わたしもずっと・・・
一気に衝撃が来た、とそう思ったけれど。
魔女さまはわたしの様子を見ながら、段階的に魔力を解放してくれているらしい。
わたしが衝撃に慣れた頃に、一段階。
さらに処理に追い付いたところで、もう一段階、と。
襲ってくる衝撃は少しづつ、でも確実に強くなっていく。
一気に、じゃなくて段階的にそれがやってくるので、大分体と心にかかる負担は軽減されているように思う。
・・・本当に、魔女さまは意外と優しい。
もちろん、無事に成功させてルーカス殿下の『顔見知り』から『知り合い』に昇格(?)したいって気持ちもあるんだろうけど。
それだけじゃないと思う。
だってわたしの隣にたっている魔女さまの表情はすごく真剣で、険しい。
多分こんなふうに段階的に魔力を解放するのは、とても手間がかかって難しい事なんだと思う。
それに、魔女さまは未だに周りの時間を止めたままだ。
魔法について詳しいわけじゃないけど、そんなふうに一度に複数の事をするのは相当に疲れる作業なんじゃないだろうか。
それでも魔女さまは、少しでも成功率が上がるようにわたしの魔力を段階的に解放し続けてくれている。
そしてまた一つ、衝撃が強くなった。
ぐっと呼吸が喉元で止まる。
「呼吸を止めるな」とすぐに魔女さまの言葉が飛んで来るけど、痛みが強すぎて息がうまくはけない。
今度のは相当きつい。
体がブルブルと意思に関係なく震える。
頭が鈍器で殴られているかのように痛い。
体中から汗が噴き出して流れ落ちていく。
あとどれくらいで終わるのだろうか?
この痛みはどこまで強くなるの?
頭が痛い。体が痛い。目も良く見えないし、呼吸だってうまくできない。
こんなのもう・・・。
耐えられない。
そう思いかけて、わたしは首を振ってその弱気な考えを頭から追い払う。
目が見えなくても確かに感じる。わたしの腕の中にいる大事な人の存在を。
わたしが諦めたら、ウィルフレイ殿下は助からない。それだけは絶対に嫌だ。
しっかりしろ、ラナベル。
あなたは今までなんのために頑張ってきたの?
ウィルフレイ殿下をお助けするためでしょう?
そのためにずっとずっと努力をしつづけてきたのでしょう?
今頑張らないでいつ頑張るの。
わたしには前世の記憶がある。
人生二回分の経験がある。
その辺のか弱いご令嬢よりもずっとずっと神経は図太いはず!
だから堪えられる!
剣術だって習ってきた。
あらゆる武術を嗜んだ。
体だって鍛えてるんだから、こんな事ぐらいで体を引きちぎられたりしない。
負けるな、負けるな、負けるな!!
自分の魔力を自分の力で押さえ込め!
元はわたしの力だった。
だったらできるはず。
ゆっくりと息を吐きだし、体の痛みを逃がす。
そうして歯を食いしばって耐えつづけ・・・。
どれくらい時間が経ったのか。
わたしには果てしなく長い時間に思えたけれど、もしかしたら数分のことだったのかもしれない。
「驚いたな、まさか耐え抜けるなんて思わなかった」
魔女さまのその言葉と共に、わたしの体を暴れ回っていた狂暴な何かはすっと消えた。
体と心に魔力がきちんと収まった。
本能でそれがわかる。
まずは第一段階突破だ。
けれど、ほっと安堵の息を吐く暇さえなく。
「周りの時間凍結の魔法を解くぞ。ここからは時間の勝負となる。やるべき事はわかってるな?」
その言葉に、身が引き締まる。
今まで感じていたような、体がバラバラになりそうな痛みはない。
自分の魔力を受けきった証拠だ。
ここからは、魔女さまが言ったように本当に時間との勝負だ。
今まで使ったこともない癒しの魔法を、最大限効率よく、最高の状態で発動させなければいけない。
普通に考えれば無理だ。
けれどわたしならやれる。
なぜってわたしには前世の記憶があるから。
魔法はイメージを思い浮かべることが大事らしい。
こうなったらいい、こうしたら発動できる、という魔法のイメージを持つこと。
この世界で魔法が使える人はとても少なくて、そのゆえに魔法を使うというイメージがそもそもない。
けれどわたしはアニメで、漫画でそしてゲームで。
傷を癒す魔法を何度も見てきた。
イメージなら人一倍ある。
わたしが今まで学んで来たこと、経験して来たこと、歯を食いしばって頑張ってきた、その全てのことがわたしの力になる。
無駄だったことなんて一つもない。
だからきっと、ウィルフレイ殿下をこの手で救うことだってできるはず!
「魔法を解くぞ!」
「はい!」
そうして・・・・・。
キンという甲高い金属音が鳴り響いたと同時に周りの空気が変わった。
一気に騒がしくなった。
そうしてわたしの腕の中。
柔らかさを取り戻した殿下の体から、またドクドクと血が流れ出す。
苦しそうに上下する胸。
不吉な音が混ざった呼吸音。
光を失い閉じられたままの瞳。
けれど確かにまだ生きてそこにいてくれる、わたしの大事な人。
「ウィルフレイ殿下!」
傷ついた臓器、筋肉、そして皮膚がゆっくりと形成されていくイメージ。
光に包まれて、傷が癒えていくイメージを、自分の魔力にのせてウィルフレイ殿下の体に送り込む。
わたしの体から放たれた聖女の光が、ゆっくりとウィルフレイ殿下を包んでいく。
今お助けします。
だからねえ、お願い、戻ってきてください。
愛しています、わたしも。
あなたに負けないくらい。
だけどわたしは、まだその大事な気持ちをあなたに伝えてもいない。
ねえ、ウィルフレイ殿下。
言い逃げなんてひどいですよ。
わたしもあなたに大好きです、と伝えたい。
だからまだ逝かないで。
お願い戻ってきてください。
そうして。
血だらけのウィルフレイ殿下の右腕が、何かを捜し求めるようにゆっくりと上がって来る。
わたしはその手を両手で握りしめて、必死で名前を呼んだ。
答えるようにぴくりと動く瞼。
ギュウッと力強く握り返してくれる手。
長い瞼がふるると震えて、ゆっくりと持ち上がる。
現れた美しいサファイヤブルーの瞳が、数秒頼りなげに空をさ迷って。
やがてその焦点が定まっていく。
「・・・・・・・ラナ・・・」
ひどくかすれた弱々しい声。
でも確かにウィルフレイ殿下の声だ。
「殿下・・。 ウィルフレイ殿下、大好きです。わたしも。誰よりも殿下を愛しています」
ウィルフレイ殿下の瞳が信じられないというように大きく見開かれて。
言葉が出てこないのか、ハクハクと空気を吐き出すだけだった唇が、やがて意思を持ってゆっくりと開かれて言って。
「・・・・・このアバズレが、身の程を知れ」
・・・・・・・。
魔女さま。
いくら制約とはいえ、この場面で、その台詞はさすがにひどくはないでしょうか・・・?
読んでくださりありがとうございました。




