ドレスコードは基本です14
ずっとずっと夢見ていた。
大好きな貴女と踊るダンスは、どれほど幸せで楽しい時間だろう、と。
やっと叶ったその時間は、想像していたよりもずっとずっと幸せで。
けれど爆発しそうに高鳴った心臓を押さえ込むのに、大変な苦労をした。
「バハムではいかがお過ごしでしたか?」
ダンスの最中は、楽しく談笑するのが通例なのに。
胸がいっぱいで話題をふることも出来なかった僕に変わって、ラナベル嬢がその役を買って出てくれる。
本当に僕は、ふがいない。
「うん、楽しく過ごせたよ。 おかしな友人が二人も出来たしね」
踊りながら誰のことかわかるように、ちらりと視線を会場の隅に向ける。
そこではアイシャが、魔女殿と一緒になってこれでもかというほどの量のケーキを食べていた。
「まあ。 ご友人というのは、アイシャさまとそのご友人のリリィさまのことですか?」
僕の視線を受けて、すぐに察してくれたラナベル嬢が、嬉しそうに笑っている。
どうしてそんなに嬉しそうなのかな。
貴女は魔女殿と友人になったらしいけれど、アイシャとも友人だったりするのかな。
詳細はよくわからなかったけれど、ただラナベル嬢が自分の言葉で嬉しそうに笑ってくれたのが嬉しくて。
「彼女たちに始めて出会ったのは、始業式でね。 別々の方向から走ってきた二人が、僕の目の前で同時に転んだ時は、一体何事が起こったのかと驚いたよ」
などと、聞かれてもいないことをペラペラと話してしまう。
「まあ。それでどうなさったのですか?」
「勿論すぐに助け起こして、怪我がないか確認しようとしたんだけど。 二人とも僕が助けるよりも早く起き上がって、ものすごい剣幕で喧嘩を始めてね」
僕の話なんてさして面白くもないだろうに。
それでもラナベル嬢は、楽しそうにくるくると表情を変えながら僕の話に耳を傾けてくれる。
調子に乗って僕は、彼女たちに振り回されたこの二年間がいかに騒がしく、大変だったかという話を、少しだけ大袈裟に話しつづけた。
毎日執拗に追いかけ回されたこと。
街に出れば高確率で、どちらか、もしくは両方と遭遇したこと。
アイシャは運動が少しだけ苦手で。
よくダンスの練習に(それはもう物凄く無理矢理)付き合わされたこと。
リリィが消し炭のようなお菓子を差し入れしてくれて。
でも彼女の料理の腕も、今では少しづつ上がって来ていること。
こうやって思い出してみても、本当に大変な日々だった。
もう一度あの二年間を送らせてやると言われたら、全力で拒否するけれど。
でもそれでも・・・。
僕は、僕の腕の中で踊る、大好きだった女性を改めて見つめた。
兄上の色を全身に纏って、幸せそうに笑うラナベル嬢を。
やっぱりどうしたってちくりと心が痛むけれど。
でもそれでもなんとか堪えられているのは、あの騒がしかった二年間があったから。
『アランさま~』と、いつだってどこでだって笑顔で僕に構い倒してくれたあの二人がいたからだと、素直に思える。
アイシャ。 リリィ。 君達には感謝してるんだ、これでも、ね。
「ねえ、ラナベル嬢。 貴女からいただいた最後の手紙の返事を今ここで、してもいいかな?」
何の脈絡も無しに問い掛けた言葉に、ラナベル嬢が目をしばたかせる。
あの騒動の後、僕宛てに届いた奇妙な文字でかかれた手紙。
その文字が、母国の隣の国レーナの文字だと気づくのに三日。
更に辞書を駆使して、差出人が貴女であると気がつくのに二週間かかった。
寝る間も惜しんで、文字を解読するのに更に三日。
内容は、誰に宛ててもおかしくないような、とてもよそよそしいものだったけれど。
それでも貴女から手紙を貰って、僕がどれほど嬉しかったか。
貴女は知っているだろうか。
貴女がウィルフレイ兄上の婚約者として、変わらず幸せに暮らしていることが知れて。
どれほど安堵したか、知っているだろうか?
一生懸命辞書を開いて、何日もかかって返事を書いた。
律儀な貴女は、その手紙にまた返事をくれて。
僕は嬉しくなってまた返事を書いた。
そうやって、半年近く貴女は僕に付き合ってくれて。
けれど最後、貴女からの問い掛けに僕はどうしても筆が取れなくて・・・。
手紙はいつしか途絶えてしまったけれど。
「最後の手紙、ですか?」
「そう。 ・・・とは言ってももう一年以上前の話だから覚えていないかな」
それでもしょうがないと思っていたのに。
すぐに「いいえ、覚えています」という貴女の言葉がかえってくる。
その言葉だけで、胸がいっぱいになった。
「覚えていますので。 またあの手紙と同じように、わたしからお尋ねしてもよろしいですか?」
曲に合わせてくるりと回った瞬間、壇上から心配そうに見ているウィルフレイ兄上の姿が見えた。
婚約者が別の男と楽しそうに踊っていては、さぞ不愉快だろうに。
それでも許容してくれる優しい兄に、その気遣いに心が打たれる。
・・・ああ、これはもう敵わないなと思ったんだ。
もしあの時の、あの決断の場面にもう一度時が戻ったとしても。
そんな奇跡がもし起こったとしても。
僕はまた迷いなく同じ決断をする。
心に決めていたから。
ラナベル嬢を誰よりも、何よりも優先する、と。
その幸せのために、全力を尽くす、と。
僕は、あの時のあの決断を、ただの一度だって後悔したことはない。
誰よりも大切だった女性のために、こんな僕でもやれることがあった。
助けたかった女性を助けることが出来た。
それを誇りにして、胸を張って堂々と生きていける。
けれどそれでも、あなたのあの質問に笑って答えられるまで、一年以上時間がかかってしまった。
貴女から貰った最後の手紙。
【わたしは大切な人に囲まれて、今とても幸せに暮らしています。
アラン殿下は今────】
「『アラン殿下は今幸せですか?』」
僕の目をじっと見つめたまま、かつての手紙と同じ問い掛けをしてくたラナベル嬢に。
「うん。 とても・・・とても幸せだよ」
僕はやっと嘘偽りなく、笑ってそう答える事が出来たよ。
アイシャ。
リリィ。
騒がしくて、付き合うのが大変で。
そしてとても魅力的な君達二人のおかげでね。
幸せだよ。
その言葉がアランから聞けて、無意識に罪悪感を感じていたラナベルもようやく解放されました。
ちなみにその『今幸せ?』の問いかけは、先にアランから手紙でふったものです。
この番外編は、アランもちゃんと幸せにやれているというのが書きたくて(後、デネブがあれだったせいで、印象が悪くなってしまったアイシャの名誉回復のために)始めたのですが。
終わってみれば、本編の半分の長さになってしまいました、反省。
ちなみにアランは、ラナベルと踊り終わった後、ちゃんとアイシャを踊りに誘い一緒に踊ったりしてます。
「あれ? また足を踏まれた気がするけど、気のせいかな? あんなに練習したのに。 おかしいね」などと、アイシャを笑顔で追い詰めていたりしてます。
それでも大好きなアランと踊れてアイシャは幸せです。
後に自力でアランを追ってきたリリィにそのことがばれて、ものすごい文句を言われたりしますが。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
拙い話だったかとは思いますが、心を込めて一生懸命書きました。
もしよかったら評価頂けたら嬉しいです。
皆様の健康を心からお祈りしております。
ありがとうございました。




