ドレスコードは基本です12
「そんなもの、ダメに決まっているだろう」
響き渡る、物凄く不機嫌そうな声。
思わず顔を上げれば、想像していたよりもずっと怖い顔をしたデネブ様が、アイシャさまを睨みつけていた。
「なんだ、お前は。 ラナベルは僕の友人だぞ。 僕がラナベルの友人なんだ、この僕が。 だからお前の友人にはならない」
デネブ様は足音が響きそうなほど荒々しく歩いてくると、私たちが座っていたソファの真ん中、つまりわたしとアイシャさまの間にドカッと腰を下ろした。
・・・デネブ様。
大きめに作られてますが、このソファは二人掛けで。
三人は少しだけ狭い・・・いえ、なんでもありません。
「僕がラナベルの友人だ。 な? そうだよな、ラナベル?」、とデネブ様は至近距離でわたしを見上げてくる。
・・・・えっと・・・。 なんでしょう、この気持ちは。
『僕が』、『僕が』、とやたら自分の存在を強調するデネブ様が、ものすごく可愛らしい。
アイシャさまに向かって、敵意剥き出しで目を吊り上げているところなんて、なんだか大きなクロネコが威嚇しているみたいで。
けれどそれでも、昔みたいに癇癪を起こして暴れたりせず、ちゃんと言葉で伝えようとしているし、アイシャさまやわたしの反応を待っている。
わたしが今までお教えしたことを一生懸命守っている姿に、嬉しさでキュウッと胸がしまった。
余りの感動で返事ができなかったわたしに、デネブさまは一瞬不安そうな表情を浮かべた後。
またキッとアイシャさまを睨みつけた。
「お前は知らないだろうが、ラナベルと僕はこの前一緒にケーキを食べに行った程の仲だぞ?」
「・・・? ケーキ? ケーキならわたしも一緒に食べたじゃない。 ・・・っていうか、近いわね」
おそらくマウントを取りに行ったんであろうデネブさまの言葉に、アイシャさまはキョトンとした顔で返事をした。
わたしとアイシャさまが一緒にケーキを食べたことはないので、おそらくデネブさまとアイシャさまが一緒に食べたでしょ、という意味なんだろうけど。
マウントを取り返されたと勘違いしたデネブ様が、またキリリと目元を吊り上げる。
「なんだと? ・・・くそ、ラナベルは僕に揃いの髪紐をくれたぞ!?」
「・・・? お揃い? ・・・どこに?」
「あ! 今は戦闘服だから、装備していないだけだ! いつもはちゃんと付けている」
・・・戦闘服とはなんのことですか、デネブさま。
「それに・・ええっと・・・あ、お前は知らないだろうが、僕と! ラナベルは! もう一夜を共にした仲だ」
「ええ?」
・・・ええ、先日一緒にパジャマパーティーをしましたものね。
でも言い方というものがありますよ、デネブさま。
アイシャさまも、そんなに力いっぱい驚かないでください。
「ラナベルの『かわいいパジャマ姿』を見たのも僕だけだ」
「あられもない姿!?」
・・・デネブさま、後日もう一度、物の表現の仕方についてお勉強しましょうか。
そしてアイシャさま。
今すぐ、頭のなかのその場面を消していただけますか。
心の中で、盛大に二人にツッコミを入れつつ、頑張って笑顔だけは保ちつづける。
あら、少し口の端が引くついてしまいました。
「ふふん、どうだ、参ったか」といわんばかりに、得意げな顔をしていたデネブ様の顔が。
「ラナベルさまの『あられもない姿』? ・・・なにそれ、そんなのわたしもぜひ見たい」とぶつぶつ独り言を呟いていたアイシャさまをみて、ふと真面目なものに変わる。
そうして探るような目を向けた後。
「・・・お前・・・アイシャか?」
やっと正解を導き出せた瞬間、デネブさまの警戒が一気に和らいだ気がする。
・・・やはり、アイシャさまとデネブさまは旧知の仲なのですね。
なぜでしょう、喜ばしいことのはずなのに、少しだけ寂しいです。
二人の仲のよさを感じて、ほんの少ししょんぼりしてしまったわたしの前で。
「なんだお前? しばらく見ないうちに随分とババ臭くなったな?」
「なんですってぇ? 本物のババアに言われたくないわよ」
二人の凄まじい口撃合戦が始まる。
これは止めた方がいいのかしら?と一瞬迷ったけれど。
言い合いをしている二人は、嫌そうに顔をしかめながらも、その実随分と楽しそうで。
きっとこれが二人のコミュニケーションの取り方なのだと思う。 随分過激だけれど。
「それでお前、なんだってそんなおかしな髪色に、へったくそな仮粧をしているんだ? 元の顔がわからないくらいだぞ」
「わざと地味でおかしくしているのよ」
「え?」
そう、わたしもそれはずっと不思議に思っていた。
どうして美しいピンクゴールドの髪を、地味で目立たない焦げちゃ色にわざわざ染めたのか。
ドレスの色や形だって華やかなアイシャさまに似合ってないし、何より美しさを引き出すための化粧のはずが、むしろ元の美しさを明らかに損なっている。
「アイシャがそのままの格好で卒業パーティーに出席したら、デネブが困るじゃない」
「だからぱっと見わたしだとわからないように、隠してきた」、と。
「この超絶かわいい顔を隠すのは大変だったのよ」と。
アイシャさまは、なんでもないことのように話して、まだデネブさまと言い合いをしているけれど。
アイシャさまにとってこのパーティーは、最愛のアラン殿下にエスコートして頂ける、またとない機会だったはずで。
流行りのドレスを来て、誰よりも美しく着飾りたかったはずなのに。
わざと地味で似合わないドレスを選び、化粧で元の顔の作りを変え、ソバカスを散らした。
デネブさまの邪魔にならないように、最善を尽くした。
結果としてみれば、見かけじゃなくてその存在がデネブさまの擬態を阻んだわけだけど。
そんなことを知らなかったアイシャさまは、デネブさまのためにできる限りのことをした。
本当に、アイシャさまは紛れもなくヒロインとして選ばれた女性だと思う。
「それでお前、ノアだったか、ルーナルドだったかの『コーリャク』はうまくいったのか?」
「誰よ、ノアって。 『アラン』よ、『アラン』。 わたしの最推しにして愛しい彼の名前は、『アラン』さまよ」
「あれだけ教えたのに、どんだけわたしの話に興味なかったのよ」とアイシャさまはデネブ様を睨みつけている。
「残念ながらゲーム終了までには攻略(って言い方はよくないわね)できなかったわ。 でも、現実はまだずっと続いていくから。 これからも攻めつづけるわ! わたしはアランさまが大好きだから」
目をキラキラさせて、アイシャさまはこれからのことを語っている。
その姿は、本当にかわいい。
わたしが男性だったら、イチコロだと思うのだけれど。
その時、こつり、と小さな足音が聞こえてわたしは顔を上げた。
いつのまにか、ニコニコと穏やかに微笑んだ『その人』が、アイシャさまの真後ろに立っている。
アイシャさまからは死角になって見えない。
これはアイシャさまを止めた方がいいのかしら。
でもアイシャさまは『愛』を語っているだけで、おかしなことは言っていないし、とわたしが悩んでいるうちに。
アイシャさまの発言がどんどん怪しくなっていって。
「これからもっと頑張って王宮ご用達のパティシエになってみせるわ。 そうして王宮にいるアランさまに、自然に近づいて。 そうよ、お酒に合うスイーツを作って、アランさまが酔っ払っている隙に、既成事実さえ作ってしまえば・・・」
───それは大変だ。 いかがわしいことをされないように、身辺警護人をもっと増やさないといけないかな。
真後ろから聞こえた、思わず聞き惚れてしまうほどの美声。
おそらくその声だけで誰だか気がついたアイシャさまの顔色がさっと変わる。
「アランさま!」
アイシャさまの真後ろには、ニコニコと穏やかに微笑んでいるアラン殿下が立っていた。




