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イベリスの鎖  作者: Amit Tsu
第1部 再会の渇望 
3/33

女の子になれるための研究


 昼下がりのキャンパス。食堂の外に設けられたテラス席で、勝は星見えりと相席になっていた。


「ここの唐揚げ定食、マジで侮れないよ〜! 衣がカリッカリでさ、タレも絶妙!」


「へえ、そうなんだ。俺、昨日はカレーだったけど……次、試してみようかな」


「うんうん、絶対食べてみて! で、感想聞かせて?」


 “星見えり”は、明るく笑っている。

 あの中学時代の静かな雰囲気はどこへ行ったのかと、勝はふと疑問に思った。けれど、それはすぐに打ち消される。


 ――人は変わる。俺も変わった。彼女だって、そうだろう。


 自分を肯定するように、勝は水の入ったグラスを口に運ぶ。

 その手は、決して震えてなどいない。


 「好きな人の好みに近づく」こと。

 それが、勝が高校時代に最も重視していた“戦略”だった。

 そしてその研究と実践には、誰よりも親友・塩見りえの協力があった。


 *


 放課後のショッピングモール。

 女子向けのアパレルショップが並ぶフロアで、勝は心底、居心地の悪さを感じていた。

 そんな彼の隣を歩くりえは、楽しげな声で言った。


「こういうところ、慣れていかなきゃダメだよ〜。女の子は服だけじゃなくて、細部のセンスで男の価値を見てるんだから」


「……でも、やっぱり俺、浮いてないか?」


「だーいじょうぶ。今日は“私の買い物につきあってる彼氏役”って設定なんだから、むしろ馴染んでるって」


 冗談っぽく笑ったりえに、勝もつられて苦笑した。

 その設定の意味を、勝は“冗談”として受け取った。

 だがりえにとって、それは「叶わない願い」のひと欠片だった。


「このトップス可愛くない? えりちゃん、こういう襟付きの服、よく着てたでしょ」


「あ、確かに……うん、似合いそうだよね」


「じゃあ、こういう系の服が好みってことになるね。清楚系、ふんわり女子、清潔感大事。ちゃんとメモしてる?」


「してるしてる……頭に」


「じゃあ次、下着売り場ね」


「……は?」


 唐突な言葉に勝が固まると、りえはニヤリと笑った。


「女の子ってね、付き合ったあとに彼氏が自分の“下着の系統”を知ってたら、意外と好感度上がるの。知識だけでも入れとこ?」


 勝は顔を赤くして、下着売り場の奥へ引きずられていった。


 結局、その日はりえの主導で、カフェでのエスコートの仕方、褒めるべきポイント、距離感の詰め方、髪の香りにさりげなく反応する方法など、徹底的に“女の子の恋愛目線”を叩き込まれた。


 そして帰り際、りえは歩道橋の上で立ち止まり、小さな声で言った。


「勝って……ホントに、変わったよね。えりちゃんのために、努力してて、すごいなって思う」


「りえの協力があったからだよ」


「……そっか。じゃあ、私の努力も報われてるんだね」


「うん。すげぇ、感謝してる」


「……ありがと」


 その夜、りえが自分の部屋で泣いたことを、勝は知らない。


 彼女にとって今日一日が、人生で数少ない「幸せな記憶」だったことも。


 *


 現在に戻る。

 食後、えりは小さなカップのプリンを嬉しそうに口に運んでいた。


「ん〜〜、これ美味しいっ!」


「……甘いの、好きなんだ?」


「うん、最近は特に。なんか、味覚変わったのかな〜」


 その一言に、勝はピクリと反応した。

 中学時代、彼女は甘いものが苦手だったはずだ。チョコレートさえ残していた記憶がある。


 ――変わった。そう思えば、納得できる。


 だが、その変化はほんの少しずつ、勝の中に「違和感」として積もっていく。


 喋り方、食べ物の好み、笑うときの表情――どれも“本物のえり”と微妙に違うような気がしてならない。


 だがその違和感を、勝は自分の“想い出補正”だと片付けてしまう。


「えりって……さ。最近、なんか変わったよね」


「えっ? いい意味? 悪い意味?」


「いい意味、だよ。明るくなったっていうか。大学でも人気出そうだな、って」


「……ありがと。嬉しい」


 彼女はそう言って笑った。その笑顔に、ほんのわずか、沈んだ影が差していたことを――勝はまだ気づかない。


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