番外編 ドレスコードは基本です2
ウィルフレイ殿下をお待たせするわけにもいかず、デネブさまと一緒に部屋からでた。
もうドレスはこの際仕方がない。
デネブさまにおしゃれをさせたい、というのは完全にわたしの自己欲求だし、またの機会に提案してみましょう。
魔法で適当に見せるからと言っていたから、対外的にも問題ないはず。
けれど(デネブさまは全く気にしてない様子だけど)エスコートだけはなんとかしたい。
わたし自身、辛い思い出があるからなおさら。
デネブさまにはあんな思いをしてほしくない。
・・・というか、もしかしたらウィルフレイ殿下と一緒にルーカス殿下もいらっしゃってたりしないかしら?
ルーカス殿下は昨年ご卒業されて、それ以来ほとんどお会いしていないけれど。
それでも、妃教育で登城した際たまにお会いすると、必ずと言っていい程デネブさまの話題になった。
「あのバカが迷惑をかけていないか」とか「バカに付き合わされてあなたも大変だな」とか。
結構辛辣な物言いばかりだったけど。
それでも話題に出すという事は、気にしているということで。
そのデネブさまの晴れ舞台なのだ。
もしかしたらサプライズでエスコートをするために、ウィルフレイ殿下と一緒に来ている、なんてことは・・・。
そっと体を乗り出して、玄関ホールを覗いてみる。
するとそこには、輝くような美しいウィルフレイ殿下と、もう一人。
殿下を出迎えるためにでてきたんであろう、濃紺色の髪をしたわたしの父、コナー公爵が立っている。
残念ながらルーカス殿下はいらしていないらしい。
・・・でももしかしたら、馬車で待っておられるのかもしれないし・・・。
「やっと来たか。いつまでこの俺を待たすつもりだ、このウスノロが」
わたしが階段から降りてきた事にいち早く気がついて、嬉しそうに顔を輝かせたウィルフレイ殿下。
「・・・・殿下、今なんと・・・?」
その見目麗しい殿下の口からでた凄まじい悪態に、お父さまの顔色が一瞬で変わる。
「い、いやこれはその・・・」
口を押さえてしょんぼりと肩を落とすウィルフレイ殿下。
殿下は、お父さまの前ではいつも頑張って口を閉じていましたものね。
今日は思わず声が出てしまったのですね。
鬼のような形相をしたお父様を前に、殿下の慌てようと落ち込みようが物凄い。
でも・・・。
申し訳ないのだけれど。
あんなに落ち込んでいらっしゃる殿下を前に、こんなことを思うのは本当に申し訳ないとは思うのだけれど。
わたしの婚約者さまは今日も物凄く美しく、かっこよくて。
そしてなにより、ションボリと肩を落としているあの様子が、すごくかわいい。
「殿下。いくら殿下といえど、先ほどの発言はどうしても見過ごせませんな。そんなご様子なのであれば、本日の娘のエスコートはこのわたしが・・・・」
いけない。
お父様は今日わたしのエスコートが出来ないことを、ずっと嘆いておられたから。
ほうっておいたら本当にウィルフレイ殿下を追い返してしまうわ。
「お父様、冗談ですよ、冗談。今学園で、そういう冗談が流行っているのです。ご存知なかったですか?」
慌てて階段から駆け降りて、お父様と殿下の間に割って入る。
勿論そんなおかしな流行りなんてないのだけど。
ここは嘘も方便ってことで許してほしい。
お父様はわたしを見て、表情をいくぶん和らげたけれど、それでも納得はしていないらしい。
「冗談? しかしいくら冗談でも、言っていい冗談と許されない冗談が・・・」
「大丈夫です、平気です、ほらもうお父様、まだお仕事が沢山残っているのでしょう?」
本当はお父様に、デネブさまのエスコートをお願いしたかったのだけれど。
この流れではそれも難しい。
グイグイとお父様の背中を押し、ついでに脇に控えていた家令に『父を連れていってくれ』と目配せする。
長年我が家に仕えてくれている彼は、わたしのその目線だけで正しく意思を読み取ってくれて。
「旦那様、大変申し訳ありませんが、早急に決済していただきたい書類が幾つもございます」
「おい、待て、ラウル、まだ話は終わっていない」
