祠
林の奥深くから、涼しい、けれどどこか湿った風が流れてくる。
この暑い季節に涼しい風は心地良いはずなのだけれど、湿度が高いせいか居心地の悪い風。
なぜか背筋に冷たいものを感じる。
蝉の声、鳥の囀りが消えた。
「ねえ、さっきから結構歩いているけど沼ってないよね」
私は持っていたハンカチで額を拭う。頬を撫でる風はそこまで熱くない。けれども、なんだか嫌な汗がひたいをつたう。
「ね。林だけだよね。やっぱりただの噂なのかな。そもそも沼なのに『お水さま』って」
少し疲れた声で陽菜は答える。
「やだ」
陽菜はいきなり立ち止まって息を呑む。
「あれ、なに?」
陽菜の指の先には、石でできた小さな祠が山道の傍に山のように積み上がっている。
「いらなくなった祠?」
私は見たままを答える。
「待って美優。祠はわかるけど、いらなくなったってどういう事?」
「新しくした……とか」
それにしては数が多すぎると思いながら答える。
「神様のいた場所だよ? 普通はこんな乱雑に野晒しにしないよ」
手を左右に振る陽菜。
「そうだね。ちょっと不気味。帰る? 陽菜」
「ううん。ここまで来たんだし、ねえ美優? 道があるって事は人が入っているって事じゃない? 放置されているとはいえ祠もあるし」
「そうだね。でも遅くなると嫌だからもう少しだけ進んだら帰るからね。こんな林の中を暗くなってから歩くのって、いくら陽菜のほっぺが報酬でも割りが合わないよ」
陽菜が無邪気に微笑んだ。
「もう少しだけね」