黙っていられない
ポップコーンの味が、やけに薄かった。
映画を見ながら、笑ったり泣いたりするべきなのに、
私の意識は、スクリーンじゃなく、隣に座るブタオと、反対側の紗英に向いていた。
今日のあの子――明らかに様子がおかしい。
玄関でブタオと二人で戻ってきたときの笑い方。
あれは“誰かに見せるための顔”だった。
私は、そういうのを見逃さない。
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映画が終わったあと、紗英がトイレに立った。
私はそのタイミングを逃さなかった。
「……ちょっといい?」
洗面所。
紗英は鏡を見ながら前髪を整えていた。
いつも通りの、ふわっとした仕草。だけど――目は笑っていない。
「なに?」
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「今日、舞太夫と、なんかあった?」
「……なにそれ。嫉妬?」
「は?」
返された言葉に、一瞬で血が熱くなった。
「陽菜ちゃんも、舞太夫のこと好きなの?」
「ちょっと待って。“も”って何?」
私は、ひとつ深呼吸して、それでも止まらずに続けた。
「……あんた、ブタオのこと、好きなの?」
紗英の手が、髪から離れる。
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「さあ、どうだろ。どう思う?」
とぼけた声。でも、顔が笑ってない。
「答えになってないじゃん。はっきりしなよ」
「陽菜ちゃんこそ」
その返しに、私の胸が一瞬つかえた。
でも、ちゃんと返した。
「私は……舞太夫のことが“心配”なだけ」
言いながら、自分の声が少し震えてるのを感じた。
「変わろうとしてるのに、誰かに茶化されて、またあいつが傷つくの、見たくないだけ」
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沈黙。
水の音も止まった洗面所で、紗英はしばらく鏡を見つめていた。
「……陽菜ちゃんって、優しいんだね」
「優しいとかじゃないよ。
誰かの軽い気持ちでまた心が壊されるのを見たくないんだよ」
強く言いすぎたかもしれない。
でも、言わなきゃダメだった。
私は分かってる。
あいつは、自分を許すことすらできてない。
そんな時に、紗英みたいな“よく分かんないままの好意”で近づかれたら――また塞ぎ込むに決まってる。
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リビングに戻ると、ブタオはスマホを見ていた。
何を見てるのかは分からないけど、背中がほんの少しだけ丸まってた。
私は、その隣に静かに座った。
何も言わない。言えない。
でも、黙って見てるだけなんて、もう嫌だった。