揺れる距離感
昔から、私は「かわいいね」って言われるのが当たり前だった。
ママにも、おばさんにも、クラスの男子にも、
それから――優翔くんにも。
私は“そういう存在”だった。
明るくて、誰にでも笑顔を向けて、みんなに好かれる女の子。
それが、揺らぐなんて思ってなかった。
⸻
日曜の午後、いつものように佐藤家に遊びに来た。
「こんにちは〜♡」と笑って玄関をくぐった私は、
リビングで“見知らぬ誰か”と目が合って――一瞬、足が止まった。
その誰かは、佐藤舞太夫だった。
信じられないくらい、変わっていた。
もっさり髪が整っていて、眼鏡の奥の目元がはっきり見える。
背筋もなんだか、前より少しだけ真っ直ぐだった。
「……なにそれ。髪」
「陽菜に切ってもらった」
たったそれだけの会話なのに、私は自分の声が少し上ずっていたことに気づいていた。
⸻
その後も、妙だった。
優翔くんと話しているときは、いつもの自分でいられるのに、
ブタオが視界に入るたびに、心のどこかがざわつく。
あいつ、普通に話せそうな顔になってるじゃん。
……いやいや、だから何? 私が気にすることじゃない。
「陽菜ちゃんって、美容師目指してるんでしょ?」
「うん、見習い中みたいだけど」
「ふーん……意外と本気だったんだね、あの子」
口調がトゲっぽくなる。
陽菜に嫉妬してる? ……そんなの、意味分かんない。
⸻
その夜。
私は、自分の部屋の鏡の前で、今日の巻き髪をチェックしていた。
完璧なはずの自分が、なぜかぼんやりとして見える。
スマホを取り出して、優翔くんとのLINE履歴を見返す。
「かわいいね」「今度遊ぼうね」――
全部スクロールして、少しだけ安心する。
私は優翔くんが好き。
そう、自分に言い聞かせる。
でも、心のどこかで“違うかも”という声がした。
⸻
昔のことを思い出す。
中学の頃、あの人――ブタオがまだ痩せてて、明るくて、人気者だった頃。
私は、彼の近くにいたくて、少しだけおしゃれしてた。
それなのに、彼は突然変わった。
太って、暗くなって、誰とも話さなくなった。
私はそれを、「幻だった」ことにした。
全部なかったことにして、「優翔くんが好き」って思い込んだ。
優翔くんは変わらない。
ずっと、完璧なまま。
そういう人が好きでいれば、私は安心できると思った。
⸻
(……でも)
今日のブタオは、また“知らない人”みたいだった。
過去の自分が揺さぶられる感じ。
何かを思い出しそうになる感じ。
そんな自分が、正直こわい。
「……めんどくさ、自分」
小さくつぶやいた声が、鏡に反射した。