願いの代償
すみません、後始末の回です。
ヒーローもヒロインもでてきません。
でも読んでいただけると嬉しいです。
ラナベル嬢を抱き寄せた兄上の体から、目に見えて力が抜けていく。
程なくしてラナベル嬢の体からも。
共に血の気に失せた真っ白な顔に、脱力しきった肢体。
正直肝が冷えたが。
デネブいわく、体力が尽きただけでしばらく休めば治るらしい。
すぐに近衛を呼んで、王宮の医務室に運ばせた。
「やれやれ、収まるところに全てが丸く収まってくれたか・・・」
無事に二人が運び出されて行ったのを確認した後、ふぅっと一つ息を吐きだす。
一時はどうなることかと思ったが、結果的に全てが最高の形で収まった。
あの兄上の毒舌は、令嬢には相当厳しいものがあると思うが・・・。
さすが長年兄上に冷たくあしらわれ続けても耐え抜いた女性だ。
神経が随分とずぶと・・・・ゴホン、随分と逞しいな。
まあ、なんにせよ、長年兄上の苦しむ姿を見てきた俺としても感慨深いものがある。
そこはいい。
問題は別のところだ。
ちらりと周りに視線を向ける。
当然周りには相当数の貴族令息令嬢がいる。
彼らからしてみれば、いきなり婚約者に婚約破棄を突きつけた第一王子が、その元婚約者といちゃつきだしたようにしか見えなかっただろう。
かなりの醜聞だ。
この後始末をどうつければいいのか・・・。
別の女性をエスコートした挙げ句に、ラナベル嬢に婚約破棄を一方的に言い渡した兄上。
ラナベル嬢の名誉を守りつつ婚約を解消するには、俺の目から見てもあれしか方法がなかった。
一方で兄上の尊厳と名誉は著しく損なわれるが、兄上は全く気にしていない様子だった。
悪評が広まって嫁のきてがなくなるなら、それはそれで好都合だとまでおっしゃられていた。
兄上はラナベル嬢を上手に手放してあげる事しか考えていなかった。
だが手放さないとなって来ると話は変わって来る。
どれだけ箝口令をしいても、どこかから今日のことは漏れてしまうだろう。
兄上が、婚約者とは別の女性をエスコートし、婚約破棄を言い渡した、その事実はどうやっても消せない。
いつか必ず父上や、コナー公爵の耳にも入る。
そうなったら娘を溺愛していると噂のコナー公爵も黙ってはいないだろうし、父上も動かざるを得ない。
兄上の言動が未だにあの状態であるならなおさら。
コナー公爵の怒りを買うことは免れない。
ラナベル嬢がいくら訴えようと『第一王子は娘の婚約者としての資格無し』と判断され、ラナベル嬢の気持ちを飛び越えて勝手に婚約破棄の手続きを済ませてしまいかねない。
そうなったら父上はどう動くだろう?
・・・おそらく、コナー公爵の怒りを収めるために、そのまま婚約は解消。
コナー公爵家との関係を保つためにも、今名乗りをあげているアランとラナベル嬢を、という話になってもおかしくない。
いや、むしろその可能性が一番高い。
どうすればいい?
またラナベル嬢と引き離されるなんて兄上が気の毒過ぎる。
どうすれば一番平和的に収まる?
初手を間違えるわけにはいかない。
今まだ全員がこの場に残っている状態で、最善の対処しなければ。
今兄上は動けない。
この場をおさめるべきは、第二王子の俺。
俺がなんとかしないと・・・。
そう俺がなんとかしないといけないのに。
無理矢理『権限』を使った反動が今になって体に襲いかかってくる。
ひどい倦怠感と頭痛、そして目眩に、体がグラグラと揺れた。
「シロ、お前顔色やばいぞ。大丈夫か?」
ガンガンと鳴り響くようなひどい頭痛の中、幼い子供のような甲高い声が聞こえる。
この声は・・・。
そうだ、デネブだ。
魔女がいるではないか。
起こったことを無かったことにできる力を持つ魔女が。
「デネブ・・・。今回の騒動をなかったことにはできないか?」
激しい目眩を堪えながら問い掛ける。
いつもはとことんまで察しの悪い魔女が、今日は珍しく一回で俺の言いたいことを理解してくれたらしい。
「・・・対価がいる」
返ってきた言葉は至ってシンプルなもの。
だが、できないという類のものじゃない。
むしろ対価さえ払えば望みを叶えてくれるという意味にも取れる。
「対価は俺が払う、だから・・・」
「同じ人間と二度取引はしない」
俺の言葉を遮るように響くのは、きっぱりとした拒絶の言葉。
俺はこの魔女のこの口調を知っている。
そして頑ななこの声も。
いつも奔放で、無茶苦茶なようにみえるこの魔女は、魔法が絡むと口調と顔つきがかわる。
そして契約内容やそれにともなう対価については絶対に曲げない。
それは今までの経験上間違いない。
つまり、すでに一度デネブと取引をしてしまっている俺ではもう・・・。
くそ、頭痛がひどくて考えがまとまらない。
目眩もひどい。
グラグラと視界が揺れて、もう立っていられない。
「兄上、大丈夫ですか」
ふらっと傾いた俺の体を誰かが支えてくれる。
揺れる視界の中、必死にその人物を確かめたが。
そんなことをしなくても、この世の中で俺のことを『兄上』と呼ぶのは一人しかいない。
「アラン。お前は少し黙っていろ」
今アランに出てこられると話がややこしくなる。
貴族達が騒ぎはじめている。
とにかく、なんとかこの場を収めないと・・・。
「いいえ、ルーカス兄上。僕にも話をさせていただきます」
俺の体をしっかりと支えつつ、アランはデネブの方へと顔を向けた。
「失礼ながら、兄上との話を聞かせて頂きました。あなたは西の森に棲むという、あの偉大な魔女様で間違いありませんか?」
あの偉大な、という部分を少しだけ強調してくるところに小賢しさを感じる。
けれどでデネブには絶大な効果だったらしく。
「あ・・・? ああ、ああ、そうだとも。僕こそが世界で一番偉大な魔女デネブ様だ」
偉そうに踏ん反り返っている。
「そうですか・・・。ではその世界一偉大な魔女さま、どうか僕と取引をしてはいただけませんか?」
「・・・・は? お前何を言って・・・・」
「対価は僕が払います。ですから、ウィルフレイ兄上の婚約破棄。その一連の騒動をみんなの記憶から消して頂きたい」
・・・お前は何を言っている・・・?
