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ある日の昼下がり2

「・・・・・ルーカス」


突然聞こえてきた、地を這うような低い声に驚いて後ろを振り返る。

日の光を浴びながら、こちらに歩いてくる人がいる。

キラキラと輝く銀の髪。

透き通っていてとても綺麗なサファイヤブルーの瞳。

鼻筋のすっと通った高い鼻に、少し小さめの唇。

長い手足に、服の上からでもわかるほど鍛えられた、たくましくしなやかな体。

文句のつけようもないほど完璧な容姿をもつその人は。


「ウィルフレイ殿下」


わたしの婚約者であるウィルフレイ殿下だ。

殿下は甘くとろけるような視線を一瞬わたしに向けてくださった後、その視線をわたしの隣の席に座っているルーカス殿下に向けた。


「ルーカス、少しだけ距離が近すぎるのではないか?」


・・・いえ、殿下、これくらい普通ですけど?

というより、ルーカス殿下はさっき体を引く前から、わたしと随分距離を取ってましたけど?

むしろ不自然に距離を取りすぎてたくらいですけど?


「・・・・これくらい普通です、兄上」


はあ、とため息混じりに反論するルーカス殿下。

ええ、ルーカス殿下、わたしもそう思います。


「このアバズレの色香に惑わされたか。あちこちに毒牙を巻き散らかして、本当に忌ま忌ましい」


・・・多分、心配だからルーカス殿下とあまり仲良くしないでね、って意味かな。


視線を向ければ、ウィルフレイ殿下が口元を押さえて、しょんぼりと肩を落としている。

・・・もう。

『ちゃんとわかってますから、何か言ってしまう度にそうやって落ち込まなくて大丈夫です』とお伝えしているのに。

『それよりもあなたの声を聞きたい』と何度もそう言っているのに。

なのにウィルフレイ殿下はわたしを傷つけないようにあまり話さないようにしているし、思わず話してしまった時は、こうやってわかりやすく落ち込んでしまう。

隙のない完璧な王太子。

何があっても揺るがず動じない絶対的な王者。

そうあちこちで称されるウィルフレイ殿下が。

わたしのことでこんなに簡単に表情を変え、目に見えてしょげている姿を見ると、本当に愛おしくてしょうがない。

そんなに気にするなら、正式な婚姻式を待たずに結ばれるという方法もある。

わたしはウィルフレイ殿下が大好きだからいつだって受け入れる覚悟はできている。

けれどこの国では、婚姻を結ばずに一線を越えるのは非常にふしだらとされていて。

特にそれを許してしまった女性側の名誉に大きな傷を付ける。

だからウィルフレイ殿下は、毎回こんなにわかりやすく落ち込んでしまうのに、わたしの名誉のためにずっとずっと堪えてくださっている。

(・・・黙っていればわからないのに、なんて考えてしまうのはわたしが転生者だからかな。

あ、でも事情を知っているらしいルーカス殿下にだけは分かってしまうかな。それはそれで恥ずかしいな)

結婚式を早めることも出来るのに、それすらもウィルフレイ殿下は頑なに反対する。

出てくる言葉が勝手に変わってしまっているようなので、その理由は推測でしかないけれど。

多分一生に一度しかない結婚式なのだから、ドレスや装飾品、会場をきちんと不備なく準備をして、最高の状態で迎えたい、って感じじゃないかなと思う。

これも多分わたしのため。

結婚式なんて前世でも今世でも『女性のための晴れ舞台』みたいなものだものね。


「ウィルフレイ殿下、大好きですよ」


そうしてわたしは、殿下がこうやって落ち込む度に気持ちをちゃんと伝えるようにしている。

自分の気持ちを相手に伝えることがどれほど大事で、そしてそれをちゃんと相手に伝えられることがどれほど幸せなことかわかったから。

だから伝えなくても分かっているだろう、なんて横着はしない。

わたしの言葉に、ウィルフレイ殿下のお顔がみるみる輝いていく。


「・・・・この毒婦が」


そう言いながら手に持っていた一輪の花を差し出してくれる。


「こんなに綺麗に咲いたのに、お前のようなアバズレの手に取られる花が可哀相で仕方がない」


・・・・今日は、赤いアネモネか。

殿下は会う度にこうやって一輪ずつ花を贈ってくれる。

花言葉は確か・・・。


「はい、わたしも・・その・・・愛しています、殿下」


赤いアネモネの花言葉は『あなたを愛しています』。

ウィルフレイ殿下は言葉で想いを伝えられない代わりにか、こうやって花に想いを託して届けてくれる。

受けとったからには、わたしも同じ分の言葉を返したいけれど。

流石に、人前で『愛してます』は恥ずかしい。

かあっと頬が熱くなるのを感じる。


「この毒婦が、身の程を知れ」


とろけるような表情をした殿下にぎゅうっと抱きしめられた。

そして。


「・・・はあ・・迷惑ですから余所でやっていただけますか、兄上」


こうやってルーカス殿下に冷ややかな目で見られ、冷静な突っ込みを入れられるまでが、いつもパターンだ。

ウィルフレイ殿下は名残惜しそうにわたしの体を離すと、空いていた(ルーカス殿下とは反対側の)わたしの隣の席に腰を下ろした。

・・・・・あの・・ウィルフレイ殿下、少しだけ距離が近くありませんか?

ルーカス殿下とのこの距離が近いと先ほど怒っていらっしゃったのに。

殿下の距離感は一体どうなっているのですか。


「やはりお座りになるのですか。卒業したはずの兄上がこんなにしょっちゅうこちらにいらして。・・・まさかお暇なのですか?」

「暇なわけがないだろう。毎日執務におわれている」

「ですよね。毎日凄まじい量を処理しているはずなのに。どうやったらあの量をあんなに適確に捌きつつ、ここにくる時間まで捻出できるのですか」

「毎日頑張っている」

「・・・普通は頑張ったところで、どうにかできるレベルのものではないのですが・・・」

「お前こそ、ここに来過ぎではないのか? ・・・・まさか、このアバ・・・」

「ラナベル嬢目当てにここに来ているわけではありません。というか兄上、狭量すぎやしませんか?

 こんなにしょっちゅう学園に来て、他の男共を牽制しなくても、誰も王太子の婚約者に手を出したりしませんよ」

「・・・・しかしこの毒婦の色香にどれだけの人間が犠牲になるか・・・・」

「狭量な男は嫌われますよ」


ルーカス殿下の切れ味抜群の言葉に、相当なダメージを受けている様子のウィルフレイ殿下。


・・・・・・どうしましょう、わたしの婚約者さまがかわいすぎます。


改めてじっとウィルフレイ殿下を観察してみる。

なんだか最近の殿下って、男の魅力に更に磨きがかかった気がする。

学園を卒業して、執務を本格的に始めたことによる自信からくるものなのか。

それとも、もしかしてわたしとの関係修復も関係してたりするのかな?

とにかく醸し出す男の色気と、大人の余裕みたいなのがすごい。

服は首元まで詰まったシャツに、ジュストコールで。

学園の制服じゃないのも、大人の魅力を上乗せしてるのかもしれないけど。

肌の露出なんて少しもないのに、物凄く色っぽい。

それにいつ見ても凄く綺麗。

髪なんかさらっさらだし、肌なんて女のわたしよりもつるつるだし,何より凄くいい香りがする。


「・・・・・・何を見ている」


あら、不躾に見すぎてしまったかしら。

ルーカス殿下と話していたウィルフレイ殿下のサファイアブルーの瞳がこちらを向いた。

控えめに言って、その横顔、すごくカッコイイです。

かわいいのに、カッコイイです。本当に見惚れるほどです。


「ウィルフレイ殿下はほんとに素敵だなと、つい見惚れておりました」


いけない。思っていたことをついそのまま口にしてしまったけれど、流石にはしたなかったかしら?


「す!? み!?」


思わずといったように、右手で口元を押さえた殿下のお顔がみるみる赤く染まっていく。

ええもう、耳や首もとまで真っ赤です。

この反応は怒ったり軽蔑されたりはしてないわね。

じゃあ1度やってみたかったことを今言っても大丈夫かしら。


「殿下のお髪は本当にサラサラで気持ち良さそうですね。少しだけ触らせて頂いてもよろしいですか?」


わたしの言葉に、殿下のお顔がますます赤く染まる。

美しいサファイアブルーの瞳が所在なさげにウロウロとさ迷った。

・・・・これは困らせてしまったかしら?

いくら婚約者とはいえ、殿下のお髪に触らせてほしいなんて厚かましいお願いをしてしまったわ。


「殿下、申し訳ありません、先ほどの発言はどうか・・・・」


「忘れてください」そう続くはずだったわたしの言葉が、ピタリと止まる。

殿下の頭がずいっとわたしの方に差し出されたからだ。

重力に従ってサラサラと流れ落ちていく銀の髪。

日の光を反射して、一本一本が光り輝いてみえる。

本当に綺麗だ。


「お前のような毒婦に触れられるなど虫酸が走る」


・・・・えっとこれは・・・。


「お前のような毒婦に! 触れられるなど! 虫酸が走る!」


何度も同じ言葉を言いながら、ずいっとわたしの方に差し出される形までいい頭。

これは、えっと・・・触ってもいいということかしら・・・?


試しに、少しだけ手を伸ばしてその髪に触れてみる。

ピクッと殿下の体が微かに震えたけれど、頭を引っ込める様子はない。

うん、触ってもいいみたい。

調子に乗って、髪の間にもう少し手を差し入れてみる。

サラサラの絹のような髪が、指の間をすり抜けていく。

なにこれ、本当に気持ちいい。


気がつけばわたしは夢中でウィルフレイ殿下の頭を撫で回していて。

ゴホンというルーカス殿下の咳ばらいではっと我に返った。


「も、もうしわけありません、ウィルフレイ殿下、つい調子に乗ってしまい・・・」


慌てて引っ込めようとした手をウィルフレイ殿下に捕まれた。

そして、まだ撫でて欲しそうに頭を擦り寄せてきた殿下が上目づかいに見つめてくる。

ああ、ウィルフレイ殿下の目って本当に吸い込まれそうなくらい綺麗。


「・・・余所でやって頂けますか、兄上」


氷のような冷たいルーカス殿下の声に、またはっと我に返る。


いけない、人前だった。

気まずい! そして恥ずかしい!

それはウィルフレイ殿下も同じだったようで。


「あ~・・・え~と、そういえば俺がここに来た時、なんの話をしてたんだ、ルーカス?」


あからさまに話しをそらした。


「・・・アランのことを話していたんです」


ふぅと一つ、大きく息を吐き出したルーカス殿下が真面目な顔でウィルフレイ殿下に向きなおる。


「最近レーナの文字を勉強し始めたアランに、レーナ語で手紙を書いてやってほしいと、そうラナベル嬢に頼んでいたところでした」

「アランに・・・」

「・・・構わないでしょう、兄上?」


真正面から、その反応を確かめるようにじっとウィルフレイ殿下を見つめるルーカス殿下。

その視線を無言で受けていたウィルフレイ殿下がゆっくりと顔をこちらにむけた。


「お前が何をしようがどうでもいい。勝手にしろ」


・・・これは、ぜひ書いてやってくれって意味かな?

わたしが?

アラン殿下に?

殿下とは個人的にお話ししたことなんて一度もないし、何を書いたらいいか。

でも簡単な近況でいいって仰られてたし、文字の習得のためだからそんなに気負わなくてもいいのかな。

なによりあの文字本当に難しいから、少しでもアラン殿下の助けになるのならぜひやりたい。


「分かりました、では近日中にアラン殿下に手紙を送りますね」

「そうか、ありがとう。あいつもきっと喜ぶ」


わたしの言葉に、嬉しそうに破顔するルーカス殿下。

うわ、ルーカス殿下の笑ったお顔って初めて見たかも。

ここでお茶を飲んでいるときのルーカス殿下は、だいたい仏頂面で・・・。

そこまで思って、ふと疑問に思った。

今更だけど、ルーカス殿下はどうして度々こちらにいらしてくださるのかしら?

それも毎回美味しいスイーツまで用意してくださって。

ルーカス殿下だって相当お忙しいお立場のはずなのに。


しれっとした顔で、お茶を飲んでいるルーカス殿下。

そしてその前の席にはルーカス殿下が持ってきてくださったカヌレを、ぱくぱくと美味しそうに頬張っているデネブさまがいる。


・・・・・え・・・? つまりそういうこと・・・?


「ルーカス殿下は、デネブさまに会いにこちらにいらしているんですか?」


またつい口から出てしまった言葉に、ルーカス殿下の動きがピタリと止まる。

数秒の沈黙の後。

物凄く嫌そうに顔をしかめたルーカス殿下に、じろりと睨まれてしまった。

そしてそんなルーカス殿下に、眼をキラキラさせるウィルフレイ殿下。

やばい、わたしまずいこと言った?


「なんだルーカス、そうだったのか」

「違います」

「そうならそうと、なぜ早く言わない?」

「違います」

「そういえばお前、魔女殿の正体も簡単に見破っていたものな」

「あんな底抜けのバカ、そうはいませんから」

「少しくらいバカな女性が好みだと、前に話していただろう?」

「・・・・・」


なんだろう、おかしいな。

こんなにいいお天気なのに、背筋がぞくぞくする。


背中にどす黒いオーラを纏ったルーカス殿下が、目を細めてゆっくりと口角をあげた。


「兄上は『少し』の意味、ご存知ですか?」

「うん?」

()()が『少し』ですまされるようなバカだと、兄上は本気でお考えですか?」


・・・うん、結構ひどいいいよう。

そして『いやぁ、う~ん』と返答に困っているウィルフレイ殿下も、なにげにひどい。


「ここに来ているのは、あのバカがおかしなことをしないように監視するためです」


『だから二度とおかしなことをいうな』と、無言の圧を込めた眼でじろりとまた睨まれてしまった。

怖い、怖いです、ルーカス殿下。


「申し訳ありません、ルーカス殿下。おかしなことを口走りました、お許しください」


これ以上食い下がる根拠も見つからず。

そしてなにより、この絶対零度の冷気を放つルーカス殿下に、これ以上怖くて何か言えるわけもなく。

座ったまま丁寧に頭を下げた。

フンッと不機嫌そうに鼻をならしつつ、ほんの少しだけアゴを引いてくれるルーカス殿下。

おそらく『しょうがないから謝罪を受け入れてやる』っていう意味だろう。

こんなに怒ってても、ちゃんとそういう態度を取ってくれるルーカス殿下って、ほんと優しいと思う。


「・・・おい、このアバズレが・・・」


ついぼんやりとそんなことを考えていたら、物凄く寂しそうな声と共にくいっと服を引っ張られた。


「・・・また男に色目を使っているのか、この毒婦が」


振り返れば、ウィルフレイ殿下がしょんぼりと肩を落として上目遣いにわたしを見つめている。

他の男のこと考えないで? こっち見て?

殿下の眼が明らかにそう訴えていて・・。

なんか子犬に見える・・・・・ウィルフレイ殿下・・・なんてかわいい表情を・・・。

もちろん一発で心臓を打ち抜かれて、胸がキュンキュンしてしまう。


「殿下」


思わずウィルフレイ殿下の頭を撫でようと手を伸ばしかけたわたしは・・・。


「迷惑です。余所でやってください、兄上」


ルーカス殿下の切れ味抜群の言葉に、またばっさりと切り捨てられてしまったのだった。











その後、いきなり届いた、よくわからない文字で書かれた手紙を、律儀にも一生懸命翻訳したアラン。勿論すごく喜んだそうです。

ちなみにルーカスはレーナ文字は書けないと言っていますが、本当はめっちゃ書けます。

読んでくださりありがとうございました。

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