女の子になれるための研究
昼下がりのキャンパス。食堂の外に設けられたテラス席で、勝は星見えりと相席になっていた。
「ここの唐揚げ定食、マジで侮れないよ〜! 衣がカリッカリでさ、タレも絶妙!」
「へえ、そうなんだ。俺、昨日はカレーだったけど……次、試してみようかな」
「うんうん、絶対食べてみて! で、感想聞かせて?」
“星見えり”は、明るく笑っている。
あの中学時代の静かな雰囲気はどこへ行ったのかと、勝はふと疑問に思った。けれど、それはすぐに打ち消される。
――人は変わる。俺も変わった。彼女だって、そうだろう。
自分を肯定するように、勝は水の入ったグラスを口に運ぶ。
その手は、決して震えてなどいない。
「好きな人の好みに近づく」こと。
それが、勝が高校時代に最も重視していた“戦略”だった。
そしてその研究と実践には、誰よりも親友・塩見りえの協力があった。
*
放課後のショッピングモール。
女子向けのアパレルショップが並ぶフロアで、勝は心底、居心地の悪さを感じていた。
そんな彼の隣を歩くりえは、楽しげな声で言った。
「こういうところ、慣れていかなきゃダメだよ〜。女の子は服だけじゃなくて、細部のセンスで男の価値を見てるんだから」
「……でも、やっぱり俺、浮いてないか?」
「だーいじょうぶ。今日は“私の買い物につきあってる彼氏役”って設定なんだから、むしろ馴染んでるって」
冗談っぽく笑ったりえに、勝もつられて苦笑した。
その設定の意味を、勝は“冗談”として受け取った。
だがりえにとって、それは「叶わない願い」のひと欠片だった。
「このトップス可愛くない? えりちゃん、こういう襟付きの服、よく着てたでしょ」
「あ、確かに……うん、似合いそうだよね」
「じゃあ、こういう系の服が好みってことになるね。清楚系、ふんわり女子、清潔感大事。ちゃんとメモしてる?」
「してるしてる……頭に」
「じゃあ次、下着売り場ね」
「……は?」
唐突な言葉に勝が固まると、りえはニヤリと笑った。
「女の子ってね、付き合ったあとに彼氏が自分の“下着の系統”を知ってたら、意外と好感度上がるの。知識だけでも入れとこ?」
勝は顔を赤くして、下着売り場の奥へ引きずられていった。
結局、その日はりえの主導で、カフェでのエスコートの仕方、褒めるべきポイント、距離感の詰め方、髪の香りにさりげなく反応する方法など、徹底的に“女の子の恋愛目線”を叩き込まれた。
そして帰り際、りえは歩道橋の上で立ち止まり、小さな声で言った。
「勝って……ホントに、変わったよね。えりちゃんのために、努力してて、すごいなって思う」
「りえの協力があったからだよ」
「……そっか。じゃあ、私の努力も報われてるんだね」
「うん。すげぇ、感謝してる」
「……ありがと」
その夜、りえが自分の部屋で泣いたことを、勝は知らない。
彼女にとって今日一日が、人生で数少ない「幸せな記憶」だったことも。
*
現在に戻る。
食後、えりは小さなカップのプリンを嬉しそうに口に運んでいた。
「ん〜〜、これ美味しいっ!」
「……甘いの、好きなんだ?」
「うん、最近は特に。なんか、味覚変わったのかな〜」
その一言に、勝はピクリと反応した。
中学時代、彼女は甘いものが苦手だったはずだ。チョコレートさえ残していた記憶がある。
――変わった。そう思えば、納得できる。
だが、その変化はほんの少しずつ、勝の中に「違和感」として積もっていく。
喋り方、食べ物の好み、笑うときの表情――どれも“本物のえり”と微妙に違うような気がしてならない。
だがその違和感を、勝は自分の“想い出補正”だと片付けてしまう。
「えりって……さ。最近、なんか変わったよね」
「えっ? いい意味? 悪い意味?」
「いい意味、だよ。明るくなったっていうか。大学でも人気出そうだな、って」
「……ありがと。嬉しい」
彼女はそう言って笑った。その笑顔に、ほんのわずか、沈んだ影が差していたことを――勝はまだ気づかない。




