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イベリスの鎖  作者: Amit Tsu
第1部 再会の渇望 
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さざ波の輪郭


 昼下がりの講義室。まばらに座る学生たちの中で、一色勝は教科書を広げながら、前方の席にいる“星見えり”の背中を見つめていた。


 彼女の首筋にかかる、黒髪。肩までの長さは、中学のころとほとんど変わっていない。けれど、振る舞いも、言葉遣いも、どこかが違っていた。


「みんな~! ここのノート、共有しておくからあとで見てねー!」


 えりが明るい声でそう言うと、周囲の学生たちから歓声と拍手が上がった。


「マジ助かる! 神かよ、星見さん!」


「えり様~!」


 大学生らしい砕けた空気。勝もまた、顔には作り笑いを浮かべていた。


(俺の知ってる、星見えりじゃない)


 彼女はこんなに誰かに好かれようとしなかった。誰にでもフレンドリーなところはあったが、そこに媚びはなかったはずだ。


 今目の前にいるのは“星見えりの顔をした別人”。その思いが、日を追うごとに強くなっていく。


「……それでも、俺のえりはここにいるんだ」


 勝は呟くように言った。


 *


「へぇ〜、一色くんってえりと中学一緒だったんだ?」


 講義後、グループの一人、秋田という男子がそう言って勝の肩を叩いた。


「うらやましいなー、ああいう子と昔から知り合いって。俺、高校でも女子と話すとかマジ無理だったわ」


「……まぁ、別にそんなに仲良くはなかったけどな」


 勝はそっけなく返したが、内心では秋田の存在がひどく目障りだった。


(何の資格があって、えりの名前を軽々しく呼ぶ?)


 勝がどれだけの努力でこの“姿”を手に入れたと思っている?


 中学時代、えりがくれたたった一言の優しさ。その一言が、彼をここまで変えた。


「お前、星見と一緒にゼミの旅行申し込んだんだって?」


「え? ああ、まあ……」


「お前も来るよな? 一色くん、モテそうだし。あ、でも星見は譲んねーからな、ははっ」


 笑い声と共に去っていく秋田の背中を見送りながら、勝は思った。


(星見を譲らない、だと……?)


 笑うな。触れるな。話すな。

 ――俺のえりに。


 *


 夜、自室のベッドに横になったまま、勝はスマートフォンを見つめていた。


 SNSには、えりとそのグループの写真が上がっていた。飲み会の帰りらしい。楽しそうに笑うえりの横には、秋田がいた。


 その笑顔が、どうしようもなく、勝の中で何かをかき乱す。


(俺のために、笑ってくれよ)


 勝はスマホを伏せた。思わず強く握ってしまい、画面が軋む音がした。


 そんなとき、不意に思い出すのは――高校時代のことだった。


 *


「ねえ、どう? 今日のコーデ」


 休日のショッピングモール。塩見りえが、くるりと一回転して勝に服を見せた。


「ん……。黒とグレーで揃えてるのはいいけど、ちょっと地味すぎるかな。あと、この靴、少しカジュアルすぎてバランス悪い」


「おお~、さすが勝。ほんと、女の子の服よく見てるね!」


「……りえが付き合ってくれたから、目も慣れたんだと思うよ」


 その言葉に、りえは目を細めて笑った。


「ね、勝。もしさ、私が男だったら、こういう日、デートって思ってもいい?」


「……なに言ってんだよ。そもそも女だし、男だったらって意味ないし」


 冗談めかしたりえの質問に、勝は笑って返した。


 りえも笑っていた。でもその瞳の奥に、勝は気づかない痛みがあった。


 *


(俺は、何も見てなかった……)


 今、そう思ってももう遅い。あの時の優しさを、ちゃんと向き合うことができていたら。


 いや、違う。俺が見ていたのは、ずっと“えり”だけだった。最初から。


 だからこそ、失うわけにはいかない。


 どんな手を使ってでも、手に入れる。

 たとえ相手が“偽物”だったとしても、俺のものにする。


 そう決めていた。


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