わたしの選ぶ道2
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そして今読んでくださっているすべての皆様、ありがとうございます。
「・・・・・俺の趣味だが? ・・・何か問題があるのか?」
頭に猫耳を生やしたルーカス殿下が堂々とそう言ってのけたことにより、会場は静まり返り微妙な空気に包まれている。
そんな中、フッと喉を鳴らして笑った音が聞こえた。
第二王子殿下の個人的趣味を笑うなんて許されない。一発で不敬罪が成立する。
けれどたった一人だけ、この場でそれをしても許される人間がいる。
ルーカス殿下よりも身分の高い・・・。
「・・・・・・・・・兄上・・・」
不機嫌そうに響くルーカス殿下の声。
じろっと兄王子を睨むアメシストの瞳。
その反応さえ楽しむように、ウィルフレイ殿下が口元に手を当ててクツクツと肩を揺らして笑っている。
・・・・・泣きそうな顔で。
「・・・・兄上・・・俺のこのかわいい趣味に何か問題が?」
「・・・ふふ・・いや、そうじゃない、悪かった、ルーカス」
「ええ、本当です」
「・・・・お前のかわいい趣味を笑ったりして・・・本当に悪かった・・・。 ・・・悪かった、ルーカス」
「・・・なんですか、兄上、気持ち悪い。俺が勝手に始めた『趣味』です。それを兄上が謝る必要など全くもってありません」
「・・・・そうか・・・。 そうだったな・・・」
「・・・ええ、そうです。 さあ、もういいでしょう兄上、こんな茶番劇からさっさと退散しましょう」
そうだな、とウィルフレイ殿下が笑う。
また泣きそうな顔で。
口元に当てられていた手がゆっくりと下へと下がっていく。
その袖の隙間からチラリと何かが見えた。
右の手首。
服とは違う。
クルクルと手首に巻かれているあれは、白い・・・・。
『猫が好む玩具や食べ物をたくさん用意しているのに、いっこうに懐いてくれない。
先日あまりにもかわいすぎてどうにも我慢できず、後ろからこっそり近づいて抱き上げてみた。
結果、思い切り右の手首を引っかかれてしまった。
あんなにかわいいのにとても手ごわい。
けれど俺は諦めない。
マタタビで酔わしてみるか、より深く寝入ったところでもう一度挑戦してみようと思う』
それは名前も知らないわたしの友人からの、最後の手紙に書いてあった文面。
ドクリとまた心臓が高く音を立てた。
ウィルフレイ殿下の右腕。
クルクルと巻かれているあれは、白い包帯?
ルーカス殿下は特定の日だけ体が猫に変わってしまう。
一ヶ月に一度程わたしの元に届く差出人不明の手紙には、猫に手首を引っ掛かれたと書いてあって。
そしてその手紙の差出人と同じように、今現在右手首を負傷していると思われるウィルフレイ殿下。
いくつもの事実が、ゆっくりと線で繋がっていく。
「・・・・・・《お猫様に引っかかれた傷はもうよろしいのですか?》」
気がつけばわたしは、アラン殿下に求婚されている最中だということも忘れ。
しかもあろうことか、その手を無意識に振り解いて。
ルーカス殿下に促され、この場から立ち去ろうとするウィルフレイ殿下に声をかけていた。
ずっと口を閉じていたわたしが突然話し出したことで、周りが一気にざわついた。
扇で顔を隠した令嬢が、隣の令嬢になにか耳打ちしたのも見えた。
多分、わたしが今なにを言ったのか、と聞いているのだろう。
わたしが今話した言葉は隣国レーナの言葉。
特殊な発音と言い回しで、習得がとても難しい言語だ。
実際、ウィルフレイ殿下ほど頭の作りが良くないわたしがこの言葉を習得するのには、大変な苦労があった。
隣国といってもとても小さな国だし、レーナ国民も最近は共通語を話すことが多いので習得していなくても外交的にはそう問題はない。
つまり、この国でレーナの言葉がわかる人はそう多くはない。
上位貴族であるレイリー様やライナス様でも、意味がわからなかった様子だった。
ルーカス殿下は部分的にはわかったみたいだけど、怪訝そうに眉を寄せただけ。
そしてアラン殿下も。
不思議そうに、そして不安そうにわたしの顔を見上げているだけだった。
だけど・・・。
この広い会場でたった一人だけ。
わたしの言葉の意味を正しく理解し、そして求めていた反応を返してくれた人がいた。
驚いたようわたしを振り返り、右の手首を、思わずというように左手で掴んだ人。
お猫様に引っ掛かれたんであろうその傷を、わたしから隠した人。
・・・・ああ、わたしはどこまで愚かだったのだろう・・・。
『親愛なるラナベルへ』
いつも冒頭にはそう書かれていた。
いつだって丁寧な文面で、わたしの体を気遣い、心配してくれていた。
『貴女がいつもどれほど頑張っているか知っている。けれど無理をしすぎないで』
『この前読んだ本がとても興味深かった。よかったら貴女も読んでみてはどうだろうか?』
『先日みつけたおいしい菓子を同封した。誓って毒など入っていないから、よかったら食べてほしい』
『もうそんなところまで学習しているのかい? 素晴らしいね、でも無理は禁物だよ』
───・・・『親愛なるラナベル いつだって貴女の幸せを願っている』
何度も何度も、わたしの幸せを当たり前のように願ってくれた。
ずっとわたしの心を支えてくれた『誰か』。
わたしの頑張りを認め、わたしの幸せを願ってくれた『誰か』は・・・。
今、この広い会場の中でたった一人。
わたしの言葉の意味を正しく理解し、求めていた反応を示してくれた人。
真っ青な顔で右の手首を必死で隠した人。
ウィルフレイ殿下だったんだと。
愚かなわたしはようやくその事実を知った。
読んでくださりありがとうございました。