手のひらに残る温度
四月の風が、キャンパスの桜の花びらをさらっていく。春は新たな出会いと始まりを連れてくる、と誰かが言っていた。だが一色勝にとってそれは、終わりに向かうための助走のようだった。
彼は今、大学の購買で売られていた薄紫のラッピングペーパーの小箱を握っていた。
その中には、小さなブレスレット。ガラスビーズと銀のプレートが連なるシンプルなデザインで、中央には小さく“Lily”と彫られている。
(彼女の好きな花。中学時代の卒業文集でそう書いてた)
勝はえりのことを、文字通り隅々まで記憶していた。何を好み、何を避け、どういう仕草をするのか。生まれた日、使っていたリップ、SNSの過去の投稿、投稿時間、友人との会話の傾向……。
それらの断片から導き出した最適解が、今日のこのプレゼントだった。
星見えりの誕生日は四月六日。もう過ぎているが、勝は遅れても構わないと考えていた。むしろ、周囲の友人たちが祝ってくれた後で、ひっそりと差し出すことで印象を深められる。
(特別になりたい。誰よりも)
講義のあと、えりはカフェテリアの入り口でスマホを見ていた。勝は一瞬ためらったが、意を決して声をかけた。
「星見」
「あっ、一色くん。どうしたの?」
「これ……。お前、誕生日だったろ。遅くなったけど、プレゼント」
「え? うそ、覚えてたの? ありがとう」
えりはにこりと笑って、プレゼントを受け取った。
それだけだった。
ラッピングも開けず、中身も見ず、手元に置いてあったドリンクの横に置かれる。それがまるで、受け取ったプレゼントではなく、何の感慨もない配布資料のように見えた。
「……気に入ると思って」
「うん、ありがとう。そういえばさ、来週のゼミさ、発表順変わったらしくてさ――」
話題はすぐにゼミのことへとすり替えられた。まるで勝が差し出した思いそのものが、彼女の中では何の意味も持たなかったかのように。
*
夜、ベッドに寝転んだまま、勝は天井を見つめていた。
(……どうして開けてくれなかったんだ)
大切に選んだはずだった。何度も自分の脳内でシミュレーションした。どんな反応をしてくれるか、どんなふうに笑うか、どんな声でお礼を言ってくれるか。
それらは、すべて幻だった。
スマホの画面を開く。ホーム画面に登録してあるフォルダ《Eri》には、えりに関する情報がびっしりと詰まっている。顔写真、動画、SNSの保存データ、好きなカフェ、好きな服のブランド、そして、今日の彼女の笑顔。
その笑顔が、勝には偽物のように見えた。
(俺じゃなくても、同じように笑うのか)
そのとき、ふと記憶の奥が震えた。
*
――「え、選ぶの? 私が?」
高校一年の冬、クリスマスが近づいた街で、塩見りえはそう言って目を丸くした。
「だって、女の子がもらって嬉しいものなんて、俺には分からないし」
「でも、えりちゃんにでしょ? ……うん、任せて。絶対、喜んでくれるの選ぶから」
りえは笑って、雑貨屋へと入っていった。
何度も鏡で商品を当ててみては「これはちょっと大人っぽすぎるかも?」「こっちは可愛いけど、日常で使いにくいかな」と、真剣に考える姿に、勝はふと目を細めた。
「お前、そうやって悩むの、楽しそうだな」
「うん。だって……私も、嬉しいもん」
「何が?」
「“大切な人のことを想って、何かを選ぶ”って、すごく幸せなことだから」
その言葉が、なぜか妙に胸に残っていた。
*
(あのとき、りえはもう――)
気づかないふりをしてきた。りえの気持ちに、応えられないことを、分かっていながら見ようとしなかった。
でも、今になって思う。りえが向けていた眼差しは、決して“友情”のそれではなかったと。
目を閉じると、プレゼントを手にして笑う彼女の顔がよぎる。
星見えりではなく、塩見りえの顔だった。




