番外編 ドレスコードは基本です
今さらですが、番外編を書いてみました。
ラナベル達の卒業パーティの話です。
楽しんで読んでいただければ幸です。
「えっと・・・本当にその格好で行かれるのですか・・・?」
どうしようか散々迷った挙げ句、でもどうしても我慢できなくて。
わたしは目の前に立っている友人にそっと声をかけた。
「うん? なにかおかしいか? ああ『それとも素敵すぎ』か? そうだろう、そうだろう、この服は僕の一張羅だからな」
どうだと、嬉しそうに胸を張る、わたしの友人デネブさま。
けれど、申し訳ないが、そうではない。
むしろその逆だ。
私たちは今日、無事に学園を卒業した。
そして今から、卒業後のパーティーがあるのだけれど。
パーティーはドレスコードが基本となる。
コートやドレスの購入が難しい場合は、学園から無料で衣装の貸しだしもしている。
つまり出席者全員、華やかな装いで来るのが通例であって・・・。
「えっと・・・デネブさま、大変申し上げにくいのですが・・・」
そんな中、つい先程わざわざ我が家に迎えに来てくださったデネブさまの装いは、少しだけ裾がヨレていて、少しだけ生地が擦り切れている。
そして元は綺麗な黒色だったんだろうな、と思える、でも今は少しだけ色あせた長いローブ。
言葉を選ばずに言えば、ヨレヨレの擦り切れた黒いローブ。
確かに目を凝らしてよぉくみれば、いつも彼女が着ているローブよりは幾分まし・・・ゴホン、 美しいですが、それでも卒業パーティーに着て行くような装いではないように思える。
勿論、それ自体は悪いことじゃない。
彼女にとっては、そのローブこそが最上級の装いなのだろう。
去年のパーティーでも、彼女が同じものを着用していた記憶がある。
きっと思い入れがあるのだろうし、それを否定するつもりもない。
けれど今年は、卒業生であるわたしたちが主役だ。
在校生として出席した去年とは、意味合いが大分違ってくる。
なにより彼女はそういう『おしゃれをする』、とか『着飾る』ということに本当に無頓着だから。
これを機会に、そういう楽しさも知って欲しいと思う。
チラッと壁にかかっている時計で時間を確認する。
もう開場まであまり時間がない。
もう少しすれば、ウィルフレイ殿下がわたしを迎えに来てくださるだろう。
彼女のドレスを選び、着替え直し、更にそれに合わせた髪型を作るならもうギリギリの時間だ。
クルクルの黒髪に付けられているのは、先日わたしがお揃いで買った髪留め。
彼女は毎日それを身につけてくれていて、すごく嬉しいのだけれど。
ドレスを着るなら、あれももう少し違う髪飾りに変えたい。
出来るなら、アクセサリーも欲しい。
そう考えるとどうしても時間が足らない。
ああ、どうして事前にちゃんと確認をしなかったのかしら。
数日前にそれとなく聞いたときは「大丈夫だ、任せておけ」と言っていたから。
妙に自信満々な彼女の態度に、てっきりどなたかから(主にルーカス殿下から)ドレスが届いているのだと思っていたのに。
まさか今年も、真っ黒なローブで来るだなんて。
いえ、ローブもとっても素敵です。
デネブさまの黒髪によく似合っていますし、黒は女性を美しく見せてくれます。
とっても素敵なのですが・・・。
けれど少しだけ年代物だし、少しだけサイズもあっていない。
つまり結局のところ、着替えさせたい。
問題はそれをどう彼女に伝えるかと言うことだけど。
大丈夫、以前の彼女ならともかく。
今のデネブさまならきちんと話を聞いてくれるだろうし、その上で最善を選んでくれるだろう。
話を聞いたうえで、デネブさまが『着替えない』と言うなら、それも一つの選択肢よね。
とにかく話すだけ話してみないと。
「・・・そのローブは・・・」
「ああ、150年前に作ったオーダーメイドのローブだぞ」
「・・・そう、ですか」
どうしましょう、思っていたよりもずっと年代物でした。
「この胸のとこの紐は、実はドラゴンのヒゲが使われててな・・・」
「ドラゴン・・・ですか」
そして思っていたよりもずっと素晴らしいものでした。
「あらゆる精神攻撃から守ってくれるし、僕の魔法力も高めてくれる優れものだぞ」
「・・・そう・・・ですか・・・」
えっと・・・?
そんなにも素晴らしいものでしたら、口を出すべきではないのでしょうか?
いえ、それでもやっぱり彼女はもう少しおしゃれを楽しんだ方が・・・?
「えっと・・・今日の装いについて、ベルン子爵家ではなんと・・・?」
彼女は本物のアイシャ ベルンのかわりに、今ベルン子爵家にいる。
勿論子爵家には、アイシャの父や世話人がいるわけで。
そんな中で、卒業パーティーのドレスについて誰も何も言わなかったのだろうか?
「うん? 特になにも?」
「何も、ですか?」
「ああ、魔法で適当にごまかしたからな。適当な格好に見えてるんじゃないか?」
「・・・そう、ですか」
まあ、魔法って本当に便利。
・・・ってそうではなくて・・・。
これはどうやって言えば伝わるでしょうか?
「あのデネブさま、本日のわたしのドレス、どうでしょう?」
「あ? ・・・ああ、シロ兄から貰ったやつか?」
ええ、そうです。
先日ウィルフレイ殿下に贈って頂いたこのドレスは、本当にため息が出るほど美しいものです。
これを見てデネブさまから『自分もそんなドレスを着てみたい』という発言が引き出せたなら、それを期に・・・。
「なんか重そうだな」
「・・・・」
「それに、シルバーのドレスに青色の刺繍や腰巻きって。シロ兄は独占欲丸出しすぎじゃないのか?」
ええ、シルバーもサファイヤブルーも殿下のお色ですからね。
というか、腰巻って。
サッシュリボンと言ってください。
それにドレスはちゃんとシルバーに見えるのですね。
ウィルフレイ殿下は勿論、ルーカス殿下のお髪も同じ色味なのですけど?
同じ色なのに、ルーカス殿下のお髪だけは白に見えるのですか?
突っ込みたいところはたくさんあるけれどとにかく時間がない。
一番言いたいことは。
「デネブさまも、このような美しいドレスを着てみたいと思いませんか?」
「思わないな」
即答。
これはもう余計なお世話かしら。
本人が望んでいないのなら、こちらの考えを押し付けているだけになるのだろうか。
別にどんな格好でも、デネブさまが納得されているのならそれでいいのでは・・・。
けれど今日は晴れの舞台。
今まで学校になど通ったことがないと言っていた彼女の、最初で、もしかしたら最後になるかもしれない、彼女が主役のパーティーなのだ。
出来れば、いつもとは違う体験をしてほしい。
綺麗なドレスをきて、ほんのりとお化粧をして、髪も綺麗に結い上げて。
女として産まれたなら、そういうことが嫌いなわけがないと思うのだけれど。
でもこの考えこそ押し付けになるのだろうか?
いえ、でも・・・だけど・・・。
グルグルと同じ場所で思考が回る。
ああ、もうこんな時間。
着替えるなら、早くしないとウィルフレイ殿下が・・・。
そう思った時。
わたしはようやくその事実に思い至った。
ドレスよりももっとずっと重要なこと。
えっと・・・なぜデネブさまは今ここにいらっしゃるのかしら・・・?
いつも前触れなく急に尋ねてきてくださるから、今日の来訪もつい普通に受け入れてしまったけれど。
それを疑問に思う前にドレスに気を取られてしまったけれど。
・・・なぜパーティーの直前に彼女はここにいるの?
普通はエスコートしてくださる男性が、家や学生寮まで迎えに来てくださるはずなのだけれど・・・。
ここに彼女がたった一人でいる、ということは・・・。
「デネブさま、まさか本日どなたにもエスコートをお願いしていない、なんてことは・・・」
「あ? ああ、誰もいないぞ」
「・・・・・・」
何ということでしょう。
去年は、ご学友の方と楽しそうに入場されていたではありませんか。
今年も、どなたかと約束をなさっていると思ってましたのに。
なのに、まさか、誰とも・・・?
「何人か声かけられたけど、面倒だから断った」
面倒だからって・・・。
一人であそこに入場するのがどれほど悲しく、どれほど精神力を削られるか、デネブさまはわかっていらっしゃらない。
ええ、勿論、わたしはわかってますよ。
一度経験してますからね。
「えっと・・・エスコートは今からでもベルン子爵にお願いして・・・」
パートナーが決まっていない学友を今から探すのは難しいだろう。
下級生なら誰かいるかもしれないが、この時間でそれを探しだし交渉するよりも、身内に頼んだ方がいい。
でも今から馬を走らせて、果たしてベルン子爵が捕まるだろうか?
なら、わたしのお父様に・・・。
そう思ったとき。
コンコンコンと、部屋の扉が叩かれ。
「お嬢様、ウィルフレイ殿下がお見えになりましたよ」
来訪者を告げるメイドの声。
反射的に時計を見れば、約束の時間の丁度5分前。
どうやらわたしがぐずぐずしている間に、タイムリミットがきてしまったらしい。
読んでいただきありがとうございました。




