第九話 物語とは違う未来へ②(元第一王子視点)
第九話 元第一王子視点です。
前に二話でアップしたけど長いんで分けた分。一部修正しています。
王子のその後に不満な感想をいただいたので、一部加筆しました。
私の表現が足りなかったようですいません。
それではお楽しみください。
誤字脱字報告、ありがとうございました。
俺が叔父上(王弟)の公爵家に来て数日が経った…。
「あ~あ、弱い弱い、話にならんわ。見習い以下じゃん、お前。」
練習用の木刀投げ捨てると同時に言い放ったのは、同い年で従兄弟のムーディー。早く実戦がしたいと言ったら、コイツに勝てたら正騎士として取り立ててやると言われて勝負してみれば、結果はボコボコの惨敗だった。
「くそっ、何でだ?おかしいじゃないか?お前とは3回に2回は勝っていたのにっ!」
「馬鹿かお前?今までのはサービスだよ、サービス。負けてばっかじゃ、お前すぐにヘソ曲げて鍛練サボるだろ?やる気アップのために適度に負けてやってたんだよ。東国でいう「お・も・て・な・し」ってやつな。」
俺はへとへとで動けないというのにコイツは汗一つ掻いていない。なんて忌々しい。
「ひ、卑怯だぞ。騎士なら、正々堂々と…戦え。」
「はぁ?お前が実戦を望んだんだろうが?死に物狂いでくる敵がルールに則って戦ってくれるとでも思うか?魔獣どもが試合前の礼をするとでも思うのか?どれだけ頭湧いてんだよ?」
水を飲んでいる隙を狙って落ちていた木刀で殴りつけようと…したら、水筒の水を顔にぶっかけられて怯んだ隙に腹に拳を叩き込まれた。
「隙を狙ったとでも思ったか?お前の傍に木刀転がしたのも、目の前で水を飲んだのもワザとだよ。こんなちゃちい手も見抜けないくせに親父に取って代わるだと?馬鹿も大概にしろ。」
胸倉を乱暴に掴まれる。俺と同じような体格なのに、振り払おうとしてもびくともしない。それより光のない目で睨まれ、思わず鳥肌が立った。
「お前さ、もうちょっと自分の立場を自覚しろよ?ほとぼり冷めたら王族に復帰できると思ってんだろ?甘いんだよ?お前国中の貴族が集まる夜会で馬鹿晒したんだぞ?戻ったところで誰もお前なんか支持しない。王籍を抜けたお前が何故ここで暮らせていられるかわかるか?公爵家の一員として迎え入れられたんじゃない。本当に平民の一兵卒として放り出したら、たちまち廻されるからだよ。」
「ま、廻す?俺を?」
「野郎がほとんどの職場だからな。一定数いるんだよ。男を嬲って悦に浸る奴が。特に金髪碧目で白い肌の王子様みたいな男なんて格好の餌食だ。まぁ、それでも貴族籍の男だったら無暗に襲われることはないが、お前はどうだろうな?」
「お、俺は王族だぞ…」
「元、だろ?王子様?元とはいえ殿上人を嬲れるチャンスを逃すと思うか?放り出した初日にケツが血だらけになるのは流石に気の毒だから、自衛できるぐらいにまで鍛えてから放り出すことになったんだよ!分かったら気合い入れて鍛錬しやがれっ!」
特段に仲がいいというわけではないが、同年齢の従兄弟ということでそれなりに付き合いはあったというのに、何でこんなに憎々し気に睨まれなきゃいけないんだ?確か叔父上の公爵家は一代限り。コイツは成人すれば俺と一緒で平民扱いだったはず。
「じゃ、じゃあ、ムーディーが守ってくれ。俺とお前は同じ平民じゃないか?確か冒険者になるって言ってなかったか?尻を掘られるくらいならまだ…ギャアッ!!」
ほほを殴られ横に吹っ飛ぶ。口の中が鉄の味で一杯だ。あまりの痛さに声が出ない…。
「マジで殺してやりたい。お前と同じだと?ふざけんな!俺はな、ガキの頃からS級冒険者を目標に、辺境で魔獣との戦闘を、騎士養成学校で対人との戦闘を叩き込んだんだ!大人に交じっての血反吐が出そうな訓練も夢の為なら頑張れた!それを!お前のやらかしのせいで公爵家は俺の代まで存続となった!俺が次期公爵だとよっ!王家の血を絶やさないためだけのな!俺の夢を潰しておいて都合のいいこと言ってんじゃねーよっ!」
その後も鍛練と称してボコボコにされた。流石にこう怪我が酷くては上達もしないということで、ムーディーは俺の指導から外された。叔父上からムーディーのことを詫びられたが、その原因は俺にあることを忘れないようにと言われた。
ムーディーは一桁の歳の頃から魔獣討伐の隊に入って実戦を繰り返していたという。成人男性でも合格が難しい正騎士の試験も僅か15歳で突破していたと聞いた。
