打ち切り漫画の勇者ですがせっかくなので自由にやらせていただこうかと思います
「あれが魔王城……」
勇者、ウチキーリ・ムジッヒは切り立った崖の上から、遠くそびえ立つ魔王城を睨む。
「待ってろよ……魔王。お前を倒して、世界を平和へと導くぜ!」
ウチキーリが地を蹴り、魔王城へ向かって勢いよく走り出す。その背後にでかでかと太い文字で煽り文が現れた。
――いよいよ最終決戦! 果たして勇者は魔王を倒せるのか!? ご愛読ありがとうございました!!――
そう、これは『勇者ウチキーリの大冒険』という漫画の最終回である。
全八話。思うように読者の支持を得られず、あえなく打ち切りとなってしまった作品だ。
煽り文が静かに消えて行くと同時に、駆けだした勇者が立ち止まり、その場に力なくへたり込む。
「……あーあ、終わっちまった」
そしてそのまま地面に大の字に寝転がる。
「読者もいねえ、作者もいねえ、編集もいねえ。打ち捨てられた世界で、俺はこれからどうやって生きて行けばいいんだろうな……」
ウチキーリはこれまでずっと、読者の目線を意識し、期待に応える為に破天荒な自分を演じたり、強敵と闘わされたりしてきた。
それも全て、この世界を長く続かせる為だったが、あえなく徒労に終わってしまったのだ。
流れの止まった川のような死にゆく世界で、これからウチキーリはどう生きていけばよいのかわからなくなってしまった。
「……せっかくここまで来たんだし、一応魔王に会いにいってみるか」
のそり、と起き上がると、ウチキーリは重い足取りで魔王城へと向かった。
♢ ♢ ♢ ♢
魔王城へ着くと、数多の魔物が先ほどのウチキーリのように地面に座り込んだり、横になっていた。
ウチキーリが側を通っても心ここにあらず、といった様子で見向きもしない。
本来なら次々にウチキーリに襲い掛かる、という役割があったのだろうが、どうやら彼らも打ち切りの事実から立ち直れずにいるようだ。
ガラガラの魔王城を突き進み、ウチキーリは最奥にある玉座の間にたどりついた。
「魔王、だな」
「……勇者か」
玉座のひじ掛けに頬杖をついたまま、魔王が力なく答える。
巨躯を漆黒のローブで覆い、力なく玉座に寄りかかったその姿は、魔王の威厳など欠片も感じることができない。
「決着をつけに来たぞ。……一応」
ウチキーリが背中の鞘から抜いた剣の切っ先を魔王に向けるが、魔王は微動だにしない。
「……今更そんなことをして何になるというのだ。この世界はもう誰も見てない。我々がここで激しい戦いを繰り広げようが、激戦の末にお前が私を打ち破ろうが、誰も喜ぶこともなく、なんの意味もなさない」
言い終えると、魔王は瞼を閉じた。それは全てを諦め、受け入れ、悟ってしまった者の悲哀に満ちた姿であった。
そんな魔王を見て、ウチキーリは諭すような口調で語りかける。
「そうだな。もう、この世界の神である作者も、観客である読者もいない。俺達の存在意義も、なくなってしまったのかもしれない。けどな……それは、自由になった、という風に言い換える事もできるんじゃないか?」
「自由……だと?」
「そうだ。俺がここまでやってきたのは悪いことをする魔王を討伐する為だ。魔王よ、お前はなぜ悪事を重ねてきたんだ?」
「それは私が悪役だからだ。悪役として読者を楽しませるという責務を負っているからだ」
「そうだろう。だが、読者がいなくなったことでその責務はもうなくなったんだ。ということは、俺達はもう好き勝手に生きていいってことじゃないか?」
「……そうなのだろうか」
「そうだとも。なあ、魔王。お前は、この世界で何をしたい? どうなりたい? よかったら俺に教えてくれないか」
「……私は、この世界で……」
魔王は考える。もう悪役として誰かを怒らせたり、誰かに憎まれたりする必要もない。
これからは自分の好きなように生きる事ができる。ならば自分がしたい事は……。
「……本当は。……本当は、私は誰とも争いたくはない。願わくば、人間達と手を取り合い、平和に暮らしてみたい……と、そう思っていた」
「ふっ。それがお前の本音か」
白い歯を見せ、嬉しそうに笑うと、ウチキーリは魔王に歩み寄り右手を差し出す。
「創っていこうぜ。俺達の理想の世界を、俺達の手で」
しばらくウチキーリの手を眺めていた魔王だったが、やがてためらうように自分の手を差し出す。
しかし、その手は途中でピタリと止まる。
「……良いのか。私はお前の故郷の村を滅ぼしたのだぞ」
「なぁに、『勇者の故郷の村は魔王によって滅ぼされた』ってコマが一話目にあっただけで、誰々が死んだ――なんて描写はなかったから問題ないさ」
「……そういうものなのか。ならば、共に創り上げよう。退屈で、面白みのない……平和な世界を」
「ああ」
こうして、勇者と魔王は力強い握手を交わした。
果たして彼らは、理想の世界を創り上げる事ができるのだろうか。
……それは、誰にもわからない。
なぜならこのお話は、ここで打ち切りだからである。
未完
お読みいただきありがとうございました。