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その後の、誰か
白い廊下を歩く女性の姿があった。季節は春、窓の外では淡い桜が風に舞っている。
女性は病院の小児病棟で、絵本の読み聞かせを終えると、ふと自分の胸元に手を添えた。そこには、何もない。ただ静かに、鼓動だけがそこにある。
「次の本も、楽しみにしてる」
子どもが無邪気に笑う声が響く。
女性は微笑んだ。名前を変え、過去を閉じて、まるで誰かの人生を歩くように生きている。それでも、ときおり夢に見る。
──名も、顔も、覚えていない“誰か”を。
あれが本当の愛だったのか、それは今もわからない。けれど、確かに心が疼くのだ。誰かになろうとして、誰でもなかった自分が、誰かを愛していたということを。
だから今日も彼女は静かに歩く。誰かのようで、誰でもない“私”として。




