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幕間

ルーカス視点の話です。

読まなくても問題ありませんが、読んでいただけると嬉しいです。

カランとグラスの中で氷が落ちる音がする。

俺はその音を聞きながら、気付かれないように一つため息を漏らす。

これでもう六杯目だ。

兄上は普段酒など殆ど飲まないのに。

こんな日に自室で一人、深酒をしている兄上の気持ちを考えるといたたまれなくなる。

せめて一緒に酒を飲むことができればいくらかお慰めすることも出来ただろうに。

あいにくと俺の頭には今煩わしいケモノ耳が生えている。

この状態で酒を飲めば、体にどんな影響が出るかわかったものじゃない。


「・・・・・ドレスは予定通り、数日前に公爵邸に届いたようです」


自分でそれを確認する事すら出来ない兄上の変わりに、その事実を確認し報告すれば「そうか」と抑揚のない声が返ってくる。


「・・・・・美しいドレスです、きっとラナベル嬢によく似合うでしょう」


兄上がラナベル嬢のためだけに選んだドレス。

上質な絹をふんだんに使った上品で美しいラインのあのドレスは、きっと他のどんなドレスよりもラナベル嬢を美しく際立たせるはずだ。

贈り主が不明のそんな怪しげなドレスを、ラナベル嬢が着用してくれるかどうかは賭けでしかないが。


「・・・・ラナベルはお前にはやらんぞ」


今の台詞をどう勘違いしたらそうなるのか。

兄上の不機嫌そうな声がふってくる。

ラナベル嬢は確かに美しいと思う。

聡明で、努力家、身のこなしも美しく、誰にでも公平。

将来国母となるのは彼女をおいて他にいないだろうとも思う。

けれど・・・・。


「いりませんよ。俺はなんでもできる優秀な女性よりも、少し馬鹿なくらいの女性の方が好みですので」

「なんだと? 俺のラナベルよりも他の女の方が魅力的だというのか?」


兄上の声に、鋭さが増す。

絡まれるのが嫌で、わざと興味がないと告げたのに。

それはそれで絡まれるのか。

はあ、もう本当に・・・。


「・・・面倒くさいです、兄上」


はっきりとそう告げれば、兄上がしょんぼりと肩を落としたのが見えた。


「もう酒はほどほどにしてください、飲み過ぎですよ。明日に障ります」


明日。

明日兄上は学園を卒業する。

そしてその後のパーティーで、兄上はラナベル嬢に婚約破棄を告げるつもりらしい。

最近兄上の周りに纏わり付いている子爵令嬢を利用して。

・・・それにしてもあの子爵令嬢。

あの奔放さ、常識のなさ、そして頭が相当に足りていない感じが、()()()鹿()を彷彿とさせるのだが・・・。

兄上がなにもおっしゃらないところを見ると、俺の気のせいなのか・・・?

まあいい。

・・・とにかく俺の目から見ても、兄上はラナベル嬢を溺愛している。

そんな女性を故意に傷つけ、自分から別れを言わなければいけない兄上の心情を思うと、酒に逃げたい気持ちもわからないではないが。

先程から口調が怪しくなっている。さすがに飲み過ぎだ。

これ以上酒を注げないように、空になったグラスを回収する。

それを黙って見ていた兄上の体からゆっくり力が抜けていき、その目が眠たそうに閉じられていく。


「兄上、眠るならちゃんとベッドに入ってください、風邪を引きます」

「なあ、ルーカス、知ってるか・・・?」


俺の指摘をまるっと無視して。

兄上は少し舌ったらずな口調で全く別の話題をふってくる。


「なにがですか」

「お前にそのかわいい猫耳を生やしてもらわなくても、魔女の制約を解く方法が実はあるんだ・・・」


このまま兄上がソファで寝落ちした場合、俺がベットまで運ぶのか?

それとも護衛騎士を呼んで・・・。

いや、兄上が酔い潰れた姿など他のものに見せるわけにはいかない。

ではやはり俺が?

いやいや、それは重労働だ。

正直面倒臭いし、なんとかご自分でベッドまで・・・。

机の上の酒を片付けながらそんなことを考えていた俺は、兄上の思いがけない言葉にぴたりと動きを止めた。


魔女の制約を解く方法がある・・・?


