放課後の教室で
「ねえ、お水さまって知ってる?」
半分居眠りしながらホームルームをやり過ごし、『やっと帰れるか』と思っていた矢先に、陽菜がニヤケながら話しかけてきた。
「お水さま? 知らないよそんなの。キャバクラとかの人?」
私は机の上を片付けながら、そんなわけないと思いながらも一応会話の常道としてボケておく。
「そんなわけないじゃん。かなり広まっている噂なんだけどな」
不満そうな顔をしながら、陽菜は眉のちょうど上にある前髪を整える。
なに髪直してんのよ。おまえの興味もその程度のものじゃん、と思いながらも陽菜のやわらかそうなほっぺに人差し指を刺しながら、私は聞いてみる。
「知らないって。気になるじゃん、お水さまってなに?」
「幽霊だよ。違うかな、お化け?」
「なに、陽菜。幽霊とお化け、いっしょだって」
笑いながら私は返す。
「あ、そうか。妖怪的な?」
陽菜は前に突き出した両手を下に向ける。
「そのポーズ、妖怪じゃなくてお化けなんですけど、ウケる」
私は笑いながら陽菜のほっぺをぷにぷにする。
「最近、部活で広まっている噂なんだけど、学校の裏に林があるじゃん?」
今度は制服のリボンを整えだす陽菜。
「あー。あるある。なんか暗いし蚊がいそうだし、行ったことないけど」
「美優、先帰るね。バイバイ」
几帳面にも私に帰りの挨拶するクラスメイト。
「バイバイ。明日ねー」
私は軽く手を振って挨拶を返す。
「ちょっと、美優。聞いてる? でね、その奥に沼があるらしいの」
「あー。はいはい。沼ね」
「そこに学校帰りに寄ると、お水さまがついてくるらしいの」
「ふーん。で、結局お水さまって何? 背の高い女? ぽっぽ言ってる?」
「やだ美優。それ八尺様」
手を叩きながらコロコロ笑う陽菜。こいつ、ボケると反応いいんだよな。
「それがね、わからないのよ。分かってるのはお水さまがついてくるって事だけ」
ふいに窓の外、遠くを眺める陽菜。
「ちょっと陽菜、林の方を見てる?」
この顔はいつもの顔だ。私にこの話を振ってきたのも当然そういう事だ。
「ん。ちょっと行ってみたいなって。一度気になったらとことん調べるのが私なのだ」
陽菜は全く悪びれた様子のない、もっと言えば天使の様な笑顔でこちらを見返した。
一応私は聞き返す。
「私を誘ってるの?」
「え? やっぱり一緒に来てくれるの? さすが美優。さすがに一人は怖いんだよね」
陽菜は満面の笑顔だ。
「まあ、ほっぺも触らせてもらったしね」
学校からも近いし、まあそんなに時間はかからないだろうと、私はあきらめた表情でうなずいた。