何故お前が。
アランが俺と同じ結論に至らなかったわけがない。
このまま事態を放置し傍観していれば、いずれはラナベル嬢はアランと婚約を結び直すことになったかもしれないのに。
幼い頃から好きだった相手を、やっと手に入れられたかもしれないのに。
なのになぜ・・・?
「みんなの前で盛大にフラれてしまったなんて、恥ずかしいでしょう? だからみんなの記憶から消してほしいのです」
眉尻を下げて、困ったようにアランが笑う。
でも違う、そうじゃない。
きっとアランは、ラナベル嬢のために・・・。
「・・・対価はラナベル コナーの頭の中の『お前と過ごした記憶』。
つまり対価を払えば、お前はラナベル コナーから忘れられる」
これは制約じゃない。
対価だ。
支払えば二度とは戻らない。
お前はラナベル コナーから永遠に忘れられたままだ。
それから当事者達の記憶はおそらく消せない。
それでもいいのか、と。
魔女の無機質な声が続く。
「・・・だ、めだ、やめろ、そんなことは・・・」
ウィルフレイ兄上がどんな思いでラナベル嬢を愛していたか知っている。
けれど俺は。
その陰でずっとラナベル嬢を慕っていた弟のことも知っているんだ。
俺は立場上兄上の肩ばかり持ってしまったが、それでも弟が憎かったわけじゃない。
アランは本当に幼い頃から一途にラナベル嬢を好いていて。
今回だって、本当に純粋にラナベル嬢を救うためだけにここへ駆けつけてきたんだ。
お前の存在を利用したのは俺達の方なのに。
なのに、お前がそんな対価を支払う必要はない。
大好きな女性に、今まで共に過ごした時間全てを忘れられてしまうなんて、そんな残酷なこと・・・。
「ルーカス兄上は口ではとても厳しい事をおっしゃるが、実は優しいですよね」
ふふっとアランが喉をならして笑う。
「『なにも知らないくせにでしゃばるな』。 よくルーカス兄上に言われました。
・・・兄上、兄上のおっしゃっていたことは確かに正しかった。
僕は何も知らなかった・・・。ウィルフレイ兄上が、どれほど強い思いでラナベル嬢を愛していたか。
何も知らずに『兄上には必要ないのでしょう』なんてひどい言葉を浴びせてしまった・・・」
「アラン・・・」
「あの時、ラナベル嬢に向けて凶器が飛んで来たとき。僕は誰よりも側にいたのに動けなかった。
なにが起きても、ラナベル嬢を守るつもりでいたのに・・・。なのに体は少しも動かなかった。
あの場でラナベル嬢のために動けたのは、ウィルフレイ兄上だけ・・・多分それが全てなんです・・・」
「・・・・・・」
俺は、この弟のために何と言ってやったらいいのか。
『兄上、兄上』と。そう言っていつも後を追いかけてきた弟になんと声をかけてやれば・・・。
「・・・・アラン、今度・・・一緒に・・飯を、食いに行ってやっても・・いい・・」
結局俺はこんなありふれた言葉しかかけてやれなくて・・・。
なのにアランは。
「はい、兄上。とても楽しみにしています」
そう言って。
本当に嬉しそうに・・・笑った。
そしてその直後。
アランと魔女の取引が成立した。
そして後日ルーカスはアランを連れて飲みに行き。
グテングテンに酔っ払って管を巻きまくるアランに、ブツブツ文句を言いながら朝まで付き合ってあげてます。
とても面倒見のいい子です。
読んでくださりありがとうございました。




