欲望の檻
薄曇りの空が、昼の熱を鈍く閉じ込めていた。
大学の中庭で、えりが男子学生と並んで座っていた。距離は近すぎず、けれど決して遠くはない。
笑っている。
あの、柔らかくて、あたたかい声で。
勝は、視線を逸らせなかった。
胸の奥で、何かがまた音を立てて砕けた気がした。
(もう、いらないと思ってたのに……)
殺意など、過去のものだと思っていた。えりが自分の隣に微笑みを見せてくれる。それだけで、救われている気がしていた。
――それでも足りない。
なぜだろう。
どれだけ言葉を交わしても、どれだけ笑い合っても、彼女の心のすべてを掴めていないと気づいてしまう。
彼女の目が、あの男の方を見ている。
それだけで、世界が黒く染まるような気がした。
気がつけば、勝の指先が震えていた。ポケットの中で、拳を握りしめる。呼吸が早まる。
思考が、焦げつくような熱に包まれていく。
――違う。これは、恋なんかじゃない。
これはもう、祈りだ。願いだ。執念だ。
彼女を失うくらいなら――世界を敵に回しても、手に入れたい。
夕暮れ、キャンパスの裏門で勝はえりを待ち伏せた。少し驚いた顔で彼女は言った。
「勝くん? こんなところでどうしたの?」
「……ちょっと、話したいことがあって」
その言葉にえりは微笑む。疑いは、まだない。だが、その無防備さが余計に勝の決意を固めた。
「少しだけ、つきあって」
えりは頷いた。
連れて行ったのは、小さなアパートの一室。郊外の古びた建物。誰にも知られない、誰にも邪魔されない場所。
「……ここ、なに?」
「僕の部屋じゃない。少し前に借りたんだ。誰にも教えてない」
えりの眉がわずかに動いた。
そして、勝は背後でドアを閉め、鍵をかけた。
重い音が、密室に響く。
「……勝くん?」
その声に戸惑いが混じった瞬間、勝は振り返って、静かに言った。
「ここで、ずっと一緒にいよう」
えりの目が大きく見開かれる。
「……冗談、だよね?」
けれど、勝の目は笑っていなかった。
「冗談じゃない。誰にも邪魔されないところで、僕たちだけで生きていこう。えりの全部を……僕にちょうだい」
えりが一歩後ずさる。ドアに手をかけようとするが、それはすでに意味をなさない。鍵は勝が持っている。
「どうして……こんなこと」
「わからないよ。自分でも。でも、もう無理だった。あんなふうに、誰かと話してるのを見たら……止められなかった」
えりの頬が引きつる。けれど、叫びもせず、泣きもせず――代わりに彼女は、なぜかふっと目を伏せた。
「……勝くん、怖いよ」
その声は震えていた。
だが、次の瞬間。彼女は微かに微笑んだ。
諦めとも、受容ともつかない、かすかな笑み。
「でも、なんか……こうなる気がしてた」
勝はその笑顔に、一瞬、息を飲んだ。
「どうして、そんな顔をするの……?」
「……わかんない。でも、きっと、あなたがこんなふうに私を見てくれるのを、ずっと……」
言葉はそこで途切れた。えりはそれ以上、何も言わなかった。
勝は彼女を抱きしめることも、触れることもできず、ただその場に立ち尽くす。
静かな密室に、二人の呼吸音だけが漂っていた。




