試される距離
月曜日の放課後、僕は久しぶりにリビングにいた。
陽菜の提案で、学校帰りにうちに寄って、映画を見ることになっていたからだ。
「ネットで見たんだけど、この映画さ、めっちゃ泣けるんだって!」
「陽菜、泣ける映画好きだよな」
「そーそ。あんたも、ちょっとは感情出しなさいよ」
いつも通りの、賑やかな陽菜。
けれど、その日の彼女は、ほんの少しだけ、ピリついていた。
理由は、すぐに分かった。
⸻
「お邪魔しま〜す♡」
軽やかな声と共に、紗英が現れた。
レースのついたシャツ、春っぽいロングスカート。
まるで誰かと“デート”するかのような装いだった。
「陽菜ちゃん、来てたんだ」
「……うん、まあ」
「なんか、あんたらって一緒にいる率高くない?」
「昔から仲いいからね」
ふわっと笑う紗英の横顔に、
陽菜の視線が一瞬、鋭くなる。
⸻
「ねえ、舞太夫くん、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「え?」
「玄関に荷物置いてきちゃって。持ってきてくれる?」
「え、俺が?」
「女の子一人じゃ重くてさぁ〜、お願い♡」
明らかに不自然な理由だった。
でも、断る理由もない。
僕は立ち上がって、紗英の後をついていく。
⸻
廊下に出ると、紗英はふいに立ち止まった。
「……ねえ、最近、ちょっと変わったよね」
「え?」
「髪とか、姿勢とか。なんか…前よりちゃんとしてる」
「陽菜がいろいろしてくれてるだけ」
「ふーん、そっか。……あの子って、さ」
「ん?」
「舞太夫くんのこと、好きなのかな」
その言葉に、僕は返事ができなかった。
紗英は笑っていたけれど、その目はどこか試すようだった。
⸻
リビングに戻ると、陽菜はテレビの前でポップコーンを抱えていた。
僕らを見るなり、ぴくっと小さく眉を動かす。
「荷物って?」
「――なかった。忘れてきたみたい」
紗英が笑って答えたその瞬間、
陽菜の表情がほんのわずかに、曇った。
その笑顔は、
“全部気づいてるけど黙ってる”笑顔だった。
⸻
映画が始まっても、三人の間に流れる空気はどこかぎこちなかった。
陽菜は、僕の隣にぴったり座り、ポップコーンを差し出してくれる。
一方で紗英は、反対側に座りながらも、何度も僕の横顔を見ていた。
スクリーンの中では、登場人物たちが愛を語っていた。
でも、僕たちの間では、言葉よりも重い沈黙が流れていた。