ここは乙女ゲームの世界
何の変哲もない女子大生。それが前の人生のわたし。いつまで生きたのかとか、死因はなんだったのか、とかそういう細かいことはよく覚えていない。
ただ漫画や、小説、ゲームが大好きだったことは鮮明に覚えている。
いや、思い出すのがそんなことだけの人生もどうなのか、と思わなくもないけれど。
それだけ趣味に情熱をかけていた、ということなのだろう。
特に、数々の苦難を乗り越えたヒロインがかっこいいヒーローと結ばれる、そんなロマンティックな話しが好きだった。
そうして前世のわたしが数々の漫画を読み、乙女ゲームを喜々としてプレイするのを、夢の中で追体験しながら。
ふと今世のわたしが思い至ったこと。
ラナベル コナー・・・・?
ウィルフレイ カルシオン・・・・?
聞き覚えがある。
っていうかありすぎた。
それもそのはず、その名前は前世のわたしが一時期ドハマリした乙女ゲーム、通称【魔女愛】にでてくる登場人物と同じ。
そして・・・・。
テレビと呼ばれる箱の中に映し出された、ものすごい美人だけど、気の強そうな女性。
サルビアブルーの髪に、ペリドットを思わせる瞳。
少しばかり目尻が吊り上がった猫目に、つんとした生意気そうな鼻。
ヒロインの前に立ちはだかる悪役令嬢、ラナベル。
家の力で第一王子の婚約者におさまった、我が儘できつい口調の公爵令嬢。
きっとわたしが成長したらあんな感じ・・・?
名前もラナベルと表示されている。
であれば、もしかしてあれは・・・・・。
わたしだ。
目が覚めたとき、わたしは自分の存在を、そして立ち位置を正しく理解していた。
・・・・わたしラナベル コナーは悪役令嬢。
ヒロインとウィルフレイ殿下の恋を、より盛り上げるための障害。
この世界はいつか現れるヒロインさまのもので。
わたしの婚約者であるウィルフレイ殿下はその攻略対象の一人。
ヒロインがウィルフレイ殿下のルートを選んだら、殿下はそのヒロインさまと恋に落ちる運命。
そして邪魔になった婚約者のわたしは、ヒロインに嫌がらせをしたという罪だけで殿下に婚約破棄を言い渡される。
魔女が求める『真実の愛』はヒロインさまとウィルフレイ殿下が数々の困難を乗り越えて見つけだすもので。
悪役令嬢が許される場所なんか殿下の心には一ミリもない。
殿下の心は全てヒロインさまのものなのだ。
だからわたしは殿下にあんな言葉を浴びせられた。
───・・・だからわたしはウィルフレイ殿下に愛されない。
どんなに頑張っても、わたしは選ばれない。
その事実に、わたしは三日三晩泣き明かした。
奇跡的に病が完治し一ヶ月がたっても、ウィルフレイ殿下は一度として屋敷に来てくれなかった。
今まで、会えない日が七日と開くことはなかった。
どうしても忙しいときは、殿下から王宮に招かれたし、それさえ出来ないほど立て込んでいるときは手紙が届いた。
なのにそれさえも、なかった。
ああ、わたしは本当に見捨てられたのだ・・。
こんなに簡単に捨てられるほどわたしの存在はちっぽけな物だった。
幼子のように声をあげて泣いた。
部屋には殿下に贈られた物がいくつも飾ってあって。
それらを見ては泣いて。
気晴らしに出かけようかとクローゼットを開けては、また殿下から贈られたドレスが目に入り泣いた。
大好きだったのだ。
そんなにすぐに立ち直れるわけがない。
であればわたしはこれからどうしたらいいのか。
何日も何日も考えた。
どうせヒロインさまに取られるくらいならもう関わらないほうがいいのではないか。
難しいだろうが、なんとか殿下の婚約者の座を返上し距離をおけば、少なくともゲームのラナベルのように断罪され身分剥奪、なんて事態にはならないはずだ。
わたしのためにも、そして殿下のためにもきっとそうするのが正解だ。
けれど・・・・。
それでもやっぱりわたしは殿下が好きだった。
どんなに頑張っても結局はヒロインさまに持って行かれてしまうのかもしれない。
それが『運命』であり『真実の愛』なのかもしれないけれど。
だけど『どんなに頑張っても』、というほどわたしはまだ頑張っていない。
ウィルフレイ殿下に好かれるために、なんの努力してない。
やってもいないうちから、諦めたくない。
それくらいウィルフレイ殿下のことが好き、だから。
どうしたらいいのか。どうするのが正解か、じゃなくて。
わたしがどうしたいか。
そう問い掛けたとき、答は簡単にでた。
まだ諦めない。
努力をしてみせる。
これ以上もう無理だと言うほどの努力を。
ウィルフレイ殿下にもう一度価値があると思ってもらえるほどの人間になるために。
そうしてわたしは泣くばかりだった生活に終わりを告げた。
決して我が儘をいわず、甘えを捨て、毎日勉学に励んだ。
礼儀作法、刺繍、乗馬はもちろんのこと、二度と病になどかからないように、また自分の身は自分で守れるように剣術も学んだ。
ウィルフレイ殿下の隣にたっても恥ずかしくないように。
いずれ王としてたつウィルフレイ殿下を、少しでも支えられるように。
同盟国の言葉は全て修め、各国の情勢も頭に叩き込んだ。
ウィルフレイ殿下とは違い、出来の悪いわたしには無駄にできる時間なんて一秒だってなかったから。
寝る以外の時間全てを使い、高みを目指して努力し続けた。
仕種、視線の配り方、指の先にまで常に気を配り、品位と美しさを常に意識した。
なにがあっても淑女らしく微笑んで、取り乱すことがないように。
優雅に余裕を持って、少なくともそう見えるように心掛けた。
毎日毎日努力しつづけた。
そして三年後。
その努力は実を結びわたしは『カルシオンの青薔薇』と評され、誰からも一目置かれるようになったけれど。
・・・・けれどどんなに努力を重ねても、ウィルフレイ殿下との距離だけは縮まることはなかった。
一応立場上わたしはウィルフレイ殿下の婚約者のままではあったけれど。
わたしたちの交流などないに等しかった。
あれほど会いに来てくれていた殿下は一ヶ月に一度の婚約者としての茶会にしか来てくださらなくなり。
それも二ヶ月に一度になり、半年に一度になり、やがて「茶会は中止だ」という一文がかかれた断りの手紙が届くだけとなった。
それでもウィルフレイ殿下は、公式の場ではちゃんと婚約者としてエスコートはしてくれた。
けれど一切わたしの顔を見ないし、言葉もかけてはくれない。
ずっと不機嫌そうな顔でそっぽをむいているだけ。
贈られてくるドレスも、わたしの趣味をまるで無視した、わたしには似合わない色のものばかり。
添えられているカードには雑に名前がかかれているだけのもの。
婚約者としての義務だから。
本意ではない。
嫌々贈っているのだ、と。
わたしに無言で主張しているかのようだった。
・・・・これではまだ努力が足りない。
まだわたしはウィルフレイ殿下にとって価値のある人間にはなれていない。
もっともっと努力をしないと。
そうしてわたしはより高みを目指して、努力をしつづけた。