「私の子であっても貴族として暮らせないあの子のために夢が叶えられるよう応援していた。私が騎士団長をしているのもそのためだ。王位継承権第一位のお前が退いたがために、人生を変えざるを得なかった者が何人いると思っている?生まれた時から最高権力者の地位が約束されていたのに、なぜ持たざる者が努力の末に手に入れようとした夢まで奪う?あの子の夢をお前が叶えろとは言わんが、せめて一人前の騎士レベルにはなってくれ。それが自ら隠居を決めてくれた王妃様への手向けにもなる。」
正直、平民から公爵に成れるんならいいじゃないか。俺と代わって欲しいと思ったが、それを言えばどんな目に遭うか分からない程馬鹿ではなかったので、言葉は呑み込んだ。
とりあえず、ここにいる間に力を付けないと命すら危いことは分ったので、その後の鍛錬は真面目に取り組んだ、と思う。ここに来てあっという間に3ヶ月が過ぎた頃、ムーディーに茶に誘われた。
王太子の席は、妹のダリ(第一王女)が座っている。王妃の仕事は第一王女の母でもある側妃が務めている。母上は離縁を申し込んだが父上は応じなかった。
プルートー王国に帰っても出戻り姫が落ち着ける場所などない。実家で肩身の狭い思いをするのならば、この国で心穏やかに暮らしてほしい、という父上の配慮だという。
政略結婚であっても、夫婦として王と王妃として良い関係を築いた結果だとムーディーは言った。病気療養の名目で離宮に引っ込んだが身分は王妃のまま。側妃も納得済らしい。
王太女ダリの婚約者はカロリスの弟のティルに決まったという。ムーディーも王家の血を絶やさないよう結婚し子どもを儲ける必要がある。それまで付き合っていた恋人とは別れたらしい。
「もし女王に子ができなければ俺の子が王位を継ぐ可能性がある。爵位の低い者や、ましてや平民の女を妻にするわけにはいかない。後ろ盾の弱い王など傀儡と同じだ。」
吐き捨てるように言った従兄弟は、身だしなみ、立ち居振る舞い、マナー、言葉使いに至るまで、完璧な貴公子となっていた。
「もしかして恋人だった女性は平民だったのか?」
「貴族女性が好き好んで冒険者の妻なんかになりたがる訳ないだろう…。」
「諦めることなどないだろう?愛人にでもすれば…」
「正妻を蔑ろにする気はない。お前と一緒にするな。」
お前と一緒にするなと言われてむっとしたが、力関係は歴然としているので黙っておく。俺にだってこれぐらいの処世術は身についているんだ。
「それにしても…ここ数日なんだか公爵家が騒がしかったが何かあったのか?」
「大したことはない。ダリ王女が毒を盛られかけただけだ。」
「なっ!毒だと?!」
ガタリッと立ち上がるもムーディーに座れと命ぜられる。
「何でそんなに落ち着いていられるんだ?!」
「俺は盛られかけたと言ったんだ。ダリ王女はピンピンしている。盛られかけたのも毒というより媚薬だ。強力なやつではあったがな。犯人も現行犯で取り押さえている。」
優雅に茶を飲むムーディー。そうか、犯人は捕まったのか。
「でも、何で媚薬なんか?何のために?」
ムーディーから語られた真相はとんでもないものだった。犯人は、ムーディーと別れた元恋人の女だった。女はムーディーが自分と別れて他の女と結婚するのが耐えられなかったらしい。
ムーディーの子が王位につくわけじゃない。あくまでも保険だ。だったらサッサと女王となるダリ王女が孕めばいい。王女が妊娠したならムーディーは政略結婚から解放される。自分たちはまた恋仲に戻れる、と思ったらしい。
「無茶苦茶だな。ダリはまだ13歳だぞ?下手したら死ぬかもしれないじゃないか?なんて短絡的なんだ。その平民の女は。」
「お前に短絡的なんて言われるとはな。確かに考えなしにも程がある。そんなことをしたって、もう元には戻らないというのに。」
「随分落ち着いていられるな。恋仲だったのだろう?」
「もう終わった仲だ。自白魔法で吐かせた情報を元に裏で手引きした貴族どもは親父の手で一網打尽になったよ。俺は邸から一歩も出るな、だとさ。」
「自白魔法?自白魔法って禁術だろう?効果が大きすぎて対象者は廃人になるのではなかったか?お前、かけたのか?恋仲だった女に?」
「…王族に手をかけたんだ。極刑は免れない。早いか遅いかの違いだ。」
光を失った目で淡々と話すムーディー。ムーディーが自宅待機なのは、連れて行ったら捕縛対象者をオーバーキルするに決まっているからだと騎士団長の叔父上から後で聞いた。
