わたしの選ぶ道7
「最初に一つ言っておくが、成功率はめっちゃくちゃに低いからな」
魔女さまの言葉に、わたしとルーカス殿下の動きが同時に止まる。
「は・・・? お前、ラナベル嬢なら兄上を救えるとそう言っただろう?」
「『救えるかどうかは知らない。けど僕よりは可能性がある』と言ったんだ」
真っ青な顔で詰めよったルーカス殿下に、魔女さまは冷静に言葉を返した後、真面目な顔をしてわたしに向き直った。
そして嫌そうに顔をしかめながらも、丁寧に『これからのこと』を教えてくれる。
魔女さま曰く。
聖女の力を使うなら、今魔女さまに抑えてもらっているわたしの魔力を当然解放しなければいけないけど。
突然そんな大きな魔力に晒されたわたしの精神や体が、その負荷に堪えられるかどうかわからない。
一度受け止め切れずに死にかけたのだから尚更。
魔女さまの見立てでは、8割は失敗してわたしは精神か体が壊れてしまうらしい。
運よく持ちこたえられたとしても、わたしが解放されたその魔力を上手に扱える可能性はさらに低い。
普通は小さい頃から訓練して、徐々に扱えるようになるものだから。
加えて、ウィルフレイ殿下を癒すなら殿下の時間を進めなきゃいけないけど、殿下に残された時間はほんのわずかで。その一瞬で、傷を癒さなければいけない。熟練の聖女さまでもなかなかに難しい技らしい。
つまり総じて、わたしが事をうまく運べる可能性は・・・。
「限りなくゼロに近い」
はっきりと告げられる魔女さまの言葉。
わたしを見る赤い瞳が、『それでもやるか』と無言で答えを迫って来る。
けれど、わたしの答えなどもうとうに決まっている。
「限りなくゼロに近くても、ゼロでないなら・・・。・・・いいえ、例えゼロであったとしても・・・」
そこに少しでも可能性があるなら。
ウィルフレイ殿下を失わずに済む方法があるなら。
わたしの選ぶ道は決まっている。
「やります」
わたしの言葉に魔女さまは驚いたように赤い目を見開いた後、ニヤリと右の口角をあげた。
「ラナベル嬢」
魔女さまに魔力の扱い方を教えてもらい、準備が完了、というところで。
今まで黙って事の成り行きを見守っていたルーカス殿下がわたしに声をかけてくださった。
その殿下の柔らかそうな銀髪の合間から、ピコピコと心配そうに猫耳が動いているのが見えて、こんな厳しい局面なのにクスリと笑みが漏れた。
突然笑い出したわたしに、殿下が不思議そうに首を傾げる。
「なんだ?」
「いえ、ルーカス殿下。そのお耳とっても可愛いですね、お似合いです」
普段のわたしならあのルーカス殿下に『猫耳可愛いですね』なんて恐ろしいこと、絶対に言わないけれど。
極度の緊張と不安で、わたしは少しおかしくなっていたのだ。
言ってしまってからしまったと口を噤んだけれど、当然もう遅い。
ルーカス殿下の顔がみるみる険しくなっていって・・・。
ジロリとわたしの隣にたっている魔女さまを睨んだ。
「これはそのバカが勝手につけた耳だ。俺の趣味じゃない」
あら、先ほど『俺の趣味だけど文句あんのか』と堂々とおっしゃっていましたが?
実は気にしてらしたんですね。
そう思うとほほえましい気持ちになり、またクスクスと笑ってしまった。
「・・・ラナベル嬢、本当にいいのか? もし失敗すればあなたは・・・」
わたしがひとしきり落ち着くのを待ってから(その間魔女さまとルーカス殿下は仲良く言い争いをしてましたが)。
ルーカス殿下はわたしの心の底を読むかのように、真面目な顔でわたしの顔を覗き込んだ。
「はい、お任せください、わたしがウィルフレイ殿下を必ずお救いします」
その美しいアメシストの瞳をまっすぐに見つめかえしながら、はっきりと告げる。
・・と、どうしてもピコピコと動くふさふさの猫耳が視界に入ってしまう。
ルーカス殿下のそのかわいいお耳のおかげで緊張も不安もだいぶ取れましたし、との言葉は心の中だけに留めておいた。
「・・・そうか。・・・そんな危険なこと・・・。多分俺は、あなたを止めなければいけないのだと思う。身を呈してあなたを守った兄上のお心を思えば尚更」
ルーカス殿下の視線がわたしの腕の中にいるウィルフレイ殿下に移り、そしてまたゆっくりとわたしに戻って来る。
「けれど・・・」とルーカス殿下は泣きそうな表情で言葉を続ける。
「けれど頼む。責は俺が負う。だから兄上を救ってくれ。兄上には・・・生きていてもらわないと・・俺が困るんだ」
震える声で懇願するルーカス殿下。
・・・はい、殿下。
わたしは貴方の夢を知っています。
わたしの知っている世界で、貴方は目をキラキラと輝かせてヒロインに語っていましたよ。
『王になった兄上をお支えする。それが俺の小さい頃からの夢だから』と。
兄上さまのことが大好きなのですよね。
ずっとずっとわたしを守ってくれていたのはウィルフレイ殿下だったけれど。
その殿下の側にいて、ずっと殿下のお心を支えてくれていたのはきっとルーカス殿下だった。
その猫耳も、そしてその身に受けた制約も。
全て兄上さまのためのもの。
きっとルーカス殿下は『兄上のためではありません』何て言ってツンツンしてたんだろうけど。
だから殿下。
殿下の大事な兄上さまは・・・。
「わたしが必ずお救いします」
ゆっくりと、でもはっきりと、もう一度そう告げる。
そこに迷いなんてない。
だってウィルフレイ殿下はわたしにとっても誰よりも大事な方だから。
「・・・ずっと聞きたかったんだが・・・」
「はい?」
「あなたは兄上のことをどう思っているのか?」
躊躇いがちな声で問われ、わたしは少し困ってしまう。
答えないのは不敬になるだろうか?
けれど・・・。
「殿下、申し訳ありません。その問いの答えは、できればウィルフレイ殿下に最初にお伝えしたいのです」
「・・・・・そうか・・・。 そうなのか・・。兄上は随分と遠回りをなされた・・・」
わたしの言葉である程度察してくれたのか。
ルーカス殿下がそれ以上の答えを求めて来ることはなく。
「では無事に目覚めた兄上に、伝えて差し上げてくれ。長年兄上はその言葉を望んでいたから」
はい、もちろんです。
お伝えします、一番に。
だから待っていてください、ウィルフレイ殿下、今お助けします。
ルーカス殿下がわたし達から距離を取ったのを確認した後、隣にたっている魔女さまに視線を送る。
やり方はすでに教わった。
後はわたしが癒しの力を使うだけ。
「いいんだな?」
こんなに何度も確認をしてくれるなんて意外と魔女さまは優しい。
「はい、魔女さま、よろしくお願いします」
わたしの言葉に魔女さまが頷いた。
そしてその直後・・・・。
ガツンと大きな衝撃がわたしの体に走り、凄まじいエネルギーが一気に暴れ回った。
ルーカス殿下はお兄ちゃんがだいすきです。
(もちろん兄として)
読んでくださりありがとうございました。




