせに結局復帰した爺が言うと説得力あんな。」
「お前は少し黙っとれ。人の思いをいちいち軽んじるでない。」
全方位に果敢に茶々を入れにいくセゴット先輩に、ゲンジ隊長がピシャリと言い返した。
「……スノリー。何か意見はあるか?
スノリーもこの方針で納得できるだろうか。」
ラルダが未だ発言をしていない内気な第5部隊長【スノリー】に確認を取る。
話を振られたスノリーは、ラルダの声に反応してその猫背を少し伸ばして、ラルダの方へと顔を向けた。
「あ、はい。いいと思います。
…………寂しいですけど、仕方ないですよね。また彼が復帰できるまで、僕も頑張りたいと思います。」
「寂しいよな。元気出せよ。」
複雑そうな顔で素直な本音を言ったスノリーに、黙れと言われたばかりのセゴット先輩が茶々なのか本気の心配なのかいまいち分かりづらい真顔で同調した。
恐らくスノリーは出動時に、何の狙いもなく、素で一番寂しそうな顔をしてしまうことだろう。
…………一部の層に爆刺さりするだろうな。儚げな容姿のスノリーは、妙に庇護欲をそそるところがあるからな。
全員の意思が確認できたところで、ラルダは力強く頷いた。
「本件に関する魔導騎士団の今後の方針と王宮への要請内容は以上としよう。」
そしてそれから、ラルダは嫌な予感しかないもう一つの議題へと突入した。
「──さて、続けて今後の臨時体制の構築に入る。
細かな調整は追って行うが、取り急ぎ決めなければならないのは『第1部隊長業務全般の代行』だ。
特に『第1部隊の訓練指導』そして『出動時の先導と戦闘時の統率』、『出動前後の事務処理』。これらを担う者を決めなければならない。」
◇◇◇◇◇◇
先ほどとは違い、場の空気は微塵も重くならなかった。
皆「分かっているから勿体ぶらずにさっさと言え」と言わんばかりに、もうすでに会議が終わったかのような顔をしていた。
そしてラルダは予想通り、今後の臨時体制の方向性を迷いなく口にした。
「──取り急ぎ、第1部隊長業務全般の代行は副団長【ドルグス】に一任したい。
第1部隊の戦闘特性、また何より部隊員の精神安定を考えてのことだ。現在の魔導騎士団においては、ドルグスが適任なのは間違いないだろう。
明日以降、副団長業務及び第1部隊長業務の分担の調整に入る。
皆にも少なからず負担を強いることにはなるが、この窮地を協力してともに乗り切ろう。
…………ドルグス、引き受けてもらえるだろうか。」
「………………………………承知。」
俺は精一杯の間を置いて頷いた。
状況を鑑みるに、これが現状の「最適解」であることは否めない。
たとえ今日この瞬間から俺の業務負担が激増しようとも、拒否権などないことは明白だった。
…………仕方がない。
もう9年近く前。きっと失意の中たった一人で王都に来たのであろう、あの若かりし頃の新人ベイン。
やる気の無さそうな死んだ目をした奴の大槌を一目見て、第1部隊への獲得を熱望したのは──他でもない、元・第1部隊長の俺だからな。
可愛い部下の馬鹿な一時休職の後始末は、責任を持ってつけるとしよう。
「とっとと復帰しろ。ベインめ。」
俺が恨み言を呟くと、ラルダはそれを合図にしたかのように、笑ってこの場を締めた。
「──以上だ。
では、残り時間約30分、各自部隊の訓練指導に戻れ。
30分後の全体集合時に、本会議での決定事項を私から団員に話すとしよう。──解散!」
後談までお付き合いくださり、ありがとうございました。
【関連作品・前日譚について】
今日明日で、魔導騎士団部隊長ベインの前日譚を、関連作品「婚約者様は非公表」にて投稿いたします。
長い作品なので最初から読むのは大変だと思います。ですので、ベインが登場する場面だけを知りたい方は以下の小話だけ覗いてみてください。
◇小話5-1、5-2「人生の休日を謳歌せよ」
本作最終話の前日譚。
ベインが魔導騎士団の先輩かつ部下と元部下の二人と過ごす、とある有意義な休日の話。
◇小話1-1 〜 1-4.5「国民感謝」シリーズ
魔導騎士団が国民の要望にお応えする、珍しいサービス労働の話。ベインはほんの少ししか登場しません。
通して読んだ方が分かりやすいと思いますが、ベインの名前が出てくるのは1-3、1-4、1-4.5 の3話です。