わたしの選ぶ道6
「それは僕には無理だ」
魔女さまの思いもよらなかった返答に頭が真っ白になる。
なぜ・・・どうして・・・。
「お願いです、なんでもいたします。かわりにわたしの命を取っていただいても構いません。ですからどうかウィルフレイ殿下を・・・」
「デネブ! 元はと言えばお前が原因だろう! 四の五のいわずに兄上をお救いしろ! 今すぐに!」
いまだ掴んだままだった魔女さまの胸ぐらをルーカス殿下がぐいぐいと締め上げる。
本当に苦しそうだ。
なのに魔女さまは「苦しい苦しい」と言いながらも、ルーカス殿下を攻撃しない。
多分彼女が本気になれば、そんな拘束なんて簡単に解けるだろうに、彼女はそれをしない。
「やめろって、シロ! 違う、やらないんじゃなく、やれないんだよ。治せないんだ。僕には癒しの力はない。だからシロ兄を治せない。癒しは『聖女』の専売特許だ」
「・・・治せない、だと?」
「・・・そんな・・・」
ズルッと魔女さまの胸ぐらから力無く腕を下ろしたルーカス殿下の声と、わたしのかすれた声が重なる。
・・・・聖女・・・・?
確かにそう呼ばれる女性がいるって話は聞いたことがあるけど・・。
でも聖女さまが確認されたのはもう50年以上前の話で・・・。
その聖女さまだってもうとっくに亡くなられてる。
それ以降、次の聖女さまはまだ見つかっていない。
そんな人をどうやって探し出せば・・・。
・・・・ヒロイン・・・?
そういう特殊能力は、ヒロインが持っているんじゃないの?
今から急いで本物のアイシャ ベルンをさがして、殿下を助けてくれるように頼み込んで、それから。
「・・・だからシロ兄を助けたいなら、あんたが自分でやったらいい。次代の聖女」
・・・・・・・・え・・・・・?
次代の聖女・・・?
誰が・・・・?
ゆっくりと周りを見渡してみる。
けれど他に該当者はいないし、魔女デネブさまの赤い瞳はわたしに固定されたままだ。
「えっと・・・聖女さまが、この中にいらっしゃるのですか・・・?」
「そうだ。あんたが聖女だ」
魔女さまはわたしの顔をまっすぐに見つめながら、くいっと顎をあげた。
一応周りを確認してみる。
けれどやっぱり魔女さまの視線の先にはわたししかいない。
「・・・わたしが・・・聖女・・・ですか・・・?」
そんな馬鹿な。
わたしはただの悪役令嬢で。
そんな特殊な能力を持っているはずがない。
そういう特別な存在はいつだってヒロインさまの役目であって、わたしがそうであるはずがない。
けれど魔女さまは確信を持った声で続ける。
「そうだ。僕が間違うわけがない、何年か前、魔力暴走を起こして死にかけてたあんたを助けたのは、この僕だからな」
魔力暴走。
そんなものを起こした覚えなんてない。
でも魔女さまの言葉には思い当たることがあった。
11歳の夏、治療法が確立していない、とても珍しい病にかかった。
1ヶ月生死を彷徨って、ウィルフレイ殿下を通して、魔女さまに助けてもらった。
あれは病などではなくて魔力暴走だった?
「体に収まらない魔力を整理して、僕の力で抑え込んだ。その時にあんたの魔力に触れた。あれは間違いない、聖女の魔力だ。あんたが次代の聖女だ」
聖女?
わたしが?
そんなはずない。わたしは悪役令嬢だもの。
ヒロインみたいに特別な力なんてないし、特別な存在にもなれない。
そこまで思って、わたしはまた『悪役令嬢だから』と勝手に決めつけて、諦めていることに気がついた。
そのせいでウィルフレイ殿下一人に重荷を背負わせた、とあれ程後悔したところなのに。
自分の可能性を勝手に諦めてはだめ。
わたしはゲームの悪役令嬢じゃない。
この世界で生きる、ラナベル コナーだ。
大事な人は自分の手で救ってみせる。
腕の中で横たわるウィルフレイ殿下の顔を覗き込む。
血の気を失った真っ白な顔に、血だらけのその体。
愛しているよ、とそうわたしに呟いて閉じられてしまった瞳。
わたしの大好きな人。
わたしはその命を絶対に諦めない。
殿下がわたしの命を諦めずに救ってくれたように。
「魔女さま。わたしなら、ウィルフレイ殿下をお救いすることができるのですか?」
顔をあげて、正面から魔女さまの顔を見据える。
「出来るかどうかは知らない。それはあんた次第だ。けど僕よりは可能性がある」
可能性がある。
ならわたしの選ぶ道は決まっている。
「では魔女さま、どうかわたしにその方法を教えてはいただけませんか?」
聖女だと言われてもやり方なんて全くわからない。
ここは魔女さまに手ほどきをしてもらわないと。
なのに。
「嫌だ、面倒臭い。自分でなんとかしろ。僕はあんたが嫌いだ」
ええ・・・?
ここは快く承諾してくれる場面でしょう?
ふんっと嫌そうに顔を背けた魔女さまをどうやって説得しようかと思ったところで。
「・・・・・デネブ・・」
ルーカス殿下の低い声が響き渡る。
殿下、はっきり言ってその顔、そしてその声、めちゃくちゃ怖いです。
「ひっ・・あ~、いや、面倒かなぁとは思ったけど、シロ兄に死なれでもしたら僕がシロに恨まれるし」
「当たり前だ、絶対に許さない」
「そ、それに、こうなったのはシロ兄が勝手に前にでたからで、僕には全く責任ないことだけど。でも確かにちょぉっとやり過ぎたかなぁとは思っているし」
「ちょっと、だと? 100%全て全部お前の責任だ」
「・・・・・」
「・・・・・で?」
「わかったよ、やればいいんだろ、やれば!」
「初めからそう言え」
・・・・・で、殿下、めちゃくちゃ頼りになります。
それにしても・・・・。
「魔女さまとルーカス殿下はとても仲がいいご友人なのですね」
思ったことがつい口からでてしまった。
しまった、もしかして余計なことを言っただろうか?
ここで下手なことを言って魔女さまの機嫌を損ねてしまっては元も子もない。
そう思ったけれど。
意味がわからなかったのか、一瞬キョトンとした表情を見せた魔女さまのその顔が、みるみる輝いていく。
「ご友人・・・・? ・・・・ああ、ああ、そうだ、そうだとも。僕とシロは仲のいいご友人だ」
誇らしげに、そして嬉しそうに胸を張る魔女さまに。
「ただの顔見知りだ」
ばっさりと切り捨てるルーカス殿下。
「・・・・ただの・・顔、見知り・・・」
そしてしょんぼりと肩を落とす魔女さま。
余りの落ち込みようになにかフォローを、と思ったところで「ただまあ・・・」とルーカス殿下の淡々とした声が響く。
「ただまあ、兄上をきちんと救えたなら、『知り合い』くらいにはなってやってもいい」
「本当か!? 絶対だぞ! 後から取り消すのは絶対にダメだからな」
・・・・・・すごい、さすがツンデレのルーカス殿下。
『顔見知り』と『知り合い』、どっちがどう上なのかよくわからない関係性でここまでテンションあげさせるなんて。
というか、魔女さまってこんなにチョロ・・・・いいえ、やめましょう、こんなことを考えてはダメね。
「・・・・では魔女さま、ウィルフレイ殿下を救う方法をどうかわたしにご教授くださいませ」
そうしてひとしきり話が終わったところで、わたしは再び魔女さまに願い出た。
今度は断られることはなく。
「ああ、よいぞ。必ず成功させろよ、僕がシロの『知り合い』になれるかどうかがかかっているんだからな」とのプレッシャーつき。
わたしの腕の中には、時間が止まったままのわたしの大好きな人がいる。
ねえ、ウィルフレイ殿下。
必ずお助けします。
ですからどうか目覚めたその時は、ずっと言えなかったわたしの気持ちを聞いてください。
そして貴方の気持ちも、どうかわたしに教えてください。
読んでくださりありがとうございました。