捕縛した貴族は隣国にも繋がっていたことが判明。王太子の交代、王妃の療養、ちょっと突けば内乱でも起こせるかと思ったのか。
今回の件は俺が起こしたものではないけれど、俺が王太子でなくなったことで国を混乱させてしまったことは理解できた。前に叔父上に言われた言葉が響く…。
『王位継承権第一位のお前が退いたがために、人生を変えざるを得なかった者が何人いると思っている?生まれた時から最高権力者の地位が約束されていたのに、なぜ持たざる者が努力の末に手に入れようとした夢まで奪う?』
だったら俺を王太子に戻せばいい、なんてことは言えない。言う資格はない。他人の非で人生が180度変わってしまったムーディーを目の当たりにして、過去の自分がいかに浅はかだったかを思い知った。
それから程なくして騎士としてなんとか形になってきた俺は辺境に赴くことになった。王都ではないのは見知った貴族に出くわさないための配慮だと思うことにした。
辺境に赴く前にムーディーから餞別をもらった。魔獣の特徴が事細かく書かれたノートだった。自ら狩って得た経験に基づいたものだった。何十冊にもなるノートを見て、ムーディーのこれまでの努力が偲ばれた。
「元気で。」と貴族特有の隙の無い笑みで見送ってくれたムーディー。
あいつが誰と結婚するのかは知らないが、政略であっても信頼できる関係が築けるといいのにな、と願わずにはいられなかった。まぁ、俺に願われても迷惑かもしれないが。
公爵家にいる間に、市井での暮らし方も教わった。良くも悪くも貴族とは違っていた。初めは馴染めるかとも思ったが、意外と順応している自分がいた。一仕事終えた後のエールがこんなに美味いとは思わなかった。
ムーディーが言っていた男を嬲って悦に浸るやつは本当にいた。ギリギリのところでなんとか逃げ出すことができた。初めは魔獣討伐も不規則な動きをする魔物に翻弄された。辺境で最弱とされる魔獣でも倒すのに苦労した。
俺が王子時代にやっていたのはお遊びみたいな剣技の真似事だったとしみじみ思った。ムーディーが餞別に持たせてくれた魔獣の特徴を記したノートに感謝した。そして鍛錬に付き合ってくれたことにも…。
ムーディーが結婚したと人伝に聞いた。その頃には魔獣討伐もなんとか足を引っ張ることなくこなせるようになった。生傷は絶えなかったが、命や仕事に支障が出る怪我をしていないのは幸運だと言われた。
王太女の結婚は、この辺境でも大々的に祝われた。俺のような平民の一兵士にも祝いの酒が振る舞われた。その後、後継となる王子が生まれたときも、俺には事前に何も知らされなかった…。
名をエルと変え一兵士として暮らしていたが、心の中では未だ王族だと思っていた。いずれは王都に戻るもかもと。ここに来て10年が過ぎその考えは捨てた。
第一王子のことなど誰も語らない。存在することすら知らない者がほとんどだ。俺は…忘れ去られたんだ。俺が本当の意味で平民のエルになった瞬間だった。
悔しいとか怒りとかいう感情はもうなくなった。悲しいとか虚しいという感情もだ。ただただ仕事をこなす日々。俺も後2年もすれば30だ。体が動けるうちに稼いでおかないと…。
さぁ、今日も魔獣討伐の仕事が入っている。
仕事終わりのエールを楽しみに、俺は愛用の剣を握りしめて部屋を出た…。
シェール元王子は本文のもう少し後、武器のメンテナンスで訪れた鍛冶屋の孫娘(22歳、未亡人)とお付き合いを始めます。(当時の年齢、エル29歳)鍛冶屋の親父(元騎士で騎士爵持ち)に「孫が欲しかったら甲斐性見せろ!」と言われて、30前にしてようやく他人の為に本気で仕事に取り組み、その功績認められて騎士爵を賜ります。(当時の年齢32歳)
鍛冶屋の孫娘と結婚後、1男1女を儲け辺境を出ることなく暮らしたそうです。生まれた子を見せに、王妃様の離宮には訪れています。(王妃、涙を流して喜んでいました。理由は死ぬ前に可愛い孫に会えたことと、息子が更生したからです。)
加筆した王子のその後はいかがだったでしょうか?
温室育ちの王子様から平民になったんですから、王子様目線では相当な罰だと思うんです。
私的には忘れ去られるのが王子の罰かと。(誰もが知っている存在からの転落、みたいな感じでしょうか?)
反省できた人には救済があってもいいんじゃないかな?と思い、平民としては普通に暮らせたという終わり方にしました。
お読みいただきありがとうございました。




