お水さま
電話の呼び出し音がした。
自室の、机の前で私はスマホをとる。
陽菜だ。
私は電話をとる。
「私、陽菜」
「わかってるよ。どうしたの?」
「私、美優に謝らなくちゃいけないと思って」
「なに? なにを?」
「美優をあの沼に誘ったこと」
「もう行っちゃったんだから仕方ないよ」
「美優に怖い思いをさせちゃって」
「いいって」
「私たち、これからも友達?」
「当たり前じゃん。親友だよ」
「よかった。絶対だよ? 何があっても私を見捨てないでね」
「わかってるよ。また、明日ね」
「それは無理だと思う。私についてきたみたいだから。バイバイ」
プチっと電話が切れた。
『ぽちゃ』
また、背後で水の音がする。
カーテンの奥で、窓をたたく音がする。
ここは二階なのに。
なんだろうと思いながら、私はカーテンを開ける。
窓の外には、ずぶ濡れの人が立っていた。しかもたくさんの。
着物を着た昔の格好をした人、上半身裸の子供、釣り人、男の人、女の人、崩れてしまって性別のわからない、たくさんの顔。
わたしは声をあげてカーテンを閉めた。
『ぽちゃ』
水の音がして、頬に水滴が落ちてきた。
あの沼で感じた、水の腐った匂い。
私は天井を見上げた。
私は天井のそれを見て、全てを理解した。
そして、親友の陽菜だけには最期の挨拶をしなくてはと思った。
『お水さま』は単なるオカルト話ではない。
呪いとか、祟りとかそういった種類のものだ。
避けようも、逃げようもない。
そしてスマホを手にとる。
そのあと、陽菜からの電話を思い出した。
『わかってるよ。また、明日ね』
『それは無理だと思う。私についてきたみたいだから。バイバイ』
あなたの方が先だったのね、陽菜。
私は陽菜を思って目を伏せる。
私の額にまた一雫、液体が滴った。
嫌な予感がして、私は天井を見上げる。
天井には、もう動くことのない陽菜の顔が生気を失った表情で浮き出ている。
目元からは液体が溢れ、頬へと赤い筋を垂らす。
そのあと私の頬に落ちてきて、愛おしそうに鉄の香りを漂わせる。
『ぽちゃ』
「陽菜」
目の奥の方から押し寄せる、涙を必死で抑え込む。
「友だちだからね。私も、すぐに行くよ」
私は悟ったかのように、静かに目を閉じた。
恐怖の描写が少ないので、少し変えてみました