閉ざされた鍵
白い光の下、机の上にぽつりと置かれたペンダントが、まるで場違いな異物のように存在していた。
銀の鎖、金色の鍵。何も語らないそれを、りえは黙って見つめていた。
手首には手錠。冷たい鉄の感触も、今の彼女にとってはどうでもよかった。
自らかけた通報の結果がこうして目の前にあるのだと、ただ受け入れる他なかった。
取り調べ官の声は、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
名前、生年月日、犯行の動機──淡々と続く質問。
だが、彼女はほとんどの言葉に答えなかった。
ペンダントから目が離せなかった。
あれは、星見えりの象徴。
いや、塩見りえの幻想。
彼とつながるために、自分を偽ってまで手に入れた、最後の証。
「もう……開ける必要はない」
心の奥底で、ぽつりと呟いた。
「誰にも、見せなくていい。これは、私だけの鍵だったんだ」
机の上で、それは光を反射して静かに揺れていた。
*
裁判の場面は、まるで夢のようだった。
傍聴席は空だった。
誰も彼女のことなど見ていない。
起訴、検察の言葉、弁護士の主張、量刑。
勝の両親すら現れなかった。きっと、もう関わりたくないのだろう。
「被告人、塩見りえ──」
判決が告げられるその声の途中で、彼女の意識は別の時間へと飛んでいた。
あの日の、春の花壇。
「これ、なんて花だろうな?」
中学時代の勝が、何気なく呟いた。
「知らないけど……綺麗」
横に立っていた自分が、ぽつりと返した。
制服の袖が少しだけ触れた瞬間が、ただただ心地よかった。
あれが、自分の初恋だったのだ。
名前も、顔も、何も知らなかった。
ただそこにいた彼の隣が、あまりにも暖かかった。
それがすべての始まりで、
そして──終わりだった。
*
留置場に戻る前、最後にペンダントを手渡される。
無言で手に取ると、りえはそれをしばらく胸に当てた。
目を閉じると、遠くの方で春の風が吹いたような錯覚がした。
「これは……私をつないでいた鎖。開けられなかった鍵」
看守がそれを取り上げた瞬間、なにかが胸の奥でちぎれたような音がした。
彼を殺めたペンダント。
えりを消したペンダント。
彼と、自分を、永遠に隔てた鍵。
それでも、りえは思った。
──私は、愛していた。
名前も、顔も、覚えていない「誰か」を。
その存在に憧れて、自分を捨てて、すべてをかけて。
たとえその果てが地獄でも。
「それでも、私は愛していた――名前も、顔も、覚えていない誰かを」
その言葉だけが、塩見りえの最期の真実だった。