「ささ、旦那様。これ以上は若いお二人の邪魔になりますよ。潔く負けを認めて、旦那様はお仕事に参りましょうね」
「待てと言っている、ラウル!!」
流石出来る家令。
有無を言わさずお父様は退場させられ、その姿も声がどんどん小さくなっていく。
「ラナベル」
お父様の姿が見えなくなったところで、ウィルフレイ殿下に名前を呼ばれた。
そして。
わたしの視界いっぱいに広がる、赤い薔薇の花束。
「お前のような不出来な女でも、あの学園を卒業できるとはな」
・・・これは、『卒業おめでとう』って意味だろうな。
「ありがとうございます、殿下」
笑顔で花束を受けとると、ふわり花のいい香りがした。
赤い薔薇、それもこんなに沢山。
今まで殿下には色々な花を贈ってもらったけど、赤い薔薇は初めてかもしれないい。
とても名残惜しいけれど、脇に控えていたメイドに「部屋に飾っておいてね」と手渡す。
残念だけれどパーティーに持っていくわけにはいかない。
薔薇は贈られた本数にも意味があるから、後で何本だったのかも確認しておかないと・・・。
「それになんだ、その格好は。 貧相で品がなく、これ以上ないほどにみっともない」
「はい殿下。素敵なドレスをありがとうございます。殿下はいつも素敵ですが、今日は一段と素敵ですね。 思わず見惚れてしまいます」
もう二年も経つと、殿下のこの言い回しにも随分と慣れたもので。
いちいち本心でもない殿下の言葉に傷ついたりしないし、言いたいこともなんとなく掴めてくる。
今回のこれは、『ドレスがとても似合っている、綺麗だよ』って言いたかったんだと思う。
わたしの言葉に、もともと赤かった殿下のお顔が更に真っ赤に染まる。
耳も、首もとまで真っ赤だし、目なんかうるうるしてるし。
わたしの言葉一つでこんなに喜んでくれるのに、悪態だけを信じて傷つくなんて有り得ない。
「忌々しい、この毒婦が。くだらないことを言っていないで、さっさと出るぞ」
口ではそんな凄まじい悪態をつきつつ、体は丁寧にわたしをエスコートしてくれる。
ウィルフレイ殿下に手を取られ、一歩、二歩と歩いたところで。
いけない、デネブさま。
「ウィルフレイ殿下。今日は、その・・・ルーカス殿下は一緒にお越しではないのですか?」
「・・・ルーカス? ・・・この忌ま忌ましいアバズレが、俺の弟にまで色目を使うつもりか?」
ひえ、殿下のお声が一段低くなった。
これはきっと制約のせいばかりじゃない。
「ち、違うのです、別にルーカス殿下にお会いしたかったという意味ではなくて・・・。いえ、あの、会いたくなかった、という意味でもないのですが・・・」
慌てて弁解をするけど、焦ってしまってどうしてもうまく説明できない。
とその時。
「おい、シロ兄。狭量な男は嫌われるらしいぞ?」
後ろから溌剌とした声が聞こえる。
デネブさまだ。
その声に殿下が顔を上げて。
「・・・・・・は?」
今までわたしが見たこともないような、珍しい表情でぴしりと固まった。
目が点になるって、こういう感じのことをいうんじゃないかな。
殿下の美しいサファイヤブルーの瞳が、ゆっくりと下へと下がっていき。
そしてまた同じだけゆっくりと上へと戻っていく。
わたしも先ほど、同じことをしたから分かる。
多分、わたしの後ろに立っているんであろうデネブさまの、本日の装いを確認したんだ。
「ええっと・・・とりあえず卒業おめでとう、魔女どの・・・」
驚いた顔のまま、それでもちゃんと祝いの言葉を言える殿下はさすがだと思う。
けれど多分、その後に続く言葉は。
「それで・・・えっと・・・。 本日は、その装いで行かれるのか・・・?」
ええ、殿下わかります。
わたしも先ほど同じことを問い掛けましたから。
殿下の花束は全部で99本だったらしいです。
昨晩は夜遅くまで仕事をしていた殿下ですが、朝早くから起きて自分でせっせとバラを摘んだそうです。
花言葉は永遠の愛、ずっとあなたが好き、という意味らしいです。
読んでくださりありがとうございました。




