ずっとわたしを支えてくれた人
「このドレスだってフレイがわたしに贈ってくれたものなんだからぁ!」
ラナベルさまは贈られてませんよねぇ?と。
水色の可愛らしいデザインのドレスを見せびらかすように、ピンク頭が胸を張る。
ボロボロになったわたしの心に更に追い撃ちをかけて来る。
頭がガンガンする。
もうやめてほしい。
そうやって一々マウントとってこなくても、お察の通りわたしが今日身に纏っているものは全てウィルフレイ殿下から贈られたものではないですよ。
ドレス、靴、イヤリング、ネックレスに至るまで。
全て、贈り主さえわからないものですよ。
・・・でも今日のわたしにはこのドレスがどうしても必要だったのだ。
流行にそっていながらも、わたしの好みにピッタリのドレスが。
わたしを引き立てるためのデザインと、わたしに似合う色を、わたしのためだけに丁寧に選んでくれたんだろうな、と一目でわかるこのドレスが。
どうしても必要だった。
もちろん両親が心配して用意してくれたドレスもあったけれど。
他のドレスじゃだめだった。
このドレスじゃなきゃ意味がなかった。
だって、ウィルフレイ殿下に「卒業パーティーでお前のエスコートをすることはない」とはっきりと言われていたから。
他の誰かにエスコートを頼めばよかったのかもしれない。
お父様も、従兄弟のお兄様も。もしかしたら学友の誰かも。
頼めば快くひきうけてくれただろうと思う。
ウィルフレイ殿下もそれを見越して、事前にわたしに『エスコートはしない』と告げたのだろうけれど。
けれどわたしは誰にもエスコートを頼まなかった。
誰かを頼らなければ、当日たった一人で入場しなければいけないとわかっていたのに。
それがどれほど惨めで辛いことか想像できたのに。
もしかしたら殿下が気が変わって、迎えに来てくださるかもしれない。
そんなありもしないことを期待して、わたしは誰にもエスコートを頼めなかった。
そして当然、どれだけ待っても殿下が迎えに来てくださることはなかった。
ウィルフレイ殿下がいるにもかかわらず、たった一人で入場しなければいけない。
そんな惨めなわたしには、わたしのことを思って選んでくれたとわかるこのドレスが必要だった。
そうしなければ、怖くて、悲しくて。足がすくんで、とてもパーティーには出席できなかった。
このドレスが・・・そしてわたしのことを思ってくれている、名前も知らない誰かの存在がわたしに勇気をくれた。
卒業パーティーの一週間前に公爵家に届いたこのドレス。
添えられていた質素なカードには『親愛なるラナベルへ』と、この国ではあまり使われない隣国の文字で書かれていただけ。
贈り主の名前も、贈り主を思わせるような家紋もいっさいない。
けれどわたしは特に驚きはしなかった。
いえ、こんな素晴らしいドレス一式が届いたことには驚いたけれど、それが贈り主が不明という点では特に驚かなかった。
だってわたしはもうずっと、誰ともわからない人と手紙のやり取りをしていたから。
最初にそれが届いたのは二年ほど前だ。
まだ学園に入る前。
夜、そろそろ寝ようかと寝室に移動したわたしは。
部屋の窓枠にいつのまにか白い封筒が挟まっているのに気がついた。
普段であれば衛兵を呼ぶのだけれど、その時はまだ幼かったのと好奇心が合間って、自分で封筒を取り中を確かめた。
中には一枚の便箋が入っていて。
隣国の言葉で『あまり無理をしないで。体に気をつけて』とだけ書かれていた。
いつ誰が置いて行ったのかもわからない手紙。
普通であれば気味が悪いと思うのだろうが。
わたしはなぜかその手紙に心を癒された。
頑張って、頑張って、毎日毎日努力をしつづける自分を認めてもらえた気がして、嬉しかった。
だからわたしはその手紙を丁寧に畳んで、机の引き出しにしまった。
それからも、送り主の書かれていない奇妙な手紙は定期的にわたしのもとに届いた。
一ヶ月に一度程度だろうか。
本当に気がつくといつの前にか窓枠に挟まっていて。
『どんな時も応援している』『だけど頑張りすぎないで』といつもわたしの頑張りを認め、体を労ってくれた。
時には手紙とともに、香りのいい珍しいお茶や、小さな可愛らしいお菓子が置いてあるときもあった。
いつしかわたしはその手紙を心待ちにするようになって。
そしてあるとき、いつも手紙が挟まっているそこに、わたしも手紙を挟んでみた。
『いつもありがとう。あなたの手紙にとても勇気付けられている』
そんな内容の手紙を、心を込めて丁寧に書いた。
数日そこに挟まったままだった手紙は、またいつのまにかなくなっていて。
────・・・そしてそこから、わたしと名前もわからない誰かとの文通が始まった。
名前も知らない。顔も知らない。どこで暮らしていて、何をしている人なのかも知らない。
そんな相手との秘密の交流。
知らないことは山ほどあった。
けれど知っていることもたくさんある。
勉強が大嫌いなこと。
逆に体を動かすのは大好きなこと。
最近料理に凝り出したこと。
数年前から飼いはじめた猫がかわいくてしかたがないこと。
なのに少しも懐かなくて。
先日どうしても我慢できずに抱っこをしてみたら、手首を盛大にひっかかれたこと。
送られてくる手紙はいつも隣国の文字が使われていた。
それほど長い文章ではなかったけれど、丁寧な言葉遣いで、一文字一文字とても丁寧に書かれていた。
・・・・わたしの心の支えだった。
卒業パーティーの一週間前に屋敷に届いたこのドレス。
贈り主は書いていなかったけれど、このドレスはきっと『その人』が贈ってくれたものに間違いない。
ずっとわたしのことを見ていてくれた誰か。
ずっとわたしのことを労い、わたしの頑張りを認めてくれた誰か。
このドレスは、そんな誰かがわたしのために選んでくれたもの。
「そのドレス、もしかしてご自分で用意されたんですかぁ?
今日も一人寂しく入場されてましたしぃ。
あ、やだもしかしてラナベルさまったら、どなたにもエスコートを断られちゃったんですかぁ?
えぇ、さみしぃ。ラナベルさまってばもしかして、き・ら・わ・れ・もの・・?だったりしますぅ?」
ピンク頭が嬉しそうに笑ってる。
わたしを嘲笑ってる。
でも・・・・。
顔を上げろ、ラナベル。
わたしは間違ったことは何一つとしてしていない。
恥じることなんて何一つないのだから。
肌触りのいい上質な絹をふんだんに使ったドレス。
これはわたしのために選ばれたドレス。
わたしの心をずっと守ってくれていた『誰か』がわたしに贈ってくれたドレス。
その存在がわたしに勇気をくれる。
俯いていた顔をあげ、負けじとピンク頭に視線を向ける。
その時・・・・・。
「あまり僕の愛しい人を虐めないでくれるかな」
広い会場に響き渡るよく通る声。
コツコツと革靴が床を踏み締める音が近付いてきて。
そして誰かがわたしの目の前に、わたしを背中にかばうようにたった。
一つに結われた、長く伸ばされた薄い金髪。
一目で最上級とわかる、仕立てのいいジュストコート。
そしてその肩に羽織られたペリースマントに描かれているのは、国章である獅子。
獅子を掲げることを許されているのは王族の男児のみ。
この国には三人の王子殿下がいる。
第一、第二王子殿下はピンク頭の側に。
そして最後の一人、第三王子 アラン カルシオン殿下が今わたしの目の前に立たれていた。