記念日の檻
雨が降っていた。窓を打つ滴の音が、やけに静かな部屋の中で反響している。
曇りきった空の下、郊外の密室には、もう何日も時が止まったようにただ二人きりの時間だけが流れていた。
えりは、床に座り込んでいた。腕には、銀色の手錠。
片方は彼女の細い手首に、もう片方は部屋のパイプベッドの脚にかかっている。
鍵は、勝の掌の中。
「今日はさ」
勝は、えりの隣にしゃがみこむ。
「僕たちの“記念日”なんだ。初めて……本当にふたりきりになれた日。誰にも邪魔されない、本当の意味で」
えりは何も言わず、ただ勝の顔を見つめていた。その瞳は、まるで何かを測るように静かだった。
「誕生日とか、出会った日とかじゃなくて、こうやって……全部捨てて、全部得た日だ」
勝は、えりの手をそっと握る。手錠越しの冷たさが、逆にリアルな温もりのように感じられた。
「だから、今日は……プレゼントがあるんだ」
勝は、自分の背後に置いていた箱を開けた。
中には、白い花と手書きの手紙、そして、えりの似顔絵が一枚。どれも稚拙だが、愛が込められているのは誰が見てもわかる。
「これ、全部……君に捧げたもの。愛とか、献身とか、そんな甘い言葉じゃ足りない。僕の全て。罪も、痛みも、狂気も、命も」
雨音が、言葉の隙間を埋める。
えりは、その絵をそっと見つめたあと、目に涙を浮かべた。
そして、まるで壊れそうな声で、呟いた。
「……ありがとう」
それは感謝ではなく、鎮魂のようでもあった。
勝はその言葉に、救われたように微笑んだ。
ようやく――報われた気がした。
えりがそっと顔を寄せてきた。勝の肩に、静かにもたれかかる。その重さは、現実の証だった。
「ねえ、勝くん」
「うん?」
えりは手錠のかかった手を持ち上げ、勝の胸元を指先でなぞった。
その鎖の動きに、かすかに金属音が鳴る。
「私からも、プレゼントがあるの」
そう言って、えりは首から下げていたペンダントを取り出す。小さな、金色の鍵の形をしたアクセサリー。
――ずっと身につけていた。けれど、これを「鍵」だと明言するのは、これが初めてだった。
「これは……?」
「秘密。でも、いつか使ってね」
勝が問いかけようとしたとき、えりは優しく微笑んだ。
それは、どこか母性を思わせるような、あるいは懺悔にも似た微笑み。
勝は、わけもわからずその鍵を見つめた。
その鍵が何を開けるものなのかも、なぜえりがこれを「プレゼント」と呼んだのかも――その意味が明らかになるのは、まだ先のことだった。
雨は、止まなかった。
ふたりを包むように、静かに、音もなく降り続けていた。




