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イベリスの鎖  作者: Amit Tsu
エピローグ
28/33

白い花の咲く庭で


護送車の窓の外は、春の光にかすかに揺れていた。

ゆっくりと走る車体の振動が、まるで心臓の鼓動のように微かに胸を揺らす。


手首には、再び冷たい金属の感触。

けれど、もう痛みはなかった。

それは過去と自分をつなぐ、最後の“印”のように思えた。


窓の外に、白い花が咲いていた。


一瞬だった。

車の振動と共に通り過ぎる道端、雑草に混じるようにして、小さな白い花。

名前は……もう思い出せない。

けれど、それが“イベリス”であることだけは、確かだった。


──あの日、彼と見た花。

──“誰か”になりたかった、すべての始まり。


胸に手を当てる。

もう、ペンダントはそこにはなかった。

けれど、不思議と何かが残っているような気がした。


それは重さでもなく、痛みでもない。

ただ、形のない“記憶”だった。


「……あれは、初恋だった」

声にはならなかった言葉が、心の底で静かに灯る。


「たしかに、初恋だったのだ」


名前も、顔も、知らないままに恋をして、

その恋が、すべてを壊して、

それでも、最後まで愛し続けた。


誰でもない自分が、誰かになろうとして、

そして何者にもなれなかった物語。


それが、塩見りえの生きた証。


春の風が一陣、窓の隙間から吹き抜けた気がした。

もう感じるはずのないその風が、ただ一輪の白い花を揺らすように、静かに彼女の心を撫でた。


護送車は静かに曲がり、視界から白い花は消えていった。

だが、それは胸の奥に確かに咲き続けている。


塩見りえが、初めて自分として生きた、ほんのひとときのように。


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

物語としてはここで完結なのですが、追加のエピローグを明日以降投稿しますので、興味がある方はもう少しだけ付き合ってくださると幸いです。

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