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イベリスの鎖  作者: Amit Tsu
エピローグ
27/33

閉ざされた鍵


白い光の下、机の上にぽつりと置かれたペンダントが、まるで場違いな異物のように存在していた。

銀の鎖、金色の鍵。何も語らないそれを、りえは黙って見つめていた。


手首には手錠。冷たい鉄の感触も、今の彼女にとってはどうでもよかった。

自らかけた通報の結果がこうして目の前にあるのだと、ただ受け入れる他なかった。


取り調べ官の声は、どこか遠くから聞こえてくるようだった。

名前、生年月日、犯行の動機──淡々と続く質問。

だが、彼女はほとんどの言葉に答えなかった。


ペンダントから目が離せなかった。


あれは、星見えりの象徴。

いや、塩見りえの幻想。

彼とつながるために、自分を偽ってまで手に入れた、最後の証。


「もう……開ける必要はない」

心の奥底で、ぽつりと呟いた。

「誰にも、見せなくていい。これは、私だけの鍵だったんだ」


机の上で、それは光を反射して静かに揺れていた。



裁判の場面は、まるで夢のようだった。


傍聴席は空だった。

誰も彼女のことなど見ていない。

起訴、検察の言葉、弁護士の主張、量刑。

勝の両親すら現れなかった。きっと、もう関わりたくないのだろう。


「被告人、塩見りえ──」

判決が告げられるその声の途中で、彼女の意識は別の時間へと飛んでいた。


あの日の、春の花壇。


「これ、なんて花だろうな?」

中学時代の勝が、何気なく呟いた。


「知らないけど……綺麗」

横に立っていた自分が、ぽつりと返した。

制服の袖が少しだけ触れた瞬間が、ただただ心地よかった。


あれが、自分の初恋だったのだ。


名前も、顔も、何も知らなかった。

ただそこにいた彼の隣が、あまりにも暖かかった。

それがすべての始まりで、

そして──終わりだった。



留置場に戻る前、最後にペンダントを手渡される。


無言で手に取ると、りえはそれをしばらく胸に当てた。

目を閉じると、遠くの方で春の風が吹いたような錯覚がした。


「これは……私をつないでいた鎖。開けられなかった鍵」


看守がそれを取り上げた瞬間、なにかが胸の奥でちぎれたような音がした。


彼を殺めたペンダント。

えりを消したペンダント。

彼と、自分を、永遠に隔てた鍵。


それでも、りえは思った。


──私は、愛していた。


名前も、顔も、覚えていない「誰か」を。

その存在に憧れて、自分を捨てて、すべてをかけて。

たとえその果てが地獄でも。


「それでも、私は愛していた――名前も、顔も、覚えていない誰かを」


その言葉だけが、塩見りえの最期の真実だった。


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