「だったら何故その方法を・・・・」

「死ぬ直前にだけ、制約が解けるらしい」


何故その方法を試さないのですか?

そう言いかけていた俺は、兄上の言葉を聞いて慌てて言葉を飲み込んだ。

死ぬ直前に、なんて、そんな方法が取れるわけがない。


「死ぬ直前にだけ、なんて。あの魔女、本当に根性がひん曲がっていると思わないか?」


それとも逆に優しさとも取れるのか・・・?

と、兄上は眠たそうにしながらブツブツと独り言を言っている。


「制約が解けたら、ラナベルに伝えたいことが山ほどある。まず最初に、今まで言えなかった『かわいい』という言葉を千回は言いたい。後、『好きだよ』も千回は言いたい。今まで辛くあたったことを詫びたいし、ずっと頑張ってきたラナベルの苦労を労いたい。それに・・・・」

「死ぬ直前にそんなに悠長に喋っている余裕なんかありませんよ」

「うん? ・・・そうか・・・。それもそうだな。じゃあ・・・」


「じゃあ何と言うのが最適か」と。

しょぼしょぼした目を擦りながら本気で悩みはじめた兄上に「それに!」と声を強める。


「それに! そんな事態に陥るようなことは絶対にありません。俺が兄上を死なせたりしませんから!」


そんな不吉なことを本気で考えるのは本当にやめてほしい。


「・・・・そうか、そうだったな。わかったからもう泣くなって」

「泣いてなどいません。 飲み過ぎです、兄上」

「そうかそうか、そうだな。よしよし、かわいい弟だな、お前は」

「やめてください、頭をなでないでください。 髪型が乱れます」

「うんうん、そうだな」

「兄上には王になってもらわないと俺が困るんです。だから兄上は絶対に守ります! それだけです!」

「そうか、うん、頼りにしている、ルーカス」





ハハハと楽しそうに笑っていた兄上の声が今も耳に残っている。

酒のせいで赤らんだ顔で、ニヤニヤと意味ありげに笑っていた顔も、鮮明に思い出せる。

俺は確かにあの時『守ります』とそう告げたのに。

なのに何故今こんなことに・・・。


「ラナ、ベル・・・可愛い・・げが・・なく・・面白みの・・ない・・お前・・の・・・」

「殿下、もうしゃべってはダメです!」


苦しそうな息遣いの間から聞こえる兄上の声が、ゆっくりとゆっくりと変わっていく。

今までの冷たく嫌悪感丸出しの声ではなく、柔らかく優しいものに。

俺は権限を使ってなんかいない。

だから兄上がラナベル嬢相手に、あんな優しい声を出せるわけがないのに。

出してはいけないのに。

だって、それはつまり・・・。


・・・待って・・・。 待ってください、兄上。


「・・・婚約者で・・・られて・・とても、幸せ・・った・・・」

「殿下!! いやです、しっかりしてください!」

「ずっと・・・辛い、思いを・・させて、ごめん・・・ただ・・これ、だけ、は・・伝え、たかった・・・」


───・・・ラナベル・・・愛しているよ・・・。


待って、待ってください、兄上。

貴方には生きて、俺の前をずっと歩いていってもらわなければ、俺が困るんです!


だから!


この場で唯一この事態を何とできる力を持つ人物を俺は睨みつける。


珍しいピンクゴールドの髪。

だけどお前の髪は本来真っ黒のはず。

ランランと輝く血のように赤い瞳。

平民出身であったとしてもありえないほどの奔放さ、身勝手さ、常識のなさ。

そしてその馬鹿さ加減。


兄上は気付かなかったとしても、俺にはわかる。

子爵令嬢、アイシャ ベルン。

お前は・・・・。


「兄上を助けろ、デネブ!!」


お前は兄上に過酷な制約を与えた。

そしてそれと引き換えに兄上の大事な女性の命を救ってくれた。


──・・・西の森に棲む【魔女】デネブだ。













そしてやっぱりソファで寝落ちしたお兄ちゃんを、ブツブツと文句言いながら丁寧に寝かしつける出来た弟君でした。


読んでくださりありがとうございました。

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