番外編 ドレスコードは基本です4
魔女さま視点です
柔らかそうな、少し癖のある白い髪。
ジロッと僕を睨みつけてくるアメシストの瞳。
あ、シロだ。
僕がそう認識した瞬間、シロはいつものように不機嫌に顔を歪めた。
「お前はバカなのか? なんだ、その擦り切れたローブは。それ自体が悪いとは言わない。お前に似合ってなくもない。だが『状況に応じた相応しい装い』というものがあるだろう。主役であるならなおさらだ。無頓着もたいがいにしろ、バカ」
まだ一分もたっていないのに、もうすでに三回もバカって言ったぞ。
おいおい、シロ。
久しぶりに会ったっていうのに、それはちょっと酷すぎやしないか?
口から出かかった非難の言葉を、寸前のところでぐっと我慢する。
『なんでもかんでも文句をいわず、まず相手の意見をしっかりききましょう』、とラナベルにさんざん叱られたからな。
いきなり現れたシロは、余程僕の格好が気に入らなかったのか、顔をこれでもかとしかめて、まだダメだしをし続けている。
パクパクと動くシロのすこし小さめの口をボーッと眺める。
・・・あ、今糸切り歯が見えた。意外と尖ってるよな、シロは。猫みたいだ。
それにしても、シロに会うのは随分久しぶりだな。
前よりもちょっと背が伸びたか?
変わらず綺麗な顔をしているが、汗までかいてるし、息切れもしてるな。
顔色も悪い気がするし。
疲れてるのか?
・・・疲れてるんだな。
僕が会いに行っても、いつも忙しそうに仕事してるもんな。
そんな疲れてるなら、早く中に入って茶でものみゃあいいのに。
ああ、それにしても話が長いな。
まだこの話は続くのか?
だいたいシロはここに何しに来たんだ?
「それからお前は・・・」
「シロはなんでここに来たんだ?」
『人の話は遮らず、最後までなるべく聞きましょう』
そうラナベルに教わったのに、その教えをうっかり忘れて問い掛けてしまう。
マナー違反をした僕に、多分シロはいつものよう怖い顔をするんだろうな。
そう思ったけど。
「・・・っ。別にっ。王族として挨拶に来る必要があっただけだ」
おお、なぜだか分からないが、あのシロが動揺してる。
気まずそうに視線がそれたし、顔が心なしか赤い気がするぞ。
「・・・何ですか、兄上?」
「いいや、なんでもない。来てくれて助かった、ルーカス」
わずかに赤い顔でじろっと兄を睨むシロ。
クククと肩を揺らして、楽しそうに笑っているシロ兄。
なんだ?
シロ兄はなにがそんなに面白いんだ?
状況がさっぱりなのは僕だけか?
「とにかく、『この場に相応しい格好』をしろ」
ゴホンとわざとらしく咳ばらいをして。
無理矢理話を戻したシロにまたじろっと睨まれた。
結構(僕的には)長い話だったし、なにやら難しい言葉が何回かでてきたけど。
多分シロが言いたいことは『この格好がパーティにはふさわしくない』ってことだろう。
うーん、このローブはそんなにおかしいか?
少し古いが、これほど防御力に優れた衣服そうそうないんだが。
ラナベルもシロ兄も、「すごいすごい」と褒めてくれたし、それはもう羨ましそうに見てたのに。
・・・うん? いや、どうだったか。
確かに言われてみれば、褒めてくれてはなかったか・・・?
しかし、羨まそうに見てたはずだ。
・・・見てた・・・よな?
・・・・・・・。
まあ、いい、それは置いといて。
困ったな、このローブがダメだとなると僕にはもう手段がないんだが。
そこまで思って『ああ、もうそんなことで頭を悩ます必要はないんだったな』、と思い出した。
もう僕はパーティに出席することはできないんだ。
まいったな、最後にラナベルと過ごせるのを結構楽しみにしてたんだけどな。
まあ、しょうがない。
これが世にいう因果応報ってやつだ。
ラナベルに昔、シロ兄を奪おうとしてしまった僕は、パーティーに参加するなということなんだろう。
元より僕はただのアイシャの偽物だし。
シロいわく、張りきって選んだ服もこの場にはふさわしくないみたいだし、な。
・・・なんだ、最初から最期までダメダメじゃないか・・・。
「では僕は帰るからな。ラナベル、土産待っているぞ」
会場にでた『すいーつ』を持ち帰るのが、マナー違反だとは聞いていない(ラナベル教え忘れてるだけかもしれないけど)。
ダメダメな僕が会場に入れないのは、この際しょうがないとして。
どんなおいしい『すいーつ』がだされたのかは、どうしても気になる。
こうやって言っておけば、もしかしたらラナベルが気を利かせて土産の一つでも届けてくれるかもしれない。
基本ラナベルは僕に甘いからな。
「待て、なぜそうなる!?」
じゃ、と軽く手を挙げて、来た道を帰ろうとした僕の腕を、シロが焦ったような声と共に掴む。
なぜって・・・。
「僕がこの場にふさわしくないと言ったのは、シロだろう?」
『なにを今更そんなことを言っているんだ?』と言外に訴えかければ、シロの目が驚いたように大きく見開かれる。
うん、相変わらずシロの目は宝石のように綺麗だな。
「・・・っちがう、そういう意味でいったんじゃない」
はあと、シロが大きなため息をつく。
なんだよ、じゃあどういう意味なんだ。
さっきから『ふさわしくない』って連呼してたじゃないか。
「『ふさわしくない』とは言っていない。『ふさわしい格好をしろ』と言っているんだ」
「・・・・?」
同じだろう?
声にはでなかった僕の声を、どうやらシロは敏感に察したらしく。
「全然違うだろ、このバカ」とまた怒られた。
「『お前がふさわしくない』とは言ってないし、思ってもいない」
「は? だがさっき・・・」
そう連呼してたよな?
随分長い時間説教された気がするんだが?
「・・・くそ、相変わらず察しが悪いな・・・」
またはあっと大きなため息をつかれた。
なんなんだ。
そんな謎かけみたいな言い回しじゃ、さすがの僕にも分からないぞ。
結局シロは・・・。
「結局シロはなにが言いたいんだ?」
遠回しな言い方は好きじゃない。
はっきり言ってくれ。
なんだか苛々して、シロの綺麗な顔をジロッと睨みつける。
「・・・ルーカス、『キメる』べきところはきっちりと『キメろ』よ」
おお、なんか知らないけどシロ兄から援護(?)の言葉も飛んできた。
すると一段と大きなため息を着いたシロが、不機嫌そうに僕を睨んできて。
「エスコートしてやるから、さっさと『ふさわしい格好』に着替えろ、と言っている!!」
「へあ?」
思わずおかしな声が出た。
え、なんだって?
「王族の入場は一番最期だ。まだ十分時間がある。ドレスも用意してきたからさっさとそれに着替えろ。 ・・・それでいいですね、兄上?」
「ああ、もちろん」
シロと(まだ楽しそうに笑っている)シロ兄の間で勝手に話が決まって。
シロが捕んだままだった僕の腕を、ぐいっと引っ張った。
そのままスタスタと入口に向かっていくが・・・。
「待て、シロ。会場に本物のアイシャがいる」
周りの人間に聞こえると面倒なことになりそうなので、シロにだけ聞こえるように魔法で音量を調整する。
僕の言葉を受けて、ピタリとシロの足が止まる。
ゆっくりと振り返ったシロの美しい顔が「どういうことだ」と問い掛けているのが、察しのいい僕にはわかった。
「本物がいるのに擬態はできない。アイシャの姿を取れない僕は、もう卒業生してパーティにでることはできない」
「ああ、だから入口で揉めていたのか」
身元も分からない。
しっかりしたパートナーもいない。
おまけに服装までおかしいとあれば、入口で止められるのは目に見えているからな。
そういって、シロは納得したというように頷いた。
ようやく状況を飲み込めたようでなによりだ。
じゃあ、僕はこの辺で。
「待て。だからなぜ帰ろうとする?」
ああ、もう、シロにしては察しが悪いな。
「だからもう僕はここにいる資格がないといっているだろう?」
こうみえても結構へこんでいるんだからな。
何度も言わせないでくれ。
「・・・お前は本当にバカだな」
「・・・・」
じっと僕の顔を見ていたシロが、やれやれと言う感じに顔を横にふる。
シロの『バカ』はもう聞き慣れたけど、そんなふうに『心の底からでました』って言う感じの『バカ』はさすがの僕も傷つく。
こんな状況だからなおさらだ。
・・・ああ、僕にも人並みに傷つく繊細な心なんてものがあったらしい。
昔は誰になにをいわれても平気だったんだがな。
「顔を上げろ、デネブ」
デネブと名前を呼ばれ、無意識に落ちていた視線がシロへと戻る。
まっすぐに僕を見つめていた、美しいアメシストの瞳と目が合った。
「誰がなんと言おうと、三年間毎日学園に通ったのはお前だろう?」
「へ?」
「堂々と胸を張れ。お前はお前の力だけでちゃんと学園を卒業した。
そのお前が『パーティにでる資格がない』なんてことは、絶対にない」
事もなげに、シロはそう言いきって。
そして。
「だからさっさと行くぞ」
笑った。
・・・嘘だろ、シロが笑ってる。
すっごい分かりいにくいけど。
ほんのちょっとだけど、確かに口角が上がってるし。
いつもより目元が柔らかい。
声だっていつもみたいに低くない。
「まあ俺には、『あんな最底辺の成績でも折れずに学園に通い続ける』なんてこと、到底できないしな」
今度は僕をからかうように、右の口角だけがあがる。
あれ?
なんだこれ、シロがキラキラして見える。
胸がドキドキするし、なんかおかしい。
「このローブはあらゆる精神攻撃を防ぐはずなのに、どういうことだ!!」
「は?」
「シロ、お前まさか魔法が使えるのか? なんの精神攻撃をしかけてきた?」
「・・・・・・」
『なに言ってんだ、こいつ』って目で、シロが見てくるが。
だっておかしいだろ。
このローブはあらゆる精神攻撃を防ぐはずなのに。
さっきからそわそわして落ち着かないし。
シロがいつも以上に輝いて見えるし。
さっきのシロの笑った顔を思い出しただけで、なんていうか、こう、胸が
ぎゅーってなるし。
これはもう、物凄い精神攻撃を仕掛けられたと見て間違いないだろう!?
そんな内容の事を、焦りながら何とかシロへと説明する。
すると。
驚いたように一瞬だけ見開いたシロの目が、ゆっくりと細まっていって。
その口角が均等に押し上がっていく。
少し尖った糸切り歯がちらりと見えて。
「はは」
また、笑った。
それも声まで出して嬉しそうに。
「一生考えてろ、このバカめ」
キラキラキラキラ。
今までみたどんなものよりも、シロが輝いてみえる。
なんなんだ、これ?
どうやら僕は、重篤な精神攻撃をくらったらしい。
読んでくださりありがとうございました。




