表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イベリスの鎖  作者: Amit Tsu
第3部 暴かれる愛
18/33

偽物のキス


しとしとと降り続ける雨が、窓を曇らせていた。どれほどの時間が経ったのかも分からない。ただ、濡れた世界の静寂のなかで、二人だけが取り残されたようだった。


小さな部屋に響くのは、雨音と、それに溶けるような心臓の鼓動。勝は椅子に腰かけ、りえ──いや、“えり”──の姿を見つめていた。彼女はベッドの端に座り込み、微動だにしない。手首を縛っていた手錠は、さっき勝が自ら外した。


「もう、逃げられないよ。僕たちは……こうして一緒にいるんだ。永遠に」


声は優しく、けれど狂気を孕んでいた。勝はそう呟くと、そっと手を伸ばし、えりの頬に触れる。その肌はどこまでも冷たく、まるで濡れた空気をそのまま宿しているようだった。


えり──りえは、ゆっくりと顔を上げた。濡れた前髪の下から覗くその瞳に、勝はかすかな戸惑いを感じ取った。だがそれも、一瞬のこと。勝の目には、ただ「好きな人」が映っていた。


「……えり」


囁くように名を呼び、勝は彼女の唇にそっと顔を近づける。雨音が、さらに強くなった気がした。二人の距離が、あとわずかに縮まる。


そのときだった。


「えりじゃない……!」


鋭く、そして震える声が、部屋の空気を一瞬で変えた。


勝の動きが止まる。目の前で、りえが泣いていた。頬を伝う涙は、彼女の両手で握りしめられたペンダントに落ちていく。金色の小さな鍵──それをまるで命綱のように、彼女はぎゅっと握っていた。


「わたし……“えり”なんかじゃないの……っ!」


勝は、まるで背中を殴られたかのように言葉を失った。何を言っている? どうして今そんなことを──。目の前の“彼女”が、何かを否定している。それが、取り返しのつかない真実であるような気がして、呼吸が苦しくなった。


「……やめてよ、冗談でしょ?」


ようやく絞り出した声は、あまりにもか細くて、自分のものではないようだった。


「だって、君は……星見えりで……僕の“えり”で……」


「違う……違うの……っ!」


りえの肩が震える。ペンダントを握る指先に、力がこもる。


勝は、混乱の淵で思考を失いかけながらも、ただ彼女の名前を呼び続けた。いや、名前ですらなかった。自分が信じた“理想の像”を呼び続けていた。


雨は、やまない。


いや、やまないのではなく──二人が閉じこめられた世界には、もう晴れ間など存在しなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