夢の中の教室
夜、僕は久しぶりに夢を見た。
それは、見覚えのある教室だった。
机が整然と並び、窓の外から差し込む陽の光が、床にまっすぐな影を落としている。
制服を着た僕は、まだ痩せていた。
整えた髪、細い首、軽やかな歩き方。
自分で言うのもなんだけど、悪くなかった。
いや――むしろ、眩しかった。
「佐藤くん、おはよう」
声がした。
僕の背後から、小さな笑い声がふわりと届く。
振り返ると、そこには彼女がいた。
制服のリボンを指でくるくるといじりながら、少しはにかんだ表情。
目が合うと、彼女はすぐに逸らして、それでも嬉しそうに微笑んだ。
名前は――思い出せない。
いや、本当は思い出したくないだけだ。
彼女の声も、顔も、全てがやけに柔らかくて、温かくて、怖かった。
「ねえ、佐藤くんってさ、将来の夢とかあるの?」
「んー……特にないけど、今が楽しいからいいや」
「そっか。うん、それもいいと思う」
「……でも、君は?夢とかあるの?」
「わたしは――」
言いかけたその瞬間、風が教室の窓をバンと叩いた。
風に乗って、カーテンがばさりとめくれる。
音が、全てをかき消す。
光が、色を奪っていく。
気づけば、彼女の姿は教室から消えていた。
⸻
目が覚めたとき、僕は天井を見つめたまま、しばらく動けなかった。
夢だった。
それも、ずいぶん昔の記憶を引っ張り出してきたような、不自然に綺麗な夢。
でも、そこに映っていた彼女は――
「……まだ、笑ってたな」
僕は起き上がって、カーテンを少しだけ開けた。
夜の空。風もない。星もない。
だけど、どこかで何かが動き出している気がした。
スマホを手に取って、SNSのタイムラインを眺める。
アニメの感想、ゲームのバグ報告、誰かの飯テロ。
その中に、ひとつだけ、妙に引っかかる投稿があった。
「駅前の点字ブロック、今日も誰かが花を置いてた。あれ、毎月同じ日。何かの記念日?」
心臓が、ひとつだけ脈を打ったような気がした。
点字ブロック。花。記念日。
「……関係ない。偶然だ」
そう言って、僕はスマホを伏せた。
でも胸の奥で、“あの笑顔”が消えずに残っていた。
⸻
夜の駅前。人気のない歩道に、ひとりの少女が立っていた。
長い髪が風に揺れ、細い指が手帳をなぞっている。
点字ブロックの端に、小さな花束がそっと置かれていた。
彼女はそれに手を添えて、優しく笑った。
「今日も、覚えてるよ」
その目は、もう――何も映していなかった。