噂の林へ
学校の正門から出た私たちは、裏手の林に向かって商店街の脇を歩いていく。
夏らしい青い空には、真っ白な入道雲がもくもくと浮かんでいる。
もうすぐ夏休みだと私は思った。
私たちの街はそんなに田舎ではない。
学校の前には小さいながらも商店街があるし、その先は住宅街が広がっている。
タワーマンションはひとつもないけれど、特段なにか不便に感じることはない程度のいわゆる郊外の住宅地だ。
けれど、なぜか学校の裏手には、森といってもいい程の鬱蒼とした林が広がっている。
私は親の都合で小学生の頃にこの近くに引っ越してきたのだけれど、森とか林とかが大好きなはずの男子でさえこの林に入ったという話を聞いた事がない。
そして、当然私もこの林に入ることはないと思ってきた。
陽菜に誘われた、今日までは。
ほんのり湿った夏の風が、ブラウスの袖に絡んでから後方に流れていく。
「ねえ、陽菜。私その林に入ったことないんだけど、どこから入るの?」
夏の日差しに疲れを感じながら、私は聞いてみた。
「ん。部活の先輩に聞いたら、この先に遊歩道があるらしいよ」
振り向きざまに陽菜が答えた。
陽菜のスカートは校則で決められた長さよりかなり短い。
こんな暑い夏は、この長さの方が勝ちだなと思う。
右手に林、左手には庭の大きな一戸建てが建ち並ぶ、すこし高級な住宅街。
そんな街並みを二人で歩く。
アスファルトの照り返しがたまらない。
と、林の合間に、砂利で舗装された小道が見えてきた。
「ここ、ここ。ここから入るらしいよ」
陽菜は、これ以上ない笑顔だ。
「でもさ、部活のみんなが入っているんだったら、話を聞くだけで良いんじゃない?」
小道から流れてくる、少し涼しい風を感じながら、陽菜に質問する。
「部活のみんな、林には入っていないよ。噂だけ」
「そうなんだ。この林ってさ、人が入ったって聞いたことないから」
「私も聞いたことない。中学で引っ越してきてから」
木の葉の揺れる音がして、陽菜のポニーテールがその風になびいた。
入り口である小道の端になにか立て看板があったけれど、その字はかすれてしまっていて書いてある内容はわからなかった。