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イベリスの鎖  作者: Amit Tsu
第3部 暴かれる愛
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イベリスの嘘


柔らかな春の光がカーテン越しに差し込む部屋で、塩見りえは鏡に向かっていた。


鏡の中に映るのは、完璧な“星見えり”の顔。

整った眉の曲線、口元の形、笑う時の目元──

すべてが“彼の記憶の中のえり”と、寸分違わぬように調整された顔だった。


それでも。


どれほど精巧に模倣しても、拭えない“違和”は、自分自身が一番よく分かっていた。


りえはゆっくりとペンダントを握りしめた。

金色の小さな鍵。いつの間にか、その根元には赤黒い染みがこびりついている。


もう乾いていた。だけど、ふとした拍子に、その色が呼び起こす“夜”がある。


──彼女と、最後に言葉を交わしたあの夜。

星見えりは笑っていた。

けれど、その笑顔の中にあった微かな違和感に、りえは気づいていた。


「勝くん、君のこと、まだ想ってるの?」


りえが問うと、えりはほんの少しだけ目を伏せて、「うん」と頷いた。


「──なら、私がもらうね」


その言葉に、えりは驚いたように目を見開いた。

りえは、ただ静かに笑っていた。手の中に、このペンダントを隠して。


その後の記憶は、霞がかかったように曖昧だった。

悲鳴はなかった。ただ、あたりに咲いていたイベリスの花が、不意に風に散った記憶だけが残っている。


血は、ペンダントにだけ付着していた。

他には、なにも残さなかった。


りえは、それを「奇跡」だと思った。

えりがすべてを許して、彼女の中に溶けていったのだと、思い込むようにした。


──「イベリス」

それは、花言葉で「思いやり」や「心を引きつける」。

けれどもうひとつ、“無邪気”という意味があると知ったとき、りえは静かに笑った。


「無邪気に彼を奪いたかったんだよ、私は」


声に出すと、胸の奥が痛んだ。

でも、止める術はもうなかった。


整った顔で笑いながら、りえは立ち上がる。

“星見えり”として生きる自分。

“塩見りえ”として犯した罪。

どちらも、このペンダントがすべて知っている。


「今度こそ、彼の隣に立つ」


胸に抱いた鍵に、そっと口づけを落とした。


春の風が、部屋の窓を揺らす。

イベリスの鉢植えがカーテンの向こうで小さく揺れた。


──それは、すべてが始まる前。

たった一度きり、りえの心が満たされた“幸福な日々”へと、記憶が静かに降りていく合図だった。


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