表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/110

日常



 はるか、ごめん。


 その一言が、毎朝、目覚めと共に喉の奥から滲み出てくる。

 夢の中で会ったわけじゃない。昨日も思い出したわけじゃない。

 ただ、それはもう、呼吸みたいなものだった。


 僕の名前は、佐藤舞太夫さとう ぶたお

 一歩も外に出ず、ゲームとアニメと共に過ごす、いわゆる“引きこもりオタク”だ。

 身長175センチ、体重120キロ。メガネ。もっさり髪。

 いろいろ言いたいことはあるだろうけど、まず言っておく。

 ――僕は、幸せだ。


 カーテンは閉めっぱなし。

 机には山積みのペットボトルとカップ麺の残骸。

 パソコンの画面には、昨夜までプレイしていた美少女育成RPGが光ってる。

 天国だ。いや、もはや楽園。


 「兄さん、また布団の中でスマホゲームしてるでしょ」


 部屋のドア越しに、弟の優翔ゆうとの声が響いた。

 こいつは僕と正反対。スポーツ万能、成績優秀、そしてめちゃくちゃイケメン。

 おまけに性格もいいという、もはや神のチートキャラ。

 でも、そんな彼が僕に嫉妬する唯一の点――


 「兄さんって、なんか人生楽しそうだよな」


 ……うん、それは否定できない。


 「陽菜が迎えに来てるよ」

 「……無視してて」

 「めちゃくちゃノックしてるけど」

 「聞こえないふりしてて」


 ドアの向こうでは、幼馴染の陽菜がガンガンにドアを叩いてる。

 「開けなさい!ブタオーッ!今日こそ外に連れ出すからね!!」

 声がでかい。足音もうるさい。圧がすごい。

 でも、なんか……嫌いじゃない。


 バンッ!


 「勝手に開けるわよ!!」

 勢いよくドアが開いて、陽菜が土足(※気持ち的に)で部屋に踏み込んでくる。


 「うっわ……くっさ。なにこれ、カップ麺の墓場?布団と机の境界線がないってどういうこと!?」

 「お前な、朝からうるせえぞ……」

 「ほら!今日こそ出かけるよ!駅前のアニメイトまでくらいなら行けるでしょ!」

 「え、それ俺が一番行きたいやつじゃん」

 「じゃあ着替えて!」

 「行かないけどな」

 「うるっさい!!」


 部屋の外から、父の低い声が飛んできた。


 「陽菜、騒がしいぞ。隣に響く」

 「すみません、信義さん!でも舞太夫が――」

 「“また”じゃなくて、“いつも通り”だろ」

 「……さすがです」


 父・信義は、少ない言葉で核心を突くタイプだ。

 厳しくはない。むしろ放任主義。でも、家族の誰よりも僕のことを見ている。


 「舞太夫、朝飯食ってけ」

 「……もう食った」

 「うそつけ。昨日のゴミ、優翔から聞いた」

 「アイツほんとチクるよな……」


 「兄さん、自分の足音でバレてるんだよ」

 「お前な、そういうとこ冷静でイラつくんだよ」


 リビングから、今度は母の声。


 「舞太夫~、わかめと豆腐のお味噌汁、どっちがいい?」

 「わかめ」

 「じゃあ豆腐ね~」

 「聞いた意味とは?」


 母・美月は、家族の太陽みたいな人だ。

 美人で優しくて、天然で、たまに怖い。

 僕の引きこもり生活を肯定するわけじゃないけど、否定もしてこない。


 食卓には、陽菜と優翔と僕。

 そこに父と母が加わって、なんとなく家族の形が整う。

 どこにでもある、ちょっと賑やかな朝ごはん。


 ――はずなのに、

 僕の中には、いつも“ある言葉”がくすぶっている。


 「はるか、ごめん。」


 それは、朝ごはんの味をほんの少しだけ苦くする。

 そして今日も、変わらない日常が始まる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