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ある日の昼下がり

婚約破棄騒動後の話しです

「なんだこれは! いいがかりにも程があるぞ!」


天気のよい昼下がり、平和な学園の中庭に怒声が響き渡る。


「あの・・・デネブ様、もう少しお声を落としていただけますか」

「これが怒鳴らずにいられるか! なんだこの『答えを見つけられなかった人間は魔女の怒りをかい、ひどく残虐な方法で殺されてしまいました』という、ふざけた内容は! 僕はそんなことほとんどしていない!」

「・・・・・そうですか、ではなにか手違いあったのかもしれませんね」


・・・今『ほとんどしてない』って言いました?

つまりちょっとはそういうことをしてるってことですよね?

っていうかあなた、つい一ヶ月前、わたしにむけてそれはそれは綺麗な殺意を向けてくださいましたけど?

まさか綺麗にお忘れでしょうか?

 

頭の中に盛大に浮かんだそんな言葉(つっこみ)を、妃教育で培った忍耐を総動員して笑顔でやり過ごす。




早いものであの波乱の卒業パーティから一ヶ月がたち、わたしは無事に王立学園の三年生に進学した。

そしてありがたいことに、わたしはまだウィルフレイ殿下の婚約者のままでいられている。

あんなにたくさんの貴族令息令嬢がいる中で行われた、ウィルフレイ殿下の婚約破棄宣言。

それを覆すのはもしかしたらとても難しいんじゃないかと心配もしてたんだけど。

殿下と一緒になって気を失ってしまったらしいわたしが数時間後に目を覚ましたときには、全てが綺麗に収まっていた。

ルーカス殿下いわく『デネブが今回の一連の騒動の記憶を消した』らしい。


魔女様、ありがとうございます、グッジョブです。

・・・でも。

わたし殺されかけたこと、そしてそれのせいでウィルフレイ殿下が大怪我を負ってしまったこと。

決して忘れてはいませんから。

けれど、魔女様が記憶を操作してくれたおかげで、卒業パーティーはつつがなく終了したことになっているし、わたしもウィルフレイ殿下の婚約者でいられる。

それに関しては本当に感謝しかない。


そしてその魔女、デネブさまだが。


驚いたことに、今までと同じようにアイシャ ベルンとして学園に通い続けている。

わたしから見たら、黒髪赤目の魔女デネブさまにしか見えないのだが。

他の人間には、今までと同じ『アイシャ ベルン』にみえるらしい。

魔法って本当に便利。

で、時々(というよりほぼ毎日)こうしてお昼休みに一緒にお茶をするようになった。

・・・多分、騒動をおさめてもらったお礼に、とお菓子をお渡ししたのがきっかけ。

それからすっかりお菓子にはまってしまったらしいデネブ様が、毎日のようにわたしのところにたかりに・・・ゴホン、わたしのところにお茶をしに来てくださる。

偉大な魔女様とご一緒できて、本当に光栄です。

ええ、光栄ですとも。

おかげさまで、毎日とても刺激的なお昼休みを過ごさせてもらっている。

先日の魔女さまはお昼に食べた果物が酸っぱすぎると怒っていらっしゃった。

その前は、日差しが強すぎると怒ってらした。

その前は、(普通の)お猫さまに無視されたといって怒ってらした。

そして今は、自分が題材になった絵本を見つけたぞ、と上機嫌で読んでいたかとおもったら。

どうやら最後の結末が気に入らなかったらしい。

顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。

・・・よかった、絵本は途中から読まれたのかしら?

あの絵本の最初のページ、『性格のひん曲がった魔女』って書いてあった気がする。

よかったわ、デネブ様がそのページを見てなくて。


思うにこの魔女様、沸点が壊滅的に低すぎると思う。


こんな自由な魔女様が、どうして未だに学園におとなしく通っているのか不思議だったのだが。

先日聞いてみたところ、どうやら『本物のアイシャ ベルン』に頼まれたらしい。

卒業までアイシャ ベルンとして学園に通ってほしい、と。

けれどどうしてそんなことをアイシャ ベルンは魔女さまに頼んだのかしら?

どうして自らこの学園に通わなかったの?

・・・・聞いてみようかな。

この魔女様、好みのお菓子を差し上げると意外とイロイロと喋ってくれる、とてもチョロ・・・ゴホンゴホン。

とても素直な性格の方なのだ。


「・・・ねえ、デネブさま?」

「なんだ!?」


あら、怖い。

まだご機嫌斜めの様子のデネブさまに、そっとお菓子を差し出してみる。

ぱっとデネブ様の顔つきが変わった。

ええ、もう、毎日ご一緒してますからね。好みは存じてますよ。


「本物のアイシャ ベルンさまは今どうしていらっしゃるのですか?」

「アイシャ? さあ? 今頃一生懸命働いて金を貯めてるんじゃないのか?」

「お金・・・ですか?」


意外な答えが返ってきた。

まさかヒロインが労働に勤しんでいるなんて。

でも一体なんために・・・?


「なんか金貯めて、隣の国に留学するんだって言ってたな。『マジョアイツーに出てくる、傷心の第三王子様を絶対にコウリャクする』って意気込んでた。まあ、あいつの言っていることは半分以上意味がわからない」

「え・・・?」


魔女愛2に出てくる王子様を攻略?

え・・・?

魔女愛って2でてるの?

わたし知らない。

まさかその前に死んだ?

いいえ、それよりも・・・。

アイシャ ベルン(ヒロイン)も転生者!?

しかも次作の攻略対象者狙い?

・・・そっか、だから、今作の舞台(学園)には来なかったんだ。

それで自分の穴を埋めるために、デネブ様に代わりに通ってもらう事にした。


なるほど・・・。

それにしても2の攻略対象者か。

どんな人がいたんだろう。

第三王子っていうくらいだから多分その人がメインヒーローよね。

名前は・・・。


「デネブ様、その傷心の王子殿下のお名前ってお分かりになりますか?」


追加のお菓子をそっと差し出す。

デネブ様は上機嫌で包み紙を開け、出てきたチョコレートをポイッと口の中に放り込んだ。


「名前・・・? あ~確か、クラウス? イザーク? いや、アルフだったか・・・?」

「・・・・・・」


デネブ様、お名前一つも似通っていませんが。

心底興味がなかったのですね・・・。

これはこれ以上の情報は出てこないだろうな、と。そう思ったところで。


「・・・・・随分と男の知り合いがいるじゃないか」


突然聞こえてきた美声に、ドキリとする。

振り返れば、ルーカス殿下がこちらに向かってゆっくりと歩いてくるのが見えた。

・・・・?

あら?

心なしか、機嫌が悪そう・・・?

ルーカス殿下はにこやかに愛想を振り撒くようなタイプの方ではないけれど。

それにしても随分と機嫌が悪そうに見える。


「シロ!」


ルーカス殿下を見た瞬間、パッと嬉しそうに表情を和らげるデネブ様。

そのデネブ様をみて、ルーカス殿下はあからさまに嫌そうな表情を浮かべて顔を背けた。


とにもかくにも殿下にご挨拶を、と腰をあげかけたわたしをルーカス殿下は右手をあげて制し、机の上に無言で紙包みを置いた。


「・・・いつもお気遣いありがとうございます、ルーカス殿下」

「もののついでだ。気にしなくていい」


はい、ツンデレセリフ頂きました、ありがとうございます。

ルーカス殿下は度々こうしてお茶の席にいらしてくれて、その度についでと称して美味しいスイーツを持ってきてくださる。

でも殿下、甘いものお嫌いですよね、知ってますよ。

ヒロインにケーキを無理矢理食べさせられて「甘い。まずい」って顔しかめてるシーン見ましたよ。

その殿下が何のついでに毎回スイーツを買われるのですか。

わざわざわたしたちのために買ってきてくださってるんですよね。

ほんとにツンデレですね。


そんな心の声(つっこみ)を笑顔で隠して。

流れるような美しい所作で空いている席に腰を下ろしたルーカス殿下に、お茶をそそぎ入れてお出しする。


「今日は何のすいーつを持ってきてくれたんだ、シロ?」

「何度も言っているが俺を『シロ』等と犬猫のように呼ぶのはやめろ」


と、嫌そうに顔をしかめつつも。


「今日は王都で人気になっているカヌレだ」


と律儀に答えてくださるルーカス殿下。

優しい、なにこのツンデレ。

くせになる。


「シロはシロだろう?」


ガサガサと紙袋をあさっていたテネブさまは、カヌレがでてくると嬉しそうにポイッと口に放り込んだ。

モグモグと美味しそうに咀嚼しながら、なにがダメなんだと首を傾げる。


「・・・これも何度も言っているが、俺の髪はシルバーだ。白じゃない。シロなどと二度と呼ぶな」


ああ、そこから『シロ』と呼ばれていたのですね。

その理由は確かに嫌ですね。

 

「僕には同じに見えるが」

「全然違う」

「そうか・・・。じゃあ・・・」


じゃあ、と言いかけたデネブさまの動きがピタリと止まる。

デネブさま、そこは名前で呼んで差し上げるところですよ。

なのに何かを言いかけていたデネブさまの目が、気まずさを誤魔化すようにウロウロと宙をさ迷いだした。

まさかデネブさま・・・ルーカス殿下のお名前を忘れた、もしくは知らない、なんてことは・・・。

わたしと同じ見解に至ったのか、ルーカス殿下の目付きが鋭くなる。

これはもめる前に何とかしないと。


「デネブさま、あのお方はルーカスさまですよ」


こそっと耳打ちすると。


「それくらい知っている」


とまさかのお叱りを頂いてしまった。

知っているのですか?

ではなぜお呼びしないのです?


目でそう訴えかけると、デネブさまはブスッと頬を膨らませた。


「シロはシロだ。名前なんかで呼びたくない」


名前なんかで呼びたくない?

デネブさま・・・。

今の言い方は余りよろしくないのでは?

・・・ああ、ルーカス殿下の方から冷気のようなものが漂って来る気がします。


「なるほど・・・。そうだな、魔女さまは兄上や、レイリー、ライナス、果てはアランにまですりよっていたくせに、俺にだけは近寄りもしなかったものな?」


え、そうなのですか?

一番ルーカス殿下に懐いてそうでしたのに?


「おい、どうして『魔女さま』なんて余所余所しい呼び方をするんだ。僕とシロの仲だろう?」

「ああ、俺達はただの『知り合い』だ。ならこれで十分だろう? 魔女さまは俺の名など呼びたくもないらしいし? まあ、別に全くどうでもいいことだが」


いえいえ、ルーカス殿下、かなり気にしていらっしゃいますよね?

デネブ様はこういう言葉の裏の意味を探るのは苦手そうだし、助け舟を出した方がいいのかしら?


「デネブ様、ここはちゃんとルーカス殿下のお名前を呼んで差し上げたほうがよいと思いますよ」


耳打ちをしたところで、多分ルーカス殿下には聞こえてしまっているだろうけど。

それでも一応体裁を保つために、耳元でこそっとデネブ様に伝えてみる。


「はあ? そんなの絶対に嫌だ!」


なのにそれを台無しにするデネブ様の大きな声、そして状況をさらに険悪にする内容。

頑ななデネブ様の態度に、ルーカス殿下の目つきがさらに険しくなる。


「・・・・そうか、ならもういい」


イライラした様子で席から立ち上がりかけたルーカス殿下の動きが。


「他の奴らと同じ呼び方でなんか絶対呼ばない」


デネブ様の言葉でぴたりと止まる。


「・・・は?」

「シロはシロだ。これは僕だけの特別な呼び方だ。シロは僕にとって特別だから特別な呼び方じゃないといけない」

「・・・・・・」

「親しい間柄は、愛称で呼ぶと聞いた。だから僕は他の連中と同じ呼び方はしない」

「・・・シロは愛称とは到底いえない・・・・。そしてお前とはただの『知り合い』だ」


「・・・だけどまあ・・・」、そう言いながら席に座りなおしたルーカス殿下のそのお顔が、ゆっくりと綻んでいく。

そして。


「そういう意味ならもっと早くそう言え、このバカ」


きゃーーーー、なんですか、そのセリフ。

お耳、少し赤いんですけど。

あのふて腐れたような表情、すっごくかわいいんですけど。

そして殿下、口角少し上がってますけど。

ツンデレすごい。


・・・・でも・・・。


なんでしょうか、このこそばい感じ。

意味もなくソワソワしてしまう。


そうだ、こういうときは話題を変えた方がいい。

ええっと・・・。

そう、さっきのルーカス殿下の言葉で気がついたのだけど。


「そういえば、ルーカス殿下。先ほどアラン殿下のお名前がでたように思いますが、バハムからお帰りになっているのですか?」


さっき攻略対象者の名前と一緒に「アランにも」って言ってたものね。

アラン殿下はゲームにはほとんど出てこなかったし、バハムに留学中とお聞きしたのだけど。

いつお帰りになったのでしょうか?

話題を変えるくらいの軽い気持ちでふった言葉に、ルーカス殿下が驚いたように顔をこちらにむけた。

わたしをまじまじと見つめるその美しいお顔が、痛みに耐えるかのようにみるみる強ばっていく。


「あの・・・ルーカス殿下?」


一体どうしてそんなお顔を?


「いや・・・。何でもない。アランは今はバハムにいる」

「そうですか」


では先ほどお名前が出たアランは、アラン殿下のことではなく別の方のことでしょうか?

でも今ルーカス殿下は『今は』とおっしゃった。

『今も』ではなく。

この言い方はなにかおかしい気がする。

気にはなったけれど、でもこれ以上何かを聞ける雰囲気でもない。


「・・・最近、アランはレーナの言語を勉強し始めたらしい・・・」

「まあ、そうなのですか?」


レーナ語は発音も文字も独特で習得がとても難しい。

覚えていなくても外交に支障がほとんどないので、覚えようとする人は少ないのだけれど。

アラン殿下は余程勤勉家なのだろう。


「ああ。だけど独特すぎて、文字の習得に行き詰まっているらしい」


ああ、一人で習得するのは大変ですものね。

わたしも苦労しましたからわかります、と相づちをうてば少しの沈黙を挟んだ後。

「だから」とルーカス殿下はわたしの顔をじっと見た。

あまりに真剣なお顔にドキリとしてしまう。


「だからラナベル嬢、アランにレーナ語で手紙を書いてやってはくれないか?」

「え? わたしがですか?」

「ああ、あいにくと俺はそこまでレーナの文字が得意ではない。兄上もお忙しい。届いた手紙を読み解くだけでも随分と訓練になると思うんだ」


確かに小難しい本を解読しながら文字を習得していくよりも、手紙の方がいくぶん気が楽だろう。

けれどわたしは、アラン殿下とは公式の場で数回お会いした事があるだけだ。

そんなわたしから手紙をもらっても、アラン殿下がお困りになるのでは?

それにウィルフレイ殿下の婚約者であるわたしが、他の殿下と個人的に手紙をやり取りするのは・・・。


「頼む、一度でいいんだ。何気ない近況でいい。書いてやってはくれないか?」

「ですが・・・」


わたしも出来るならお力になりたいけれど、ウィルフレイ殿下の許しを得ずに勝手をすることはできない。


そういおうと思ったとき。

わたしを真剣に見つめていたルーカス殿下のアメシストの瞳が、不自然に動いた。

綺麗な弧を描く眉がわずかによったのとほぼ同時に、殿下はすごい勢いで体を後ろに引いた。


・・・・?

なに?わたしどこかおかしかった?


「・・・・・ルーカス・・・」


その時だった。地を這うような低い声が聞こえてきたのは。











はっきりと名前は出ませんでしたが、前半に出てくる魔女愛2のメインヒーローはアランです。

超ハイスペックな優しい(でも初恋こじらせ)王子様として登場します。

張りきって攻略しに来たアイシャを見て『あ、この子あの時のちょっと頭のあれな子だ』と思ったらしいです。アイシャは無事アランを落とせたのでしょうかね。


ルーカスはあの時自分の力不足で、アラン一人に全ての後始末を押し付けてしまったことをずっと気にしていました。

アランのために何か出来ることはないかとずっと考えていた、優しいお兄ちゃんです。


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