そうして断罪劇は続く
ブクマ、評価本当にありがとうございます!
【魔女愛】では、ルートに入った攻略対象者は過去既に魔女に願いを叶えてもらっている、という設定だった。
例えば殿下の側近レイリーは『干ばつが続く領地に適度に雨を降らせてほしい』と願っていた。
魔女はその願いを叶え、代わりにレイリーの涙、感情を奪った。
人らしい感情を無くし、人形のようになってしまったレイリーが、やさしいヒロインと接することで人間らしさを取り戻していく、というストーリーだった。
ヒロインと結ばれることで制約が解け、やっと涙を流せるようになったレイリーが、嬉し涙を流しているスチルは本当に綺麗だった。
もう一人の側近ライナスは、大好きな姉が三十も歳の離れた男に嫁に行かされそうになったのを歎き、『姉を幸せにして欲しい』と願った。
結果願いは叶えられ、ライナスの姉は嫁には行かず、カルシオン国では珍しい女当主となった。
そして当然、嫡男であったはずのライナスは継ぐべき家を失い、魔女との制約で利き手さえも自由に動かなくなったが。
それでもヒロインと一緒に、左手だけで騎士団長の位まで上り詰めていく、という中々に感動的な話だった。
ヒロインと結ばれ右手の制約が解けたライナスは、歴代最強の騎士と称賛されるまでになった。
第二王子のルーカス殿下は『一時だけでもいいからどんな呪いでも解ける力が欲しい』と願っていた。
正直この願いは全く意味不明だった。
なぜそんな願いをしたのか、公式からは何の説明もなかったし、ルーカス殿下のルートを全部クリアしてもその謎は解けなかった。
このルートでは、特定の日だけルーカス殿下は体が猫に変化してしまう。
けれど前向きな殿下は、これ幸いと城を抜け出しては城下を楽しんでいた。
そしてそんな猫の姿の殿下とヒロインは偶然出会う。
ルーカス殿下はヒロインに興味を持ち何度も猫の姿で会いに行き、やがて人の姿でも、という話だった。
ヒロインと結ばれ制約が解けてからは『猫になれなくなった』『楽しみがなくなった』とむしろルーカス殿下は残念がっていた。
あのふて腐れたように頬を膨らませているスチルは、いつものルーカス殿下のイメージとちょっと違って最高にかわいかった。
そして問題はメインヒーローであるウィルフレイ殿下だ。
殿下も魔女になんらかの願いを叶えてもらったことは確実だった。
ゲームではその描写が確かあったから。
けれど魔女に何を願ったのか、その代償にどんな制約を受けたのかは最後まで明かされなかった。
それを思わせるような出来事も、発言も全くなかった。
ただただこのルートでは、甘く優しい殿下に溺愛されて終わる、という何の山も谷もないルートだった。
まあ困難があるとするならば、婚約者の存在くらいか。
でもそれだって二人の恋を盛り上げるためのスパイスでしかない。
未だにウィルフレイ殿下のルートは謎だらけだ。
弟であるルーカス殿下の願いがなにか関係しているのでは、とか、隠しルートがあるのではという憶測がネット上では飛び交っていたけれど。
公式からなんの説明もないので、なにが真実なのかはわからない。
この世界はおそらく、その乙女ゲーム【魔女愛】の世界。
殿下は過去魔女になんらかの『願い』を叶えてもらい、そして今もなんらかの『制約』を受けている。
それがどんな願いで、どんな制約なのかはわたしが知る術もないけれど。
きっとその制約も、もうすぐ解ける。
ゲームと同じように殿下はヒロインと結ばれることによって『真実の愛』を見つけるのだから。
魔女が求める『真実の愛』さえ見つければ、制約は全て解かれるのだから。
そしてそのためには、殿下はヒロインさまと結ばれる必要がある。
つまり殿下の幸せのために、邪魔者は速やかに退場しなければいけないのだ。
ああ、覚悟はしていたけれどやっぱり辛いなぁ・・・・。
「お前との婚約を今この時を以て破棄する」
どこまでも冷たい表情でそう告げたウィルフレイ殿下。
ピンク頭の腰を無意識のように引き寄せるウィルフレイ殿下。
ずっとずっと大好きで、追いかけつづけたウィルフレイ殿下。
でももう、諦めなければいけない時が来てしまったのだ。
やっぱりどれだけ頑張っても、ウィルフレイ殿下には選んでもらえなかった。
・・・でも、これ以上はもう無理だと言えるほど頑張った。
悲しくて辛くて、心が潰れそうだけど・・・。
・・・でもここまで頑張っても選ばれないんならもう仕方がない。諦めもつく。
後は少しでも綺麗に美しく、ウィルフレイ殿下の前から消えるだけ。
「・・・ウィルフレイ殿下、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか・・・?」
「・・・・・・っ。 理由は・・・お前が一番よくわかっているはずだ」
誓って言えるが、わたしは自分の倫理に反するようなことは一切していない。
ウィルフレイ殿下が望み、それが殿下の幸せに繋がるのであれば婚約者の座は降りるが、それでもこんな大勢の前で声を荒げられるような覚えはないのだ。
家門のために、家族のために、せめてあらぬ誤解は解いておかないといけない。
「いいえ、わたしにはわかりかねます」
背筋を伸ばしはっきりと声を上げれば、ウィルフレイ殿下が嫌そうに顔を歪めた。
その殿下を押しのけるようにして、ピンク頭が一歩前に飛び出してきた。
「ひどぉい、ラナベルさま! わたしにあんなひどいことをしておいて、しらばっくれるつもりですかぁ!?」
広い会場に響き渡る、酷く甘ったるい声。
そっか、ゲームではヒロインに声はあてられていなかったけれど、実際はこんなに耳障りな声なのか・・・。
ところで・・。
あんなこと、ってどんなことでしょう?
全く覚えがないんですけど。
というか、わたしたち初対面ですよね?
わたしはゲームでピンク頭の存在を知ってますけど、実際会って話をするのはこれが初めてですからね?
この階級社会で、自己紹介もなしにいきなり子爵令嬢が公爵令嬢に話しかけるなんてありえませんからね?
けれど今それを言っても埒があかないので、スルーしておく。
とりあえず今知りたいのは・・・。
「あんなこと、とはどんなことでしょうか?」
静かな微笑みを絶やさず、優雅に余裕を持って問い掛ける。
その態度が気に入らなかったのか、ピンク頭が目をウルウルさせつつ、声を荒げる。
「わたしのことぉ、仲間外れにしましたよね?」
・・・身に覚えがないんですが・・・?
「ラナベルさまが主催した茶会にぃ、わたしは招待されませんでした!」
・・・・というか、さっきも(心の中で)突っ込みましたけど、わたしと貴方は今日これが初対面ですからね?
「たびたび教科書も隠されたしぃ・・・」
・・・・それはあなたの管理がなっていなくて、ただ紛失しただけでは?
噂ではあなたの机の中、ぐちゃぐちゃでカオス状態だと聞きましたよ?
「この前の夜会ではぁ、ドレスだって破かれたしぃ・・・・」
・・・・いえ、申し訳ありませんが、下位貴族が出席するような夜会に、上位貴族が呼ばれることはありませんけど?
っていうか、ゲームではラナベルを糾弾するのはウィルフレイ殿下だったのに。
ここではピンク頭なのか・・・
ちょっとしたバグかな・・・?
まあでもここまで来たら大筋はもうかわらないだろう。
わたしを責め、糾弾するはずの殿下は、ピンク頭を愛おしそうに眺めているだけでなにも言わない。
「先日なんて階段から転げ落ちそうになりました!」
・・・・それがどうしてわたしのせいになるのです・・・?
「床が酷く濡れていましたぁ! わたしを階段から落とすためにラナベルさまが水をまいたんですぅ!」
・・・・・ちょっと! 言い掛かりもたいがいにして欲しいんですけど!
色々と突っ込むところが多過ぎてなにから突っ込んでいいのかわからない。
が、とりあえず・・・。
「なぜわたしが、あなたにそんなことをする必要があるのでしょうか・・・?」
「ラナベルさまはわたしに嫉妬したんですぅ! フレイがわたしのことを愛してくれているからぁ!!」
「・・・・・・・・そう・・・・・」
『フレイ』。
ピンク頭がそう口にした瞬間、わたしの心は大きくひび割れた。
無意識に殿下の方に視線を向けたけれど。
ウィルフレイ殿下がピンク頭を咎める様子も、止めるそぶりも見られない。
つまり殿下は、ピンク頭が『フレイ』と呼ぶことを許している。
・・・・・そう・・・。 そうなのね・・・・。
『僕のことはフレイと呼んでほしい。この呼び方を許すのは君にだけ。他の誰にも呼ばせないから』
そう言っていたのに。
本当に・・・。
もう殿下の中には、わたしへの情などこれっぽっちも存在しないのね。
・・・いえ、最初からそんなものは存在しなかった・・・。
優秀な殿下は実績を着々と積み重ね、王太子の座を盤石にした。
もはや余程のことがない限り、その地位は揺るがないだろう。
つまり、後ろ盾はもういらないというわけだ。
わかってた。
最初から選ばれないだろうとわかっててこの道を選んだ。
けれどそれでもやっぱりそれが現実になるととんでもなく辛い。
わたしの目の前で涙ながらに訴えるピンク頭。
感情を抑え込み、いついかなるときも淑女であろうとしたわたしとは正反対の存在だ。
守ってあげたくなるような、かわいくて弱い女性。
喜怒哀楽がはっきりとしていて、スキンシップの多い女性。
ゲームのヒロインはそんな女性だった。
そこに落ちるのだから、ウィルフレイ殿下が好む女性はそういうタイプだとわかっていたのに。
そんな女性を演じることができたなら、わたしにも少しは望みもあったかもしれないのに。
それでもわたしはそんな弱い女を演じることなどできなかった。
強がるならまだしも、弱く見せるなんて、そんなバカバカしいことできるわけがない。
なによりわたしは、ウィルフレイ殿下に守ってもらいたかったわけじゃない。
これから国という重いものを背負っていく彼の支えになりたかった。
共に歩みたかった。
後ろではなく、隣を歩いて行きたかった。
だから知識を溜め込み、作法を体に叩き込み、そして武力を身につけた。
・・・・でも・・・・。
でもそんなわたしの存在は、あなたにとっては小賢しくて、邪魔にしかならないのね・・・。
読んでくださりありがとうございました